第42話 デリカシーのないコミュ障

 ラックローの街へ戻ってヴォイドを探す。約束していた広場にヴォイドはいなかった。


「あやつ、ログアウトしておやつでも食っているのかの」


 忠政がぷりぷりしながら言ったとき、裏路地から大きな声が聞こえてきた。


 SSR、来い! 来るか、来る来る来る、来たー! 誰だ、誰だ、来い、来い、来たー! 雪船ちゃん、雪船ちゃんです! 水墨画家の雪船ちゃん。SSRです!


「あれはヴォイドの声かの?」


 忠政が声を小さくして言った。

 小次郎は顔をしかめる。


「ヴォイドでなければいいが……」


 果たして、声の主はヴォイドであった。

 裏路地で絶叫ガチャ動画を撮っていた。


「ありがとうございます! SSR、雪船ちゃんが――あ、ふたりとも、おかえり」


 ふたりの姿を見ると、ヴォイドは照れくさそうに叫ぶのをやめた。


「こらヴォイド、表まで声が響いておったぞ」


「そ、そうなのか。ちょっと恥ずかしいな」


「ちょっとで済むものか。絶叫するなら最初から表でやれ。そうやっておぬしがこそこそするからわしらも恥ずかしいじゃろう」


 忠政がヴォイドの背中をバシバシと叩く。

 ごめんごめんと言いながらヴォイドは動画撮影を止めた。


「なあ、今の流れ、動画にしてもいいか? タイトルは『絶叫ガチャ動画を撮ってたら友達に見られて気まずい』で」


「好きにせい。小次郎の顔が映らないよう編集するのじゃぞ。それより、そんな提案ができるとは、おぬしもYouCuberっぽくなってきたの」


 そうかな、と照れ笑いしたヴォイドは、ふたりの服装を見て首をかしげる。


「ふたりとも全身真っ黒焦げじゃないか。特に小次郎さんの上着なんて焦げて破けてるぞ。何があったんだ?」


 調子に乗ってレベル4ダンジョンに潜ってひどい目に遭ったのじゃ。忠政が説明している間に、小次郎は自分の服を確認した。


 たしかに、上着が煤だらけになっており、チリチリと焦げて穴も開いている。

 穴から小次郎のボディラインが見えているせいで、このままでは一目でプレーヤーではないとわかってしまう。


「ヴォイド、『修繕テープ』をもらえないか。この上着を直したい。ポシェットに入っていた分は使い切ってしまった」


「『修繕テープ』を使ったのか? あれはレアアイテムでなかなか手に入らない。ポシェットに入っていた分で最後だ」


「珍しいものだったのか。使ってしまってすまなかった」


 小次郎が謝ると、ヴォイドが慌てて手を振る。


「いやいや、俺が持っててもどうせ使わないから別にいいんだけどさ。『修繕テープ』で服を直すより、新しいのを買った方がいいんじゃないかな。この街の北東にでかい商店があるから、そこへ行ってみるか」


 ヴォイドがふたりに背を向けて足早に大通りへ出た。

 

 眷カノのプレーヤーは、時間短縮のために常に最高速度で走り回っている。ヴォイドも、出会った頃はふたりを置き去りにして走ってしまうことが多かった。

 そんな彼も、最近では小次郎と忠政に合わせてゆっくり歩くようになっていた。ヴォイドの足が速くなるのは、たいてい気まずいときか、照れているとき。


「恥ずかしがることはない」


 小次郎が走って追いかけて声をかけると、ヴォイドは顔を赤くした。


「この大通りまで俺の奇声が聞こえてたんだろ。なんだか情けなくなってきた。かっこわるいよな、俺」


「俺はお前が情けないとは思わない」


 ヴォイドを傷つけないように慎重に言葉を選ぶ。


「俺も子供の頃はそうだった。師匠に剣を初めて習ったときは、まともに刀を振ることすらできなくて、人に見られることが恥ずかしかった。誰しも最初はみっともないものだ。俺はお前のやっているYouCubeとやらのことはよくわからないが、おそらくお前はまだ鍛錬が必要な段階なんだろう。それを投げ出さないことはお前の長所だと思うぞ」


 ヴォイドの顔がさらに赤くなって人参のようになった。


「お、俺は生まれつき闇属性だし、いいところなんてないし、無理して褒めることはない。なるほど、眷属彼女には主の自己肯定感を上げるという機能もあったんだな」


 なるほど、なるほど、と早口でぶつぶつ言いながらヴォイドが足早に走って行った。

 あまりの無遠慮な言葉に、小次郎はぽかんと口を開けてヴォイドの背中を見つめた。


「あやつは根っからのコミュ障じゃ。あれも照れ隠し、悪気があって言っているのではない。許してやれ」


 いつのまにか後ろにいた忠政がフォローを入れる。

 わかっている、と小次郎も頷いた。


 ヴォイドとの会話で見返りを求めてはいけない。どれほどヴォイドに丁寧な言葉をかけても、彼は無邪気にこちらを傷つけるような言葉を返してくる。それで機嫌を損ねるのは筋違いだ。


 しかし、それも小次郎だからよいと済まされることだ。

 ヴォイドもいつかは様々な人と関わって生きていかねばならない。そのときに、あのネガティブさは仇となるだろう。


「兄上、俺は仲間として、ヴォイドのあの無礼な性格を直してやるべきだと思うか?」


「無礼な性格とは、おぬしも言うときは言うではないか」


 忠政が笑いながらヴォイドを追って歩き出す。


「わしにはわからぬ。おぬしはもっとヴォイドに友達をつくってほしいと思っているのじゃろう。じゃが、ヴォイドのコミュ障をどうにかする責任はおぬしにはない。それはおぬしが決めることじゃ」





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