第11話 課金中毒者の悲しみ
「では早速、エルピオンの泉を目指して出発じゃ!」
えいえいおー、と片腕を上げた忠政をヴォイドが制した。
「ごめん、その前に、ちょっと一服」
ヴォイドはウエストポーチから大きな風呂敷のようなものを取り出して、地面に広げた。
魔法陣のようなマークの書かれた風呂敷の中央に立ち、ヴォイドは天に向かって両手を広げる。
「来たれ、10連武器召喚!」
空から10個の光が舞い降りた。
うち9つが青、1つが赤い色の光だった。
「あーあ、最低保証か。スキップで」
10の光がまとめて細長く伸び、様々な武器の形になって地面に突き刺さった。
「ふむ、武器ガチャかの。初めて見たわい」
忠政が背伸びして武器を眺めた。
「ああ。SR1本、残りはR武器。さっき忠政さんと小次郎さんにあげたのは、ゼニガチャのN武器ね。ちょっとまってて、今出たのは全部換金して、SSR武器出るまで回すから」
小次郎は青い光から出てきた長槍を1本引き抜いて眺めた。
柄は軽く、女の小さな手にもなじんだ。
「なあ、ヴォイド、この槍もらってもいいか?」
「うん? いいけど、それRだぞ。ロングスピアならSSRの強いやつのピックアップ中だし、そっちを狙って……」
「いや、これがいい」
小次郎は長槍を握りしめて言った。
わしはこの赤いのをもらおうかの、と忠政もSR武器の刀を引き抜いた。
そ、そうか……と言って、ヴォイドは風呂敷をたたんでウエストポーチにしまった。
「ところで、息をするようにガチャを回すの、ヴォイドよ」
「ああ。もう病気みたいなものだ」
「ふむふむ。『†深淵の背律者ヴォイド†』から『深刻な廃課金者ヴォイド』に改名したらどうじゃ?」
ヴォイドは安っぽい岩のアセットのすべすべした表面に腰を下ろしてうなだれた。
「何度もやめようとしたさ。でも、ガチャを回さないとイライラして、さらに多くのガチャを回してしまう。ある程度回すと落ち着くんだが、また時間が経つと……」
「なかなかの中毒じゃの。それだけの金はどこから出ているのじゃ?」
「話すと長くなるんだが……」
ヴォイドは前置きをすると、ふたりの返答も待たずに早口で話し始めた。
ヴォイドの両親はかなりの資産家で、ヴォイドに厳しい教育を施した。ヴォイドは抑圧の中、懸命に勉強した。塾でも学校でもなかなか上位に追い付けなかった。それでも、日々頑張った。
ところが、中学1年生だった頃のある日、転機が訪れる。とあるVRMMOソーシャルゲームにはまったのだ。
ヴォイドは勉強も忘れて、毎日夢中になってゲームのヘッドギアをかぶっていた。ゲームは彼にとって抑圧からの解放だった。初めて、人生に目標ができた。「このゲームで上位を取りたい」と。
しかし、幸せは長くは続かなかった。ゲームのプロデューサーが急逝したのだ。たった数ヶ月でゲームはサービス終了し、ヴォイドは現実世界に引き戻された。
現実は厳しかった。数ヶ月勉強しなかったヴォイドは学校の授業についていけなくなり、もともと友達がいなかったことも相まって不登校になった。
ヴォイドは親の制止を振り切って、VRソシャゲに没頭するようになった。
「人は初めてやったゲームを親と思ってついて行く」とは言い得て妙で、ヴォイドは最初にやったゲームの亡霊を追いかけ続けていた。
どのゲームをやっても、あのゲームほど面白いものには出会えなかった。
次第に、ヴォイドは課金に走るようになった。
初めての課金は、月500円の月間パスだった。2度目の課金は、ゲーム1周年記念の福袋装備パック。そこからは歯止めがきかなかった。親のクレジットカードを使って、じゃぶじゃぶお金をつぎ込んだ。
気づけばヴォイドも中卒アラサーニートになっていた。
「切ないのう。聞いてるだけでみぞおちがむずむずしてきたわい」
忠政が腹を押さえながら言った。
「働こうと思ったことはなかったのか?」
小次郎が尋ねると、ヴォイドは諦めたように首を振った。
「一応バイトはしたことがある。30分おきにトイレにこもってヘッドギアかぶってガチャを回していたらクビになったけど」
「どうしようもない阿呆じゃの」
「俺のばあちゃん、病気なんだ。小学校から帰ったらいつもおやつを用意していてくれてさ。ずっと元気だったのに、一昨年倒れちゃってさ。俺も働いて治療費を稼いだり、せめてばあちゃんを元気にさせることができたらってずっと考えている。でも……」
ふむ、妙じゃの。忠政が首を傾げた。
「おぬしのばあさんの面倒はばあさん自身か、せいぜいおぬしの両親が見るものじゃ。おぬしが責任を感じることはなかろう」
「そ、そうだけどさ……。そういうのは薄情というか……」
「おぬしは『ばあさんを救いたい』と考えるだけで自分を道徳的に満足させているのではないかの。さっき回した10連装備ガチャ、あれで5000円くらいじゃろ。その5000円でばあさんに花束のひとつでも買ってやればよいのに、おぬしは平気でガチャを回した。本当におぬしは、ばあさんのことを考えておるのかの」
お、お、お。
ヴォイドの全身ががたがた震え、顔がぐにゃりと曲がったかと思うと、体が光の粒になって消えた。
「†深淵の背律者ヴォイド†がログアウトしました」と赤い字で表示される。
「どうじゃ、正論パンチじゃ」
忠政がぐっと力こぶを作るポーズをした。
「おい、どうする。ヴォイドが腹を立てて帰ってしまったぞ」
「見事な『オタクのキレ方』じゃったの。まあ心配せんでもよい。あやつは義理堅い男じゃ。すぐに戻ってくるじゃろう」
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