第72話 ユア・スレイヴ、華々しくデビュー
ライブ会場に足を踏み入れて、小次郎は息を飲んだ。
お披露目ステージの舞台よりも一回り大きい。屋外であることに変わりはないが、モニターと照明がそろっている。
「リハーサルを開始します。ユア・スレイヴの皆さんは舞台に上がってください」
客席のマイクで運営の氏家が言った。
小次郎と忠政は客席の中央に立って、リハーサルの様子を見ていた。
マイクを持ったユア・スレイヴのメンバーが壇上に上がる。
「スタッフの皆さん、本日はよろしくお願いします」
照明を増やし、機材関係のスタッフを雇う代わりにカメラマンは2人になった。近距離と遠距離のふたりだ。
モニターに舞台の様子が映し出され、
音響スタッフが曲を流し、それに合わせて4人が踊る。氏家と高橋くんが、マイクの音量がどうの、照明の角度がどうのと指示を出し、何度も微調整が入る。
「いよいよ始まるんだな」
小次郎がつぶやいた。
「そうじゃの」
忠政は短く答えた。
会場の規模が大きくなったせいか、リハーサルでは何度かトラブルも起こった。全員のマイクが止まる音響トラブルや、モニターに「エラーが発生しました」と表示されて動かなくなったりもした。
しかし、ここはゲームの世界。普通のライブ会場とは異なり、機材も照明もすべてアセットとプログラムだ。不具合は機械がおかしいのではなく、ゲームバグの一種であるといえる。
「リハーサルを終了します。予定通り、17:30からお客さんの入場を開始します」
氏家が言って、ユア・スレイヴのメンバーとスタッフたちがいったん舞台裏にはけていく。
小次郎と忠政が舞台裏に入ると、4人は衣装に着替えている最中だった。
準備に余念がないヴォイドに声をかけられないまま、時刻は18時となって、ユア・スレイヴのデビューステージが始まった。
客席は満員。配信サイトの「Y-following」も接続者数が4桁にのぼっている。
メンバーがステージに上がると、客席から黄色い歓声が上がる。推し色のペンライトを持っている客もちらほらいた。
1曲目、「ユア・スレイヴ」が始まった。
小次郎と忠政は、忙しそうにスタッフが行き来する裏方で端末を見ていた。端末には、配信サイト「Y-following」の映像が本物の舞台から数秒遅れで流れている。
キラキラの笑顔で踊るヴォイドの顔が、後ろの巨大なモニターに映し出された。
「どうじゃ、小次郎」
ふいに忠政が言った。
「どう、とは」
「ヴォイドがあそこに立っていること、おぬしはうれしいか、それとも悲しいか」
「うれしいに決まっているだろう」
小次郎はすぐに答えた。
ちらりと忠政の顔を見ると、彼はまっすぐ端末を見つめていた。
「本当にそうかの。おぬしはあきらかにヴォイドを贔屓しているようじゃった。やきもちをやいて悲しくなっているのではないかと心配しておったのじゃ」
やきもち。そんなものはない。
本当に……?
「あれぇ、なんだこれ」
裏方の機材担当スタッフが声を上げた。
彼の前には操作用PCが置かれている。画面には「ウイルス感染の疑いがあります」との文字が表示されていた。
「まあいいか」
スタッフが「キャンセル」をクリックするも、再び同じ警告が現れる。
「高橋、は客席の整理をしているし、氏家さん!」
スタッフが氏家を呼んだ。
「こんなのが出るんですけど」
「キャンセル押すとどうなりますか?」
氏家もPCの前に駆け寄ってきた。
「もう一回出てきます。こんな感じで」
まずいぞ。と忠政は口の中でつぶやくと、PCの前にずんずん歩み寄り、スタッフと氏家を押しのけて画面を凝視したままキーボードを叩き始めた。
「非常にまずいかもしれん」
もう一度忠政が言った。「どうした」と小次郎が駆け寄ると、忠政は高速で手を動かしながら言った。
「外部から攻撃を受けているのじゃ」
ステージでは1曲目が終わり、MCが始まっている。
「初めまして、僕たちは」
同時に、4人を映していたモニターの映像が切り替わった。
客席からどよめきがあがり、4人も驚いたように振り返ってモニターを見た。
モニターには、オンラインミーティングのスクショ画像が映し出されていた。
ミーティング参加者は4人。
「まずい、モニター映像がハッキングされておる!」
忠政が叫んだ。
ミーティング画像のそれぞれの顔の下には、白い字で名前が書かれていた。
1人目は「Masaru Shimoyama」。サングラスとマスクで顔を隠している。
2人目は「Yellow」。こちらも、顔を隠している。
3人目は「氏家 隆」。30代半ばほどの男性で、前髪の生え際が後退している。昔の流行り言葉で言うならば「チー
4人目は「悠太 森永」。中学校の青いジャージを着たニキビ面の痩せこけた少年で、顔全体を真っ赤にしている。
スピーカーから、不気味な機械音声で、「これがユア・スレイヴの素顔だ」と声が流れた。
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