第44話 ガーデニアン・お兄さん

 背の高い、鮮やかな紫色の髪の男が店の入り口に立っていた。

 白のマントには刺繡がちりばめられ、頭と両腕に金の装飾品を装備している。

 両肩のマントの留め具は、白金製の花かざり。


 腰には紫の石のはまった大剣を帯刀していた。

 見るからに上級プレーヤーだ。


「まあ、梔子くちなし様」


 アメーバの茹で汁が驚いたように言った。


 梔子くちなし様と呼ばれたプレーヤーは紫色の宝石のような目でじろりと射抜くように店員を見た。


「店員同士の集会は禁止だと言ってあったはずですが」


「まさか、集会ではありません! お客様が困ってらしたのでアメーバの茹で汁さんと相談していただけで」


 店員が反論するが、梔子くちなし様ににらまれて黙り込んだ。


「こそこそ相談するような行為は許さないと言ってあったはずですが。まあ、お客様の前だ。処分は始末書だけとしましょう」


「申し訳ありませんでした」


 女性店員とアメーバの茹で汁はうつむいて震えている。


 小次郎には何が起きているのかさっぱりわからなかったが、梔子くちなし様と呼ばれる男がアメーバの茹で汁たちの上役かなにかで、なぜかご機嫌斜めになっていることは理解できた。ここは自分に親切にしてくれたアメーバの茹で汁たちのためにも、梔子くちなし様の機嫌を取るのが自分の役目だと思った。


「いい花かざりだな。どくだみか?」


 小次郎は梔子くちなし様の肩についた白金の花かざりを見て言った。褒めたつもりだったが、梔子くちなし様の眉間にしわが寄る。


「どくだみではありません。クチナシです」


「そうか、草花くさばなには疎くてな。すまなかった」


 小次郎が素直に謝ると、梔子くちなし様は何か言いかけて、口を閉じた。

 彼の視線は店の壁にへばりついて壁のふりをしているヴォイドに吸い寄せられた。


「もしや……」


 梔子くちなし様がヴォイドに詰め寄る。

 ヴォイドが「うひぃ」と言ってさらに小さくなった。


「お客様、失礼ですがお名前を」


「し、†深淵の背律者ヴォイド†です」


 ヴォイドが消えそうな声で答える。


 まさか本当に……しかしこんなところで出会えるとは……。

 梔子くちなし様はぶつぶつつぶやくと、ヴォイドに向かって深く礼をした。


「ご挨拶が遅れまして大変失礼いたしました、†深淵の背律者ヴォイド†様。わたくし梔子くちなしと申す者。このアウトレットの統括人です。プレーヤーレベルは999。ここまで申し上げればおわかりでしょう?」


「え、何が?」


 要領を得ない様子のヴォイドに梔子くちなし様は少しだけいらいらした様子を見せた。


「あなたは私と同じ、このゲームのカンストプレーヤーということです」


 カンストとは、レベルが上限に達している状態のことだ。


 梔子くちなし様は胸元のポケットから紫色の封筒を取り出して、ヴォイドに差し出した。


「こ、これは?」


「招待状でございます。明日、このラックローの街で『カンスト勢の会談』が開かれます。†深淵の背律者ヴォイド†様もどうぞお越しください」


 ぽかんとしているヴォイドに封筒を握らせると、梔子くちなし様はマントをひるがえして颯爽と店を出て行った。


「私の店に参りましょう、お客様。あまりここにいてはまた叱られてしまいますから」


 男装店の店主であるアメーバの茹で汁が言った。

 3人はアメーバの茹で汁に連れられて、アウトレットモールの奥にある「アメーバ男装専門店」の看板のかかった店の前に来た。


「先ほどの男は?」


 小次郎が尋ねると、「梔子くちなし様、このアウトレットの統括人です」とアメーバの茹で汁が説明してくれる。


 オテンバ・プレミアム・アウトレットの個人商店群は、それぞれが完全に孤立しているわけではなく、梔子くちなし様がまとめて管理をしているという。


 梔子くちなし様は様々な仕入れルートと販売のノウハウを持っており、それらを出店したいプレーヤーたちに提供するかわりに、手数料を取って暮らしている。


 店員になったプレーヤーには、さまざまな制約が課されることになる。

 梔子くちなし様に毎月手数料を支払うほか、街を出て冒険に出ることは禁止、勝手に「集会」を行うことも禁止。


「つまり、元締めにみかじめ料を払っているということか」


「言い方は悪いですけど、そうなりますね。自由は制限されますが、梔子くちなし様のおかげで私たちも豊かな暮らしができているので、感謝していますよ。騒動や喧嘩は梔子くちなし様が成敗してくれますし、VRMMOでまったり遊べる環境はここにしかないですから」


 アメーバの茹で汁はにっこり笑うと、テント風の店の入り口を開けた。


「どうぞ、いらっしゃいませ」





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