第20話 オディンバラ城で中ボスと対面

 20分ほどかけてオディンバラ城下の街に到着した。宿場部の構造は他の街に似ているが、オディンバラ城に近づくにつれてにぎやかになってゆく。


旗籠はたごでリスポーン地点を設定してからオディンバラ城のボスに挑もう」


 ヴォイドが言った。いつになく頼もしく見えるのは、パーティーに問題児マヒロがいるせいだろうか。


「あたしおなかがすいたよ」


 マヒロが腹を押さえながら言った。


「もう空腹ゲージが減ったのか? ならどこかの食堂にでも入って……」


 「朽ち果てた果実Mahiro@天鬼推しがログアウトしました」と表示されて、マヒロの体が光の粒になって溶け落ちる。


「ああ、なんだ、リアルの方か」


 ヴォイドは苛立つ様子も見せずに、背負っていた鎌を地面に降ろして一息ついた。


「マヒロさんは現実世界の方で腹が減ってしまったようだ。時間はたっぷりあるからな。俺はマヒロさんが帰ってくるまでここで待ってるから、ふたりは観光でもしてなよ」


「そういえば、おぬしが飯のためにログアウトしてるのを見たことがないが、いったいどうしているのかの?」


 忠政が尋ねると、「そんなに飯を食わない体質なんだ」とヴォイドが答えた。


「今はゲーミングチェアに座ってVR用のヘッドギアをかぶってる。手の届くところにおやつとかエナドリが置いてあるから、腹が減ったらそれをつまんでるかな」


「よくわからないが、あまり無理をするなよ」


 小次郎が気遣って言った。


「ありがとう。ご心配なく」


 ヴォイドが笑って答えた。


 マヒロが戻ってくるまでの間、小次郎と忠政はふたりでオディンバラの街を散歩することにした。


 大通りはミヤビタウンほどではないがかなり幅があり、人でにぎわっていた。

 通り沿いの建物は、相変わらずほとんどがハリボテだったが、装備屋や食堂など、利用可能な店が密集している箇所もある。


「あれは?」


 小次郎が足を止める。

 比較的大きな建物に、ジョッキの看板。店の前には掲示板と地図があり、周辺はひときわ人口密度が高い。


「あれは『酒場』じゃ。クエストを受けたり、パーティーメンバーを探したりできるぞ。入ってみるか?」


 小次郎は腰丈のドア越しに酒場を覗き込んだ。

 バーカウンターとテーブル席が少し。椅子はプレーヤーで埋まっており、数人のプレーヤーの後ろには眷属彼女らしき露出度の高いキャラクターたちが背筋を伸ばして直立している。


「いや、いい」


 小次郎は首を横に振った。

 自我を失った「眷属彼女」たちがアクセサリーのように佇んでいるのを見ると、胸が痛かった。

 

 城に向かって数ブロック歩いた先に広場があり、100名近いプレーヤーが集合していた。


 広場の中央にひとりの上位プレーヤーと、銀髪のSRキャラクターがひとり立っていた。

 プレーヤーが拡声器を使って大声をあげている。


「100万ゼニ、大台に乗りました。現在最高値が100万ゼニです! おっと110万ゼニ、110万ゼニが来ました。続いて120万ゼニ、ありがとうございます。120万ゼニを超える挑戦者は現れるのか!」


