第91話 一緒にお茶を飲もうよ

 イエロー・パンサーの自宅はライアーの街の南にある小さな木造の建物だった。良くいえば清潔感があり、悪くいえば生活感がない。


「僕は基本的に方々を渡り歩いているからね。ここも数ある拠点のうちのひとつだ。敷地から出てはならないけれど、あとは自由にしてもらってかまわない。家具の配置や庭くらいならいじってもいいよ」


 小次郎は耳を澄ませた。たしかにここなら、あの広場の鐘の音は聞こえない。


「なあ、マスター。無理を承知で頼みがある」


「なんだい」


「マスターが多くの眷属彼女オークションの運用をしていると聞いた。もうこんな奴隷売買みたいなことはやめてくれないか」


 イエロー・パンサーは少し黙り込んだ。気を悪くさせたかと小次郎が思った時、イエロー・パンサーは口を開いた。


「すべての眷属彼女オークションに僕が関わっているわけではないから、根絶は無理かもしれない。だが、きみがそう望むのであれば、僕は眷属彼女オークションの元締めをやめることにしよう。ただ、僕にとって大切なオークションが明後日開催される。それが終わったら、可能な限りすべてのオークションを中止させる。それでいいかい?」


「本当か! かたじけない」


 イエロー・パンサーはふっと顔を緩めた。


「本当に面白い話し方をするね、きみは。これならきっと……。いや、なんでもない。僕はいろいろと仕事があるが、時々ここにも顔を出すよ。ヴォイドくんが来るまで、ここでゆっくり過ごしてくれ」


 イエロー・パンサーは建物から出て行った。


 好きにしていいと言われたので、小次郎は部屋の物色を始めた。

 イエロー・パンサーの家は旅籠はたごの一番よい部屋よりも若干豪華で、ベッドにキッチン、本棚に机と家具はだいたいそろっている。


 本棚には使い古された端末が置かれていた。これならヴォイドの動画を見ることができるかもしれない。


 電源スイッチを押すと、端末が光って起動する。

ここからが問題だ。小次郎はローマ字や現代の文字がほとんど読めないため、調べたくても調べ方がわからない。


 ぽちぽちと適当に端末をいじっていると、ローマ字パッドが現れた。小次郎はヴォイドがよく検索している「YouCube」の文字を必死に思い出した。


 1文字目は、斜め、斜め、縦棒。

 2文字目は、小さい丸。

 3文字目は、上の開いた丸。


 そうやってゆっくり文字を入力していくと、見慣れた赤地に白い三角のアイコンが現れた。どうにかしてYouCubeにたどりつけたようだ。


 サイトを開くと、今度は「ログインしてください」との文字と、名前・メールアドレス入力欄が出る。


 どうにかして名前欄に「小次郎」と入力したが、メールアドレスが何なのかわからず、進めない。そのとき、端の方に「ログインしないでご視聴の方はこちら」という文字列を見つけ、そこをタップするとようやく見慣れたYouCubeのトップ画面にたどり着いた。


 YouCubeを開くだけでどっと疲れた。しかし、ここからどうやってヴォイドの動画を見つけたらいいのかわからない。


 とにかくいろんな場所をぽちぽち押していると、偶然「急上昇」のボタンを押したとき、ヴォイドの動画が現れた。「下高井戸しもたかいどと法廷オフまであと4日!」の動画だ。


 動画では、煽り口調のヴォイドの声で、「下高井戸は今後どうするのが最善なのか」という考察が語られている。


 ヴォイドはいつからこうなってしまったのだろうか。少なくとも以前は、ここまで攻撃的な人間ではなかった気がするのだが。


 確かに、下高井戸はよい人間ではない。ゲームを批判する動画を出しておいて、自分が批判されたときには反論したり訴訟をにおわせたりするのはおかしい。


 しかし、悪い人間だからといって、好きなだけ叩いていいとも思わない。


 ぼんやりとヴォイドの動画を見ていると、数時間後に端末の電源が切れた。壊れたのだと思って、小次郎は端末を棚に戻した。


 翌々日になって、イエロー・パンサーが戻ってきた。


「やあ、元気にしてたかい。一緒にお茶でも飲もうじゃないか」


「マスター。すまないが、端末を壊してしまった」


「端末だって? ああ、あの古いやつか」


 イエロー・パンサーは本棚から端末を取り出すと、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた充電器に端末を置いた。

 数秒後に端末が起動する。


「壊れたんじゃなくて、電源が切れていただけみたいだ。気に病むことはない」


「なあ、マスター。ヴォイドはいったいどうなってしまったんだ? 前はああじゃなかった気がするんだが」


 イエロー・パンサーは笑った。


「ヴォイドくんの動画を見たのかい。彼はたしかに悪い人じゃない。だが、誰の心にも悪い部分があるものさ。それが偶然、発露しただけじゃないかな」


 小次郎は黙ってイエロー・パンサーの淹れた茶を飲んだ。

 あの渡し船で飲んだ茶と同じ味がした気がした。





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