第16話 幻のURキャラ
数十秒のロードを挟んでから、番頭はふたりを奥の座敷へ通した。金箔でぎらぎらした
脇に構えていた小姓が静かに襖を開けた。
「失礼!」
忠政が大声を出してずんずん入っていく。
「し、失礼」
小次郎も慌てて忠政を追う。
だだっ広い座敷には、襖の松の模様と、欄間に気持ちばかりの透かし彫りがあるばかりで装飾は少なく、床の間すらない。
座敷の奥の畳の上に、十二単を着た女が顔を紫の扇子で隠して座っていた。
「ようこそお越しくださいました、市川忠政殿」
女が扇子の端から顔をのぞかせる。相当な美人だ。小次郎は緊張で息を飲み込んだ。
「久しいの、凛の鈴懸よ」
忠政は晴れやかな笑顔を浮かべて片手をあげる。
凛の鈴懸は片目で小次郎を見ると、目を笑った形に曲げた。
「あなたが小次郎殿ですね。忠政殿からお話は伺っておりました」
「は、はい」
小次郎は背筋を伸ばした。あの「樋川日記」の作者と対面しているのだと思うと、身が引き締まる思いだった。
小次郎の姿を見てくすくす笑うと、凛の鈴懸は忠政に向かって尋ねた。
「今日はどういったご用件でお越しになったのです?」
「なに、ちと挨拶に来ただけじゃ」
「それにしてはかなり強引な手段でいらっしゃいましたね」
強引? 小次郎が首をかしげる。
「ああ。花魁は茶屋女の中でも最上位。花魁に合うには、他の下位の茶屋女のもとに何度も高いゼニを払って通って馴染みとなる必要がある。花魁と対面できたとしても、2回目までは口もきいてもらえず品定めされる。花魁のお眼鏡にかなわなければ、それまでの努力もむなしくポイじゃ」
「ヴォイドのような金持ちしか来られないということか」
「ヴォイドでも無理じゃろう。あいつは陰キャじゃから、どの茶屋の花魁からもきっとポイじゃ」
まだ忠政に聞きたいことがあったが、凛の鈴懸が片手をあげてふたりを制す。
「ご用件は例のバグのことではなかったのですね」
「バグ? このゲームにはバグが多すぎてのう。何のことやら」
忠政が肩をすくめてみせる。
とぼけているのか本気なのかよくわからない。
ほほほ、と凛の鈴懸が鈴のように笑った。
「ご存じでしょう。一部のプレーヤーの『眷属彼女』が消えるバグが、先日から発生していることを」
「何? それはまことか?」
一歩前へ進みかけた小次郎を制止するように、忠政が腕を伸ばす。
「わしらは知らなんだ。おそらく何かのデマじゃろう。仮にそんなバグがあったとして、運営が発表しないはずがない」
「
再び凛の鈴懸がころころ笑う。
レジェンドキャラクターはこのゲームの
「なあ、消えたキャラはどこへ行くんだ?」
小次郎がふと尋ねた。凛の鈴懸が目を細める。
「さあ。
凛の鈴懸がふたりを見つめた。
「もしくは、成仏した、か」
「成仏か。わしは悪霊じゃったし成仏したことがないから勝手がわからんが、どんな感じがするのかの。成仏とは」
成仏。かつて戦いに敗れ、死んだ後のことはあまり覚えていない。
気づいたら猫耳の生えた女になっていた。ただそれだけだ。
「
「ふむ。あんまり楽しくはなさそうじゃの。凛の鈴懸よ、もう一度成仏できるとしたらおぬしはどうする?」
扇子がはらりと動いて凛の鈴懸の顔を覆い隠した。
表情が見えず、感情が読めない。
「もう一度、ですか。できるといいですね」
座敷を出ると、小次郎は縮こまった方の筋肉をようやく弛緩させることができた。
あの後、忠政と凛の鈴懸は数分間他愛もない世間話をして、その場はお開きとなった。
あまり実りのある話はできなかったように思う。が、忠政は挨拶に来ただけだと言っていたし、バグの話も聞けた。これでよかったのかもしれない。
「兄上、例のバグの話なんだが」
「なんじゃ?」
「キャラクターが何人か消えたという話だったな。ということは、俺や兄上が消える可能性もあるということか?」
茶屋の廊下を歩きながら、忠政は頷いた。
「ああ。消える可能性があるのはわしらだけではない。凛の鈴懸も、おそらく対象内じゃ」
「あの方も眷属彼女なのか?」
「いや――」
凛の鈴懸。「眷属彼女♡オンライン~最強のトレーダーを目指して~」における、「幻のURキャラ」のうちのひとりだ。
URキャラに「レジェンドのかけら」は存在せず、URキャラを眷属彼女にすることもできない。彼女らは各地の茶屋に花魁として在籍し、ゼニと時間を積めば会える可能性がある。
「彼女」をコンセプトとしたゲーム内で唯一アイドル的立ち位置にいるのがURキャラたちだ。
「URとは、『途方もなく珍しい』という意味じゃ。じゃが、実態は違う。このゲームにおけるURキャラは4人。そう、わしが最初に呼び降ろした霊魂の4人じゃ。わし含め、彼らは意志がふつうの霊魂に比べて格段に強くての。ゲームのプログラムくらいでは、記憶の上塗りができないのじゃ」
「凛の鈴懸にも過去の記憶があるようだったな」
「そうじゃ。彼らが『記憶持ち』であることに気づいた運営は、霊魂の存在がバレぬよう、4人をそれぞれ茶屋に閉じ込めて、厳選したプレーヤーにしか会わせないようにしたのじゃ。ま、わしは記憶持ちだとまだバレておらんから、SSRとして自由に活動できるんじゃがの」
運営の高橋という男にバレていたが、それは問題ないのか。疑問が脳をかすめたとき、茶屋の出口に着き、数十秒のロードが始まった。
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