「騒がしいな。なんだあれは」


 小次郎が顔をしかめる。忠政も苦い顔をした。


「あれは『眷属彼女オークション』じゃ。不要になった眷属彼女をああやって売るやつもおる」


「帰るぞ兄上。見たくもない」


 小次郎はきびすを返して、さっさと歩きだした。

 やはりこのゲームは嫌いだ。はやくエルピオンの泉へ行って、こんな世界を終わらせてやらねば……。


 街の入り口へ戻ると、マヒロとヴォイドがふたりを待っていた。


「おかえりふたりとも。遅いよ、待ちくたびれちゃった」


 マヒロが悪びれずに言う。どの口が、と言いかけて、小次郎は押し黙った。


「どうした小次郎さん。機嫌が悪いな」


「ちょっといろいろあっての。さあ、城を目指して出発じゃ!」


 街の大通りを進んでオディンバラ城を目指す。

 広場の脇を通り過ぎたときには、もうオークションは終わっていた。ほっとしたような、しないような、微妙な感情が湧きあがってきた。


 しばらく歩くと、にわかにオディンバラ城がその姿を現した。視界の表示範囲が100メートルに設定されているため、このように突然現れたように見えるのだ。


 天守は特別大きいわけでもないが、周囲にはほりが張り巡らされ、石垣が段重ねになって本丸を守っている。


「攻めにくそうな城だな」


 天守を見上げて小次郎がつぶやいた。


「おっ、さすがわしの弟。わかっておるの。オディンバラ城のモデルとなった城は『難攻不落の城』として名高い。わしらの死後、何人もの有名な武将が挑み、破れた城じゃ。ま、このゲームではただのお飾りじゃがの」


「とはいえ、中に入るのが楽しみだ」


「小次郎さん、楽しみなところ申し訳ないけど」


 ヴォイドが言いにくそうに口を開いた。


「あの城もハリボテだから入れないよ。入り口でロードが入って、そのままボス部屋のバトル空間に飛ばされる」


 小次郎は拍子抜けした。まあまあ、と忠政が慰める。


「これもクソゲークオリティじゃ。あまり期待はせんほうがよい。それよりも、目的はボス戦じゃ。気を引き締めていけ」





 一行はオディンバラ城の真下にたどり着いた。本当に中には入れないらしく、濠をまたぐ城門のところでロードが入るようだ。


「そう落ち込むなよ小次郎さん。ボス戦が終わったら城の前で集合写真を撮ろう」


「落ち込んでなどいない」


 小次郎はずんずん歩いてロードの闇に飲まれた。

 

 数十秒後、闇が霧のように晴れて、小次郎は広い板敷の部屋にいた。

 天守の最上階のようだ。


 相変わらず飾り気のない部屋の奥には2体の鎧兜よろいかぶとが置かれ、その間に男がひとり、豪奢ごうしゃな椅子に腰かけていた。


 うつむいた彫の深い顔に影ができている。高い鼻。黄金の冠から覗くのは、金髪の巻き毛。

 明らかに日本人ではない。


「やあ、ジョヌさん。こないだぶりだね!」


 小次郎の後ろに現れたマヒロが元気よく言った。


 ジョヌと呼ばれた男は王冠の下からいんげん豆のような形の目をのぞかせて、こちらをじろりと睨んだ。


「何千人もいるプレーヤーの顔なんて、ぼくちゃんいちいち覚えていないから」


 ジョヌは声を低くすると、マヒロの顔をぴんと指さした。ジョヌの話し方が急に演技臭くなる。


「ぼくちゃんの土地を奪ったのはお前か?」


「ストーリーパートだ。スキップするか?」


 ヴォイドが小次郎にささやいた。いや、と答えて、小次郎は首を横に振る。仮にもこちらは武士である。相手の口上は最後まで聞くのが義理だ。


 それともお前か、それともお前か、とジョヌはひとりひとり指さし、最後に小次郎の顔に向かって指を突き出した。


「それとも、お前か?」


「違う」


 小次郎が答えると、ジョヌは子供のように足をじたばたさせた。


「じゃあぼくちゃんの土地を奪ったのは誰なんだああああ!」


「あやつはオディンバラ城の中ボス『欠地王ジョヌ』じゃ。へまをやらかして土地を失った、昔のイングランドの王様じゃの。かわいそうだが憎めない男じゃ」


 忠政が解説してくれる。

 ジョヌ王はさらに顔を真っ赤にさせてわめいた。


「違う、違う違う違う、ぼくちゃんの土地を奪ったのはお前らだな! 殺してやる、全員まとめて!」


 天守の間全体が赤く光り、バトルフィールドが展開された。





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