第17話 仲間が増えたよ?
翌朝9時過ぎに、ヴォイドがログインして姿を現した。
「よく眠れたかの?」
忠政が尋ねると、ヴォイドはすがすがしい顔で頷いた。
「ああ、夢の中にも忠政さんと小次郎さんが出てきたよ。といっても、ゲームのキャラじゃなくてなぜか塾の同級生だったけど」
「おぬし、けっこう健康的な体質をしておるの。0時には眠くなって、朝に起きるとは。ゲーム廃人はもっと生活習慣が崩壊しているものだと思っておったぞ」
「親が厳しかったからな。その名残かな。忠政さんの言う通り、上位プレーヤーは昼夜逆転してる人が多いから、いっしょにパーティーを組める人がいないんだ」
自分の発言でやや空気を重くしたことにも気づかず、ヴォイドは「さあ、行こう」と言って鎌を担いだ。
マウンドアの街の北側で、一行はいつものように地蔵に手を合わせる。
心に反響する声もいつものことだ。
祈りを終えかけたとき、小次郎の目の前に一筋の光が灯った。
声が響く。
【小次郎殿よ】
「え」
【あなたの人を信じる心は素晴らしい。ですが、時にはそれが
たしかに聞いたことのある女性の声。小次郎が瞬きをしたとき、背後からがさごそと物音がした。
獣の音ではない。
「ぬ、何奴?」
忠政が立ち上がる。小次郎とヴォイドも振り返った。
「あんたたち、何をしてるんだい?」
女性プレーヤーがひとり、小道の入り口に立っていた。ベリーショートの燃えるようなオレンジの髪に、中級者風の装備。
「お地蔵様にお参り? あたしもしてもいい?」
彼女はそう尋ねると、返事も待たずに地蔵に手をあわせて「なんまいだぶ」と言った。
「だれじゃおぬしは」
「あたしかい? あたしの名前は『朽ち果てた果実Mahiro@天鬼推し』だよ。長いからマヒロって呼んでくれ」
「マヒロ……?」
ヴォイドが首をかしげる。
「果」の漢字が2つあるのが笑いどころじゃの。忠政が小次郎の脇腹をこづいてささやいた。
「あんたたち、とくに鎌を持った黒いあんた、上級プレーヤーだよね。ちょうどよかった、あたしとパーティー組まない?」
「えっ、俺と?」
マヒロの話によれば、この先のオディンバラ城のボスがどうしてもひとりでは倒せず困っているらしい。引き返してパーティーを組んでくれそうな人を探していたところ、ここに迷い込んでしまったという。
忠政が腕を組む。
「ふむ。事情はわかった。じゃが、ずっとわしらに付いて来られると困るのじゃ」
「あんた、のじゃっ子? いいね、そういうの好きだよ。あたしはオディンバラのひとつ先の『バッコーネの街』に定住するつもりだから、それ以上は付いて行かないよ。バッコーネは噂によれば
「そういうことなら、わしはかまわんが。ま、決定権はヴォイドにあるからの」
忠政が珍しく引き下がった。
小次郎はヴォイドを見上げる。女慣れしていなそうなヴォイドなら、顔を真っ赤にすることくらいはしているだろうと予想して。
当のヴォイドは……特に表情も変えず仏頂面だった。
「うん、ついて来たいなら来れば」
「やりぃ。報酬ははずむよ。1万ゼニでどうだい」
「報酬とかいいから。ボスと戦闘になったらこのふたりのサポートをしてあげて」
感情がないと自称する割に感受性豊かなヴォイドが、初めて本当に感情がないように見えた瞬間だった。
「よいのか、ヴォイド。おぬし、たぶん
忠政がひそひそ声で尋ねる。
「偏見すごいよ忠政さん。まあ、母ちゃん以外の女の人とはほぼ喋ったことないけどさ。なんというか、マヒロさんなら大丈夫な気がする」
「お、恋の予感かの」
「やめてくれ。そういうんじゃないから」
一行はマウンドアの街を出ると、なるべくモンスターとエンカウントしないように足早に進んだ。
マヒロは一同の数歩後ろをおとなしく歩いていたかと思えば、先頭に立って突っ走り始めたりと、落ち着きがない。
15分ほど街道を歩いたところで、ヴォイドに「限界」が来た。
「ごめん、ちょっと一服させて」
「何が始まるんだい?」
ウエストポーチをがさごそするヴォイドを見ながら、マヒロが小次郎に尋ねた。
「ヴォイドは定期的にガチャを回さないと死んでしまう病気なんだ」
「ふうん」
マヒロの黒い目が小次郎を捉える。
「ねえ、あんた、その頭巾いいね」
マヒロが突然小次郎のアホロートルの頭巾に手を伸ばした。ひ、と言って小次郎は首を引っ込める。猫耳を見られでもしたら事だ。
「ああ、ごめんよ、驚かせるつもりはなかったんだ」
マヒロが腕を引っ込める。
来たれ、10連武器召喚! というヴォイドの声が聞こえて、空から光が降ってくるのが見える。
マヒロがガチャに気を取られて、ヴォイドの方に駆け寄って行った。
ちょこまかと動き続けていて、少しでも目を離すとどこかへ行ってしまいそうだ。
「あれが多動癖というやつかの」
忠政がマヒロの方を見ながら小次郎に言った。
「ま、
「ああ、わかっている」
小次郎は頷くと、ヴォイドの引いたSSR武器を振り回してケラケラ笑うマヒロを見つめた。
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