第15話 マウンドアで夜遊びじゃ!

「なぜ忠政さんと小次郎さんは三毛猫とハチワレ猫なんだ?」


 モンスターを狩りながらヴォイドが尋ねた。

 たしかに、小次郎も気になっていたことだ。


 忠政の髪は肩まで伸びた縮れ毛で、髪と衣装がまだらに三毛猫柄になっている。小次郎は自分の姿をちゃんと見たことがあるわけではないが、顔に黒いハチワレ模様があり、衣装は白黒のブチ柄だ。


 両者とも頭上には大きな猫の耳があり、人間の耳のあったところは触っても何もない。


「簡単なことじゃ。わしは『三毛国さんけのくに』領主じゃったから三毛猫。小次郎は、昔『八つ裂きの小次郎』と呼ばれておっての。八つに裂けるからハチワレなんじゃろう」


「八つ裂きって、小次郎さんあんたいったい何やらかしたのさ」


 忠政と小次郎は瓜二つな顔を見合わせて苦笑した。


 味方を裏切った「蛮族」にはそれらしい二つ名がつくものだ。史実では、忠政方の送った使者が小次郎に八つ裂きにされたという逸話があるが、もちろん嘘である。


 謀反を起こした後も忠政と小次郎は使者を通じてドライな交流を続けていた。ただ、小次郎の仕えていた西条氏が市川を討てと命じたから討ちに行った。それだけのことだ。


 地蔵参りを繰り返しながら、リバーケイプの街からカナカナの街、ポディソンの街を抜け、オディンバラの城まで残り5街となった。


 現実時間で24時を過ぎた頃、ついにヴォイドがダウンした。6番目の宿場「マウンドアの街」で一行は休息を取ることにした。


 ゲームの全体マップを日本に見立てるならば、マウンドアの街は、地理的にいえば市川家の治めていた土地にあたる。

 そのためか、街中に「三毛国アップデート」の広告がべたべたと貼ってあった。


 旗籠はたご(宿場町の宿)に入るなり、ヴォイドがログアウトする。相当眠かったのだろう。


 小次郎が寝支度をしていると、忠政に呼び止められる。


「小次郎よ、ちょっと出かけないかの」


「どこへ?」


 街中に貼ってある広告の中央には、でかでかと忠政と小次郎の顔が載っている。プレーヤーに顔を見られるかもしれない状況で、むやみに出歩くのはリスクが高い。


「寄りたい場所があるのじゃ」


「また地蔵か?」


「いいや」


 忠政はにっと笑った。


「茶屋に行くのじゃ」


 マウンドアの街の中心通りから1本外れた裏路地に、茶屋「手水ちょうず屋」はあった。


 初心者が駆けまわっている大通りとは異なって、上位プレーヤーらしい服装の人々がうつむいてそそくさと歩いているのがなんとなく不気味だ。

 一部の上位プレーヤーの後ろにはキャラクターらしき女がついて回っている。あれが「眷属彼女」のなれの果てだろう。


「茶でも飲むつもりか?」


 小次郎が尋ねる。忠政は首を横に振った。


「全年齢版の茶屋は、R18版では遊郭ゆうかくにあたる場所じゃ。かわいいNPCの女子おなごとあんなことやこんなことができる。ま、全年齢版じゃおさわり禁止じゃがの」


「まさか、女と遊ぶのか? 俺たちも女なのに」


「女が女と遊んで何が悪いのじゃ。じゃが、今回の目的はそんなことではない」


 フードで顔を隠したふたりは、茶屋の入り口を叩いた。

 店先に現れたNPCの番頭が、明らかに初期装備のふたりを見て怪訝な顔をする。


「何か用か?」


「会いに来たのじゃ。『花魁おいらん』にの」


「……ここはお前たちの来るような場所ではない。一見さんお断りだ。帰った帰った」


 忠政が1本のかんざしを差し出した。棒の部分に紙きれがくくり付けてある。


「これを花魁に」


「……」


 番頭は黙ってかんざしを受け取ると、茶屋の奥へ消えた。


「おいらん、というのはどういう奴だ。名前か?」


 小次郎が問いかける。


「いや、役職名じゃ。最高位の遊女のな。本名は『りん鈴懸すずかけ』」


「ああ、『樋川日記といかわにっき』の作者か」


 凛の鈴懸。平安時代の朝廷の女房で、名著「樋川日記」を著した人物。さすがに小次郎でも知っているほどの有名人な偉人だ。


「だが、なぜ凛の鈴懸が遊女に? 兄上とは何の関係が?」


「前にいったじゃろう。ゲームプロデューサー塩野谷の作ったゲームで、4人の偉人の霊魂を現世に降ろしたと」


 番頭が現れて、ふたりに向かって頭を下げた。


「先ほどは大変失礼いたしました。ご無礼をお許しください。花魁がお呼びでございます。こちらへ」


 さ、行くぞ。と、忠政は暖簾のれんをくぐると、入るのをためらっている小次郎に向かって言った。


「凛の鈴懸は、わしが最初に降ろした霊魂のうちのひとりじゃ」





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