第14話 本当にほしいもの

 一行は第2の街「リバーケイプ」を通過した。地蔵は13体。

 手を合わせてみるが、何も起こらない。


「祈れ、小次郎」


 忠政に戒められて慌てて死者の冥福を祈ると、再び頭の中に複数の声が響いて消えた。


 ありがとう。

 恩に着る。ありがとう。

 ま、待ってくれ、俺はまだ……。


「ん?」


 顔を上げると、かすかな光が天に立ちのぼっていくのが見えた気がした。


 リバーケイプの街から次の街道に出ると、早速ヴォイドと忠政がYouCubeの撮影を始めた。

 映りこまないようにどこかで遊んでいろ、と追い出されて、小次郎は人気ひとけのないマップの隅で狩りを始めた。


 アホロートルを追いかけまわしてエンカウントする。コラボキャラでやや強めに設定されているのか、4発斬らなければ倒せない。


 地面に落ちたドロップ品をちらちら確認しつつ、息が切れてきたらヴォイドにもらったポーションを飲んで体力を回復する。手持ちのポーションの小瓶は10本。大切に使わなければならない。


 夢中になってアホロートルを追っていると、気づかないうちに街道の中心に近づいていたようだ。

 プレーヤーの話し声で小次郎ははっとした。


 みかんの木のアセットに身を潜めると、初心者らしいプレーヤーがふたり、話しながら歩いてくるのが見えた。


「なあ、Tmitter見た?」


「見てねえ。何かあったのか」


「眷カノでまたでかいバグだってよ」


 バグ。不具合のことだ。

 小次郎は聞き耳を立てる。


「またバグ? バグだらけだなこのゲーム。もう引退しようかな」


「俺も引退してえよ。でももう2万も課金しちゃったしなあ」


「馬鹿、そういうのをコンコルド効果っていうんだよ。運営の思うつぼだ」


 プレーヤーたちが去っていく。小次郎はため息をつくと、木の根元に座り込んだ。

 バグ、という言葉が頭に残っていた。どのような不具合があったのだろう。


「ケエエエエ」


 背後からクサギツネの鳴き声がしたかと思うと、突然背中を蹴られて小次郎は前につんのめった。


 振り返って冷静に斬りつける。1撃で、クサギツネが光の粒になって消えていく。

 クサギツネのバックアタックで体力が大幅に減ってしまった。ポーションはもうない。


 そのまま地面に横たわり、体力が自然回復するのを待つことにした。


 そういえば、地蔵で見た光とモンスターやプレーヤーが消えるときの光の粒は、なんとなく似ている気が……。


「小次郎!」


 忠政が手を振りながら駆けてきた。後ろからハダカデバネズミ姿のヴォイドもよたよたついて来ている。


「こんなところにおったのか。探したぞ」


「ああ、すまない。ヴォイド、ポーションがなくなってしまってな。1本もらえないか?」


 小次郎の問いかけには答えず、忠政とヴォイドはなぜか顔を見合わせてによによ笑っている。


「ヴォイドよ。あれ・・を小次郎に渡すのじゃ」


「ええ、忠政さんが渡してよ」


「じゃあ一緒に渡すぞ。せーの」


 どん、と小次郎の目の前に差し出されたのは、「アホロートルの頭巾」だった。小次郎が何度アホロートルを倒しても落ちなかったレア装備だ。

 面食らう小次郎を見てふたりがげらげら笑う。


「ドッキリ大成功! 本当は『友達に突然レアドロップの装備をプレゼントしたらどうなるか企画』だったんだ!」


「喜べ小次郎よ。本当はこれ、ほしかったんじゃろう? ふたりでドロップ率上昇の剣で斬りまくって手に入れたのじゃ!」


「あ、もちろん、動画では小次郎さんの顔は加工して映さないようにするから」


 小次郎は震える手で「アホロートルの頭巾」を受け取った。

 頭巾の上部にはアホロートルの顔がついており、左右には大きなえらが飛び出ている。かわいい。


「かたじけない」


「わはは。おぬしは昔からこういうのが好きじゃったからの。どれ、かぶってみい」


 小次郎は頭巾を頭にかぶった。

 柔らかなアホロートルの革は肌触りがよく、小次郎の目立つ耳を覆い隠してくれる。


「気に入ったか?」


「ああ」


「それはよかった。小次郎よ、ほしいものややりたいことがあるのなら、ちゃんと口に出して言うのじゃ。誰も怒ったりせんからの」


 小次郎は頭巾の端をぎゅっと握りしめた。


 物を人にねだるなどみっともない。そう言われて育ってきた。なんでも好きなものを与えられる忠政と自分を比較するたび悔しかった。

 与えられないのであれば、力ずくで奪えばいい。そう考えて、かつての小次郎は市川家から離反した。


 しかし、兄忠政に相談していれば、願いを少しは聞いてもらえていたのかもしれない。初めから諦めていなければ……。


 いや、過ぎたことだ。小次郎は首を振ると、目の前のふたりを見つめた。


「ありがとう。兄上も、ヴォイドも。改めて礼を言う」





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