第43話 黒焦げ猫のショッピング
ずんずん早足で進むヴォイドに小走りでついて行くと、通りから開けた広場のような場所に出た。
ラックローの街の北東にある「オテンバ公園」だ。公園の通路脇のいたるところに、所狭しと出店が並んでいる。
「すごいな、すべて個人商店か」
小次郎は感心して公園を見渡した。
ざっと見ても100軒以上の個人商店がある。
これらの商店群は「オテンバ・プレミアム・アウトレット」と呼ばれている。
すべての商店が個人プレーヤーによって経営され、ゲーム運営の介入は一切ない。
このような商店群は他の街にもなくはないが、「オテンバ・プレミアム・アウトレット」は眷カノ最大のアウトレットモールとして知られている。
商人気質のプレーヤーが多いためか、ゲーム内で一番治安のいい区域としても有名だ。
武器屋やアイテムショップもなくはないが、大半を服屋が占めている。
「いらっしゃいませ。お召し物をお探しですか?」
売り子のプレーヤーがヴォイドに声をかける。
ぎょっとして飛び上がったヴォイドは「あ、いや」としどろもどろになりながら小次郎の後ろに隠れた。
「ふたりとも、いい感じの服が見つかったら俺に声かけてよ。俺はあっちの人のいないところで待ってるからさ」
「おぬし、店員と話もできないのか。普段服を買うときはどうしているのじゃ」
「服屋なんて行ったことないよ。普段は母ちゃんが買ってきた服を適当に着てる」
よほど身なりに頓着がないらしい。
小次郎と忠政は顔を見合わせると、店に向かってヴォイドの背中をぐいぐい押した。
「な、なにするんだよ!」
「俺の着るものだが買うのはお前だ。お前が見て決めるのが筋だろう」
嫌がるヴォイドを押し引きして適当な服屋に連れ込んだ。
ヴォイドはうつむいてぶつぶつ言いながら店員に対して話しかけるなオーラを出している。
「俺の着ているのと同じものはないのか」
小次郎は店内をぐるりと見渡した。男性プレーヤー用の服が並んでいるが、小次郎と忠政の着ているような裾の広いフード付きの上着はない。
「何かお探しでしょうか?」
女性プレーヤーの店員が駆け寄ってくる。ヴォイドがひっと喉を鳴らして壁に張り付いた。
女性相手でも、小次郎たちやマヒロのような相手には平気そうにしていたので、単に「店員」という大人同士の対応を求められる相手が苦手なのだろう。
「これと同じものを探しているんだが……」
小次郎が破れた上着を見せると、店員は口に手を当てて目を丸くした。
「あらまあ、真っ黒焦げ。火属性のモンスターかなにかと戦われたのですか? お召しになっているのは初期装備の『冒険者の服』ですね。残念ながら、どの店にも初期装備は置いていないと思いますよ。似たようなお色味のものでしたらご用意はありますが」
「そうか」
小次郎はがっかりした。
今まで来ていた上着は体型を隠すのに最適だったが、売り物ではないらしい。
「あの、お客様は女性の方ですよね」
店員が声を小さくして言った。
「失礼ですが、もしかして『男装』をご希望でしょうか?」
「男装?」
「ほら、最近どのゲームでも多いでしょう、VR痴漢。最初のキャラメイクで女性にしたけれど、VR痴漢に遭われて
店員の予想は微妙に外れていたが、全く違うとも言い難い。
小次郎が困っていると、店員は「ちょっと待っててくださいね」と言って店の外へ小走りに出て行った。
「もう帰っていいか」
ヴォイドが細い声で言った。
店員はすぐに別の女性プレーヤーを連れて戻ってきた。
「こちらは男装専門店の店主『アメーバの茹で汁』さんです。アメーバの茹で汁さん、こちらのお客様なのですが」
「まあまあ」
アメーバの茹で汁と呼ばれた女性店員は、小次郎を頭からつま先まで眺めた。
「ボディラインがとてもお綺麗ですね。ですが、胸当てを装備されていないとは。今まで胸元が痛かったでしょう」
確かに、上下に揺れると付け根が痛む。
小次郎が頷くと、アメーバの茹で汁が「ちょっと失礼」と言って小次郎の上着の前を開いた。
黒ブチ模様の衣装が店員の前にあらわになった。
小次郎は尻尾を見られないようにそっと背中に沿わせた。
「見たことのないお召し物ですね。ですが、ここまで露出度が高いと人目も気になったでしょう。まるでプレーヤーでなくキャラクターのような――」
「人目が気になるんだ。隠せる服はないか?」
小次郎は慌てて店員の言葉を遮った。キャラクターであることがバレては面倒だ。
「そうですね、うちの店には大きいサイズの胸当てもございますし、ボディラインを隠せる服もございますから――」
「あなたたち、いったい何をしているのです」
アメーバの茹で汁のセリフに割り込むようにして、店頭に大きな影が現れた。
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