第21話 いざ、中ボス戦!

「ジョヌ王の解像度が若干低いの。開発陣に世界史に強いやつはおらんかったのか」


 忠政が文句を垂れながら刀を構えた。

 先頭に立ったヴォイドが振り返って叫ぶ。


「もう一度言うけど、敵はHP1で耐える【ふんばり】スキルを持っている。作戦の通りに行くぞ」


 おう、と答えて、小次郎は長槍を引き抜いた。


 1ターン目。ヴォイドの攻撃。

 ヴォイドが呪文を唱えて【挑発】スキルを発動する。これで、誰が攻撃を食らってもダメージがヴォイドに集中するようになった。


 次、ジョヌ王のターン。


「おおおおお、ぼくちゃんを馬鹿にするなあああ! 弱そうなやつからとっちめてやる!」


 ジョヌ王が忠政を攻撃するも、ダメージが入ったのはヴォイドの方だ。Lv.999は伊達ではなく、ジョヌ王の強力な攻撃を食らってもびくともしない。


「3人とも、ポーションを投げるんだ!」


 ヴォイドの合図に合わせて、マヒロ、小次郎、忠政の順に「すばやさ低下のポーション」を投げつけた。ポーション効果は3ターン継続する。これで2ターン目のジョヌ王の攻撃順が最後に回るため、勝ち確定となった。


「な、なんだこれは。ぼくちゃんの足が動かない!」


「次、俺のターン」


 ヴォイドが鎌を構えて、バースト攻撃を発動する。

 鎌の先端が黒く光り、横なぎにされた切っ先から、鋭い霧が飛び出した。


 ぎゃああああ、という叫び声とともに、ジョヌ王が椅子ごと吹き飛んだ。

 後ろ倒しになった玉座にがしりとつかまって、ジョヌ王が這いずるように身を起こす。


「まだまだ……ぼくちゃんは……負けない!」


 HP1で【ふんばり】が発動している。だが、「すばやさ低下のポーション」のせいでジョヌ王はまだ動けない。マヒロが最後に攻撃して終わりだ。


「……」


「……」


 しばらく、間の抜けた沈黙が続いた。


「マヒロ、お前の番だ」


 小次郎がささやくと、マヒロがはっと我に返る。


「そ、そうだった。あれ、あたし何をすればいいんだっけ? ポーション?」


「違う、マヒロ、そうじゃなくて」


「違う? ええと、じゃあこっちのポーションかな。えいっ」


 マヒロが敵に投げつけたのは――「すばやさ上昇・・のポーション」だった。


 ジョヌ王の周囲に赤いエフェクトが発生する。

 次、ジョヌ王のターン……。


「おいマヒロ、何をやってる!」


「はっはっは、失策だったなそこの女。おかげで、次はぼくちゃんのターンだ。おい、そこのお前」


 ジョヌ王が小次郎に向かって指を突き出す。


「その馬鹿みたいなピンクの頭巾、ぼくちゃんを舐めているのか? お前に攻撃して終わりにしてやろう。くらえ、バースト攻撃【マグナ・カルタ】!」


「まずい!」


 ヴォイドが叫ぶと同時に、ジョヌ王の剣から金色の光が飛び出し、小次郎に直撃した。


 小次郎の体が後ろへ吹っ飛び、壁のアセットへ激突する。


 負けた……。味方のしょうもないミスで。だが、あのとき自分がちゃんとマヒロに指示していれば……。


「うん?」


 まだ生きている。手足もわずかだが動く。

 小次郎はゆっくり立ち上がった。


「な、なぜだ! ぼくちゃんがとどめを刺したはずなのに!」


「小次郎さん、あんたHP1だけ残ってるよ! でも、小次郎さんのレベルならあの攻撃には耐えられないはずなのに、なぜ……」


 ヴォイドが困惑したように言った。


 どうでもいい。

 小次郎は長槍を大上段に構えた。


 大切な仲間とアホロートルの頭巾を馬鹿にしたジョヌ王、許さない。


「はあああああ」


 小次郎は叫びながら前に蹴り出すと、全速力でジョヌ王に接近し、敵の心臓に槍の先端を突き刺した。





「大丈夫か、小次郎さん」


 ヴォイドたちが駆け寄ってくる。

 小次郎は動かなくなったジョヌ王の体から長槍を引き抜いた。


「すまないが、今にも倒れそうだ。ポーションをくれないか」


「ああ、任せろ。しかしなぜ小次郎さんはこいつのバースト攻撃を耐えたんだ……まさか!」


 ヴォイドがウエストポーチから端末を取り出す。


「眷カノ『でかきしょ』コラボ特設ページ……これだ! 見てくれ」


 端末に表示されているのは、「でかきしょ」コラボでドロップするアイテム一覧のようだ。

 その中の「アホロートルの頭巾」の説明。


〈装備説明「アホロートルの頭巾」 

 コラボ期間中「アホロートル」を倒すと確率でドロップする

 ・レベル補正:なし

 ・ステータスアップ効果:なし

 ・スキル効果:【ふんばり】〉


「『アホロートルの頭巾』にもHP1で耐える【ふんばり】がついていたんだ。だから小次郎さんはぎりぎり倒れなかった」


「なるほど、役に立つ頭巾だったわけだね」


 マヒロが感心したように手を叩く。

 彼女は戦闘中にやらかした自覚はあるのだろうか。


 Congratulations!


 紙吹雪が舞って、安っぽい祝福の文字がちかちかと表示される。


 倒れたジョヌ王がぐぎぎ、と動き、腹ばいのまま4人に黄色い紙きれを差し出した。


「しょうがないね、ぼくちゃんの負けだよ。さあ、これ、通行手形だ。持っていきな」


「こいつは消えないのか?」


 ポーションを飲みながら小次郎が尋ねた。


「こやつはボスじゃからの。ひたすらこの場所で、次から次へと来るプレーヤーの相手をせねばならぬのじゃ」


 それを聞いて、小次郎は少しジョヌ王がかわいそうになった。


 一行は城を出て、地蔵に手を合わせると、オディンバラの街の西門に到着した。

 西門では門番のNPCが、通行プレーヤーの手形を確認している。


 小次郎がジョヌ王にもらった通行手形を見せると、「良い旅を」と門番が敬礼する。


 オディンバラから隣のバッコーネの街へ行く道すがら、ヴォイドはなぜかずっと無口で、マヒロの相手を小次郎と忠政でするはめになった。


 バッコーネの街は「バッコーネとうげ」の道中にある。「バッコーネ峠」は「天下のけん」ともうたわれたほどの険しい山で、そのためか街道も少しずつ上り坂になっていく。


「なぜマヒロはバッコーネの街に定住したいと思うのかの? 普通のプレーヤーなら眷属彼女を探したり、冒険の旅に出たりするものじゃろうに」


 忠政が尋ねた。マヒロがふふんと笑って鼻を高くする。


「あたしの彼氏は青学の箱根山駅伝の選手なんだ。山の神って呼ばれてるんだよ」


 箱根山は、バッコーネの由来となった現実世界の地名だ。


「ほう、おぬしにも恋人がおったとは。てっきり独り身、げふんげふん、もっと束縛されない自由な生き方をしているのかと思っていたぞい」


「ふふふーん。あたしの彼氏は束縛なんてしないよ。すっごく優しい人なんだ。でも、最近忙しいみたいでなかなか会えなくてさ」


 先頭を歩いていたヴォイドがにわかに立ち止まり、振り返った。


「なあ、マヒロさんってさ」


 ヴォイドの顔は青ざめ、震えていた。


「孫とか、いる?」





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