第97話 引き際を見極めて
ヴォイドも動画制作のため長時間ログインできない。ヴォイドがログアウトしている間の小次郎と忠政の護衛は、血飛沫のケンが買って出てくれた。
屋形船の船内で、小次郎と忠政は時を過ごした。
その日のうちに、ヴォイドは「
1本目の「下高井戸を救いたい」では、下高井戸=イエロー・パンサーであることを暴露し、あの広場での騒動の動画を公開した後、彼の過去の悪行や自作自演などを暴いた。最後は、下高井戸は今からでも謝って誠意を見せるべきだと締めくくっている。
2本目の「下高井戸と法廷オフまであと2日」は、下高井戸側が提示した「動画を全削除しなければ訴訟する」という期限までのカウントダウン動画で、いつものように下高井戸を盛大に煽り散らす動画だ。
特に1本目の再生回数は恐ろしいほどの伸びを見せ、100万回も再生された。有名な暴露系YouCuberの「ガレソレチャンネル」に取り上げられ、ヴォイドは一躍有名になったのだ。
当のイエロー・パンサーは、イエロー・パンサー名義のTimtterアカウントを削除。売買契約の成立した15人の眷属彼女を逃がされたことの責任を問われ、ゲームからログアウトしていた。
イエロー・パンサーの被害者や「ガレソレチャンネル」の視聴者たちがイエロー・パンサーのゲームアカウントを通報しまくったため、運営も重い腰を上げ、イエロー・パンサーはゲームからBANされた。
その日の夜更け、「†深淵の背律者ヴォイド†がログインしました」と表示され、小次郎の目の前にヴォイドが現れる。
「ちょっと様子を見に来たよ。変わりはないか」
ヴォイドが座布団の上にあぐらをかいた。
血飛沫のケンが困惑したように言った。
「お前は変わりすぎだ、ヴォイド。なんだあの再生回数は」
「俺もびっくりしてる。まだ実感がないよ。あのクソ野郎もBANされたらしいし、万々歳だ」
「クソ野郎」とはもちろんイエロー・パンサーのことだ。
「ヴォイド」
小次郎が口を開く。
「お前、最近ちょっと変だ」
「そうか? 普通だと思うけど。あ、俺が有名YouCuberになっちゃったから、遠い存在に感じてるのかもな」
「そうじゃなくて――」
ヴォイドの端末がピコンと鳴った。
端末を開いたヴォイドの顔が、悪意を持った表情にぐしゃりと変化する。
「TmitterのDMで視聴者からリークがあった。下高井戸のメンバー限定配信の切り抜きだ」
メンバー限定配信とは、下高井戸の視聴者が下高井戸にお金を払って「メンバー」となり、その人たちだけに公開される動画配信のことだ。
ヴォイドがDMで送られてきた動画を再生する。
「どうも、下高井戸です」と生気のない男の声が流れる。声は次第に嗚咽に変わり、下高井戸が泣きながら愚痴をこぼすという内容のものだった。
「メンバー」はみな下高井戸の古参ファンなので油断していたのだろう。古参ファンのふりをしたアンチが紛れ込んでいたのだ。
「この切り抜きを使って暴露動画を作ろう。タイトルはシンプルに、『下高井戸、泣く』でいいかな。じゃ、俺は編集があるから、またな」
「†深淵の背律者ヴォイド†がログアウトしました」の文字とともに、ヴォイドが消える。
小次郎はため息をついた。
「あいつはいったいどうなってしまったんだ」
「急に有名になりすぎてちょっと頭がやられているんだろう。騒動が収まればきっとまたもとに戻る」
血飛沫のケンがなぐさめるように言った。
翌日、波に乗ったヴォイドはさらに下高井戸煽りの動画を6本投稿した。中には、下高井戸が泣いている例の配信の切り抜きもあった。
コメント欄やTmitterには、ヴォイドを批判する声もあった。しかし、それらのコメントは下高井戸アンチによって「こいつは下高井戸の信者だ」と祭り上げられ、自主的なコメント削除にまで追い込まれるものもあった。
ヴォイドが「法廷オフまであと〇日」のカウントダウン動画を出すのは夜の23時。多くの人々が、そのときを待ち望んでいた。
そして23時。ヴォイドが「下高井戸氏に勝利しました」というタイトルの動画を出した。
血飛沫のケンの端末で、小次郎と忠政は動画を見た。
端末からヴォイドの声が流れる。
――まず初めに、謝罪いたします。下高井戸氏は確かに可燃性の高い人物です。しかし、俺にも言い過ぎた部分もあった。下高井戸氏のファンの方、そして下高井戸氏ご本人にご迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。
――1週間前、下高井戸氏は7日以内に全動画を削除しなければ俺を訴えると言いました。これは非常に残念なことです。下高井戸氏は底辺YouCuberである俺に脅迫をしたのですから。俺は彼の脅迫を受け入れる気はありませんし、動画を削除する気もありません。下高井戸氏と真っ向から勝負することに決め、カウントダウン動画を投稿してきました。
――しかし、1週間たった今、下高井戸氏や彼の弁護士から俺に連絡はありませんでした。今後連絡が来るかもしれませんが、俺は下高井戸氏がもう俺を訴える気はないというふうに解釈しました。
――したがって、俺は、今後一切下高井戸氏に関する動画を出しません。もうこれ以上煽りません。俺の視聴者の方も、できれば下高井戸氏を叩くのはやめてください。
――下高井戸氏の最新の動画では、俺が下高井戸氏に対してあることないことを言っているという発言がありました。でも、俺は嘘をついたことはありません。万が一俺の動画で彼について間違った情報を流していた場合はおわびと訂正をいたしますので、公開メールアドレスまでご連絡ください。
――俺は今日まで下高井戸氏を叩く動画を出してきましたが、今後は誰も傷つけないまっとうな動画配信者になるつもりです。もしかしたら、暴露系をやめた後、俺の視聴者が減ってしまうかもしれません。それでもかまいません。
――今後とも、ヴォイドチャンネルをごひいきにしていただけますと幸いです。
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