第38話 地獄コウモリのバギーちゃん
「巨大なアケロンバットじゃ! ダンジョンボスかもしれぬ。下がれ小次郎。わしが射抜いてくれる」
「待て兄上、弓を下ろせ」
小次郎はそっとアケロンバットに近づいた。
翼を広げれば馬2頭分くらいはありそうな大きなコウモリだ。
普通のコウモリのように天井にぶら下がるのではなく、地面にべったり座り込んでいる。
小次郎の姿を見て、巨大アケロンバットはか細い声でピーピー鳴いた。
「どうした、お前、腹でも減っているのか?」
小次郎が問いかけると、ピーという声が返ってくる。
「兄上、こいつ困りごとがあるみたいだ」
「なぜモンスターと会話できるのじゃ。それはさておき、ふむ、こやつ翼が壁にめりこんでおるの」
アケロンバットの裏に回ると、たしかに翼の部分が壁に吸収されてしまっている。
この巨体も壁にめりこんでいるのも、おそらく何かのバグだろう。
小次郎は翼が入り込んでいる壁の部分をぺたぺた触り始めた。
「何をしておる、小次郎」
「ミヤビタウンで壁の穴を探しただろう。あのときのように、穴があればこいつを助けられるかと思って」
熱心に壁を触る小次郎を見て、忠政はあきれたように笑った。
「おぬしは昔から生き物が好きじゃったからの。好きにせい。わしはここで待っておるぞ」
小次郎は翼の周りの壁をくまなく調べて回った。すると、一か所だけ腕がずぶずぶと入り込む穴のような場所がある。手を肘まで壁にうずめて翼を引っ張ると、アケロンバットの鳴き声がひときわ大きくなった。
「痛いだろう。すまない、もう少し我慢してくれ」
痛みで身じろぐアケロンバットをなだめながら、翼をゆっくり穴から引き出した。
曲がった骨のような部分を丁寧に取り出すと、あとはするりと壁から出てきた。
壁に埋まっていた翼は傷だらけだった。膜が数か所破れ、骨も折れている。
「かわいそうに。ポーションで治るだろうか」
小次郎はポシェットからポーションを取り出し、翼にふりかけた。かけるだけでは心もとないので、液体を指につけて舐めさせる。
翼に変化はない。アケロンバットも弱り果てた様子に変わりはない。
「小次郎よ。言いにくいのじゃが、この世界のモンスターはNPCではなく『物』扱いじゃ。回復ポーションではどうにもならん。装備修繕の道具を使ってみるのはどうじゃ」
ポシェットを覗くと、端の方に「修繕テープ」というアイテムがあった。武器や防具が壊れた際に貼れば、すぐに壊れた個所が直るという便利な代物だ。
悲鳴を上げるアケロンバットの骨をまっすぐに直し、翼の破れた部分を合わせて修繕テープで貼り付ける。
「痛かったな、すまない。すぐに治してやるから待ってろ」
初め、修繕テープは何の効果もないように見えた。
しかしよく見ると、少しずつテープが翼に溶け込み、傷が癒えていった。
アケロンバットがピーと嬉しそうな声を上げる。
「無事に治ったようじゃな」
「ああ。しかしなぜ巨大コウモリがこんなところに……」
小次郎の体にアケロンバットがすり寄った。離れても追いかけてくる。
「懐かれたようじゃの。おぬしは昔からそうじゃった。なぜここにこやつがいるのかじゃが、やはり何かのバグじゃろう。置いて行っても付いてくるじゃろう。ダンジョンに連れていくか」
「ああ」
小次郎はアケロンバットの顔を見つめた。くりくりした瞳に、半開きの口から見える2本の歯。黒い鼻は子熊のようだ。
「じゃあ、名前をつけなければならんの。いつまでもコウモリと呼ぶわけにもいかぬ」
「コウモリか……。ならば、
「却下じゃ。ぜんぜんかわいくない。そうじゃの……こやつはバグなる存在じゃから『バギーちゃん』じゃ。よろしくの、バギーちゃん」
アケロンバットがピーと鳴く。小次郎は少し不服だったが、本人は盛左衛門よりバギーちゃんの方が気に入ったらしい。
ふたりが通ってきた道は、バギーちゃんの体がぎりぎり通れる広さだった。
はやく広い洞窟で自由に飛ばせてやりたかった。しかし、これだけの巨体である。他のプレーヤーに攻撃される可能性がある。
「おぬしの仲間であるという印があった方がいいかもしれんの」
忠政が提案する。
小次郎は頭にかぶっていた「アホロートルの頭巾」を外し、バギーちゃんの首に巻き付けた。ピンク色のバンダナ飾りのように見える。これで、ただのコウモリではないという証拠にはなるだろう。
溶岩湖の広い洞窟は、先ほどよりやや人は減っていたものの、相変わらず弓矢が飛び交っていた。
ふたりはバギーちゃんを、ダンジョンの奥の人の少ない場所に連れていくことにした。
ときどきバギーちゃんを見たプレーヤーがぎょっとしながら通り過ぎていく。
仲間のアケロンバットたちが殺されているのを見てバギーちゃんは気を悪くしないだろうか。そう思って小次郎はそっと見上げてみたが、バギーちゃん本人は案外平気そうである。
むしろ、大量の矢を見て再び気分が悪くなっていた小次郎を気遣うように、頭をぐいぐい押し付けてくる。
「小次郎、バギーちゃんが背中に乗れと言うておるぞ」
「まさか」
小次郎が驚いてバギーちゃんの顔を見ると、バギーちゃんはピーと鳴いて小次郎の顔を見つめた。
たしかに、「乗れ」と顔に書いてある。
小次郎がおそるおそる背中にまたがると、バギーちゃんはピーと一声上げて、洞窟の天井めがけて舞い上がった。
おお、とプレーヤーたちから声が上がる。
バギーちゃんの背中にしがみついたまま下を見ると、はるか下方に溶岩だまりが広がっているのが見えた。
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