第71話 失敗は成功のもと

 握手会第2弾は18時開始だ。そして運営は、すでにお通夜ムードに入っていた。


 第1弾握手会・物販会の売り上げは6万2000円だった。お客さんが並んでいたのは序盤だけで、終盤は閑古鳥が鳴いている状態。

 2回目の握手会ではさらにお客さんが減るだろう。目標だった売り上げ30万円は達成できそうにない。


「で、でも、次は18時からでしょう。仕事終わりに来る層を見込めるのでは?」


 梔子くちなし様が元気づけようとするも、「今日休日ですよ」と氏家に反論されて何も言えない。


「まあ、ライブモニターは諦めるしかないな」


 ヴォイドがぽつりとつぶやいたとき、「もう諦めるのかい?」と口を開いたのはイエロー・パンサーだった。


「モニターは必要だよ。今後の僕らの活動のためにも、絶対ね」


「でもどうするんですか、このままじゃ30万円には程遠いですよ」


 氏家の言葉に、「本当にそうかな」とイエロー・パンサーはにやにやして、「Tmitterを開いてごらんよ」と言った。


 いぶかしげに端末を開いた氏家の目が、次第に大きく見開かれていった。


「眷カノがトレンドに入ってる⁉」


「ゲームジャンルではね。アイドルジャンルではユア・スレイヴもトレンドに入っているよ。さっきDMダイレクトメッセージで僕にタレコミがあったんだ」


「ファンとTmitterで個人的につながっているんですか? それはちょっと……」


 問い詰めようとする氏家を手で制して、イエロー・パンサーは首を振った。


「もちろん、DMが来たのはイエロー・パンサーのアカウントじゃなくて、別ので運用している個人アカウントだよ。僕がイエロー・パンサーであることは相手にはバレていない。とにかく、『握手会 母ちゃん』で調べてくれ」


 言われたとおりに氏家が「握手会 母ちゃん」で調べると、10万いいね以上ついた投稿がトップに表示された。


 「新人アイドルの握手会に行ったんだけど、緊張してたのかアイドルに『母ちゃん』って呼ばれて爆笑した。その後めっちゃ謝られて握手どころじゃなかった(笑)」

 添付画像には、ユア・スレイヴの広告のスクショが張られている。


 コメント欄には、「新人アイドルってどれ?」「ユア・スレイヴってアイドルらしいよ」「母ちゃんは草」「初めての握手会で頭真っ白になったんやろうなあ。初々しい」とびっしりコメントで埋まっている。


 その中で、ひとつのコメントがあった。

 「ユア・スレイヴ、知らなかったけど結構好みかもです。ちなみに、母ちゃんって呼ばれたのどのメンバーですか笑?」

 

 投稿者の返信は、「ヴォイドくんってメンバーです。面白くていい人でした!」


「え、俺?」


 ヴォイドが自分の顔を指さす。


「ヴォイドさん、あなたファンの方を『母ちゃん』と呼んだのですか?」


 梔子くちなし様が尋ねると、ヴォイドは真っ赤になって「い、一回だけ言ったかも」とぼそぼそ答えた。


 「みんな」とイエロー・パンサーが口を開く。


「今がチャンスだ。運営と僕らの個人アカウントで営業をかけまくろう。ゲーム内での握手会だから気軽に参加できるということを強調するんだ。絶対に今回の握手会で30万円を稼いで、デビューステージのモニターを作る」


 いつになく真剣なイエロー・パンサー。その熱意が他の3人と運営のふたりにも伝播していった。


「うおお、稼ぐぞ!」


 血飛沫のケンが拳を空に向かって突き上げた。





「どうしよう、通知が止まらない」


 ヴォイドが端末でTmitterを眺めながら言った。


 例のバズった投稿を引用する形でヴォイドが「さっきはすみませんでした。緊張してて……」と投稿すると、即座に「本物だ」「母ちゃんって言った人?」「息子系アイドルwww」とコメントがつき、いいねも3万を超えようとしていた。


 「18時から握手会第2弾が始まります! 場所は眷属彼女♡オンラインのミヤビタウンです。飛び入り参加も大歓迎。ぜひ俺に会いに来てください」と投稿すると、それにも続々と反応が来た。


「なんだか人気者になった気分だ」


 そうつぶやいたヴォイドの肩をがしっと掴んで、忠政が言った。


「気分ではない。おぬしは人気者になったんじゃ。しっかり自覚を持て」


「わ、わかったよ。そんなこわい顔するなって」


 運命の18時。広場は12時のときの比にならないほど多くのお客さんでひしめいていた。

 アイドル企画に消極的だった眷カノの他の運営たちも、今回のビッグウェーブには乗るべきだと判断したのか、数名のスタッフが列の整理や物販に参加してくれている。


 ヴォイドの列は、他のメンバーの列の3倍以上の人が殺到していた。


 握手会が始まって、ひとりずつ客がブースに入る。


 やはり、「Tmitterを見て来ました」とか「母ちゃんって呼んでくれませんか」と話しかけてくる客が多い。一部、「ヴォイドくんのYouCube見たよ」という人もいた。


 ヴォイドは懸命に、ひとりひとりの客に対応していた。

 「Tmitterすごいですよね。俺もびっくりしてます」「また来てくれたんですね、ありがとう」「か、母ちゃん」「絶叫ガチャ動画見てくれたんですか、嬉しいな」


 握手会は1時間の予定だったが、2時間に延長された。


 そしてユア・スレイヴは、ついに30万円の売り上げを達成した。





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