第92話 眷属彼女オークション

 両手を後ろ手に縛られている。そう気づいたのは、目覚めてからしばらく経ってのことだった。


 もうろうとした意識が次第にはっきり浮き上がり、小次郎は目を開いた。

 右頬に冷たい床が当たっている。


「ぐっ……」


 うめき声をあげて身を起こそうとすると、左頬を革靴の裏側で踏みつけられた。


「僕がいいと言うまで動くな」


「イエロ……パンサー、貴様!」


「ほんの数日で3回も眠らされるなんて、ほんっとにきみは馬鹿だなあ」


 イエロー・パンサーがけたけた笑う。


「ほら立ちな。今日の主役はきみだ」


 イエロー・パンサーは縄の端を握って、引きずるように小次郎を外へ連れ出した。


「まさか、最初から仕組んでいたのか?」


 イエロー・パンサーに背中を蹴られて外の通りを前に歩きながら小次郎が尋ねた。


「ああ、そうさ。渡し守も看守もみな僕の手下だ。『僕にとって大切なオークション』があると言っただろう。それに出品されるのはきみ・・だ。船に乗るところから今日この瞬間まで、きみは面白いほど僕の思う通りになったね」


 ふと視線を感じて、小次郎は周囲を警戒した。何もいない。


「きょろきょろするな。前を向け」


 髪を掴まれて前を向かされる。


「普段からこんなことをやっていたのか」


「ああ、そうだよ。仮契約の眷属彼女はみな僕が捕まえて売り飛ばしてきた」


「やはりあの舞台でヴォイドたちの顔をさらしたのも……」


「ああ、僕だ。あの舞台は本当に滑稽だったね。アイドルなんて名乗っている連中の中身が無職の中年男性と中学生だったなんてことがバレたんだから」


 小次郎とイエロー・パンサーは広場に到着した。

 広場ではすでに眷属彼女オークションが行われ、RやSRのキャラが売りさばかれていた。


 屈強なプレーヤーたちがイエロー・パンサーの周りにさっと近寄ってくる。


「彼らはみな僕の用心棒さ。とある道場から引き抜いたメンバーたちだ。ぼくの・・・オークションは誰にも邪魔させないよ」


 イエロー・パンサーはいったん小次郎の縄を外した。用心棒たちが小次郎を取り押さえ、上着を脱がせる。


 小次郎はあの大嫌いな、露出度の高い衣装の姿になった。


「肌を出していた方が高く売れるからな」


 イエロー・パンサーは再び小次郎に縄をかけると、縄の端をぐいぐい引っ張ってオークションの壇上に上がった。


 オークションの鐘がなり、ざわつく客たちに向かってイエロー・パンサーが叫んだ。


「本日15人目のキャラクターは、今日一番の目玉商品だ。最新の猫耳SSR、レベルも低くない。10万ゼニから始めよう。買う人はいるかい?」


 15万! 20万! いや俺は50万だ!

 いいぞいいぞ、もっとやれ!


 怒号と野次が飛び交って、値段がどんどんつり上げられていく。


 聴衆の視線が小次郎の顔に、胸に、あらわになった脚に集中する。こみあげる吐き気を飲み込んで、小次郎は歯を食いしばった。


 500万。700万。1000万。2000万。


「2000万の値がついた。2000万以上の者はいるか? いないなら2000万の人に――」


「1億」


 客席の2列目で黙って立っていた男が言った。

 周囲は静まり返った。


「1億の値をつけよう」


 1億だと。眷属彼女の値段で1億なんて聞いたこともないぞ。

 ざわめく客席に向かって、イエロー・パンサーはにんまりと笑った。


「1億で落札された。まずは金だ。もちろん一括で用意しているな」


「ああ」


 落札した男が壇に上がり、イエロー・パンサーにアタッシュケースを手渡した。


「1億、ぴったりだ」


「もう待ちきれないぜ。ずっとこの日を夢見ていた」


 男は小次郎の胸に向かって手を伸ばした。

 男の手をイエロー・パンサーがつかむ。


「まだだ。僕がこいつの眷属彼女契約を解消して、あんたが契約を結びなおす。これで売買が成立だ」


「あ、ああ、わかっているよ」


 せいぜい新しいご主人様マスターのところで楽しく暮らすんだな。イエロー・パンサーは小次郎にささやくと、小次郎の頭からかんざしを引き抜いた。


「僕は小次郎との眷属彼女契約を破棄する」


 その瞬間、赤いものが客席から飛び出して、イエロー・パンサーに向かってとびかかった。





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