第90話 イエロー・パンサーを信じる

「おぬし、わしらを助けに来たと申したな。このままわしらを連れ出してヴォイドに引き会わせてはくれぬか」


 忠政が頼み込むと、イエロー・パンサーは首を横に振った。


「それはできない。第一に、僕はこの牢獄の看守ではないから、勝手に連れ出したりなんてしたら問題が起こってしまう。第二に、ヴォイドくんは最近ログインしていないから、君たちに会わせることができない」


 小次郎はうつむいた。

 一刻もはやくこんな場所を出たいのに、もどかしかった。


「ひとつだけ助ける方法があるよ。今日はこれをきみたちに提案しにきた」


 イエロー・パンサーが口を開く。


「きみたちはヴォイドくんの眷属彼女だが、仮契約だと聞いた。仮契約は、眷属彼女側から一方的に契約を解除できる。つまり、きみたちが一旦ヴォイドくんとの契約を解除して、僕と眷属彼女の契約を結ぶんだ。そうすれば、大手を振ってこの牢獄から連れ出すことができる。きみたちをさらった盗賊団の連中はきみたちをオークションに出そうとたくらんでいる。だが、僕の眷属彼女になってしまえば彼らはもう手を出せない」


「ヴォイドとの契約を解除……」


「もちろん、ヴォイドくんがログインできるようになったらすぐに僕との契約を解除して、ヴォイドくんの眷属彼女に戻ればいい」


 たしかに合理的なやり方だ。イエロー・パンサーを信用できれば、の話だが。


「遅くとも明日の夜までにはまたここに来るから、その時までにどうするか決めておいてくれ。もう一度言っておくが、やつらはきみたちをオークションに出すつもりだ。身の安全を確保したければ僕と契約することをおすすめするよ」


 そう言って、イエロー・パンサーは牢を出た。

 カツカツと足音が遠ざかっていくのが聞こえる。


「ケッ、狐め。あやつの言う通りにするわけなかろう」


「だが兄上」


「小次郎、まさかおぬしあやつを信用しようなどと申すか」


 小次郎は少し黙った。彼自身、イエロー・パンサーを疑う気持ちがあった。しかし。


「兄上、俺は信じてみたい、イエロー・パンサーを。あいつはほんの一時だが、たしかにヴォイドの仲間だったんだ」


「わしはもう何も言わんぞ。勝手にせい」


 忠政がふてくされたように壁の方を向いた。


 小次郎は口を開いた。声が震えているのが自分でもわかった。


「俺はヴォイドとの仮契約を解除する」


小次郎の頭から椿の花のようにぽとりとかんざしが落ちた。





 翌日の夜になって、イエロー・パンサーが再び現れた。


 忠政は両手を組んで壁の方を見てあぐらをかいたまま動かない。


「なるほど、きみは僕を信用しないっていうんだね。まあいい、またここに来るから、気が変わったら声をかけてくれ」


 そう言うと、イエロー・パンサーは小次郎を見た。


「ヴォイドくんのかんざしはあるかい?」


 小次郎はかんざしを差し出した。

 イエロー・パンサーは満足したように微笑むと、小さな鞄から小次郎の「レジェンドのかけら」と新しいかんざしを取り出した。いずれも、眷属彼女契約を結ぶためのアイテムだ。


「さあ、こっちを向いて。僕と契約しよう」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 小次郎はずっと被り続けていた「アホロートルの頭巾」を外すと、忠政に差し出した。


「兄上、これを持っていてくれないか。お守りだ」


 忠政は黙って頭巾を受け取った。


 小次郎はイエロー・パンサーのもとに戻ると、かんざしを受け取った。


「きみは今から僕の眷属彼女だ」


 そう言って、イエロー・パンサーは「レジェンドのかけら」を握りつぶした。「レジェンドのかけら」が光の粒となって消える。


 小次郎が頭にかんざしを挿すと、一瞬目の前が明るく瞬いて、それからまたもとの薄暗い牢に戻った。


 イエロー・パンサーは小次郎を連れて牢を出た。

 通った廊下に看守は一人もいなかったが、建物の入り口に門番が一人いた。門番は黙ってイエロー・パンサーに会釈した。


 久々の外は明るく、小次郎の目を焼いた。

 小次郎は目を細めながら、きょろきょろと周囲を見渡した。


「なあ、イエロー・パンサー」


ご主人様マスターと呼んでくれ。それがこの世界のルールだ」


「じゃあ、マスター。俺はこれからどうなるんだ?」


 イエロー・パンサーは歩き出す。小次郎も後ろをついて歩いた。


「きみは用心が足りない。またいつ盗賊団に騙されて捕まるかわからない。しばらくは僕の目の届くところにいてもらうよ。それ以外は自由にしてもらってかまわない」


「では、できればあの鐘の音が聞こえないところに連れて行ってもらえないか?」


 鐘? と首をかしげて、「ああ、眷属彼女オークションの鐘のことか」とイエロー・パンサーが納得する。


「わかった。それならば、僕の自宅へ案内しよう。ここライアーの街の南の方にある」


 やはりここはライアーの街だった。ヴォイドとの待ち合わせ場所でもある。盗賊団の牢を抜け出せたのだから、明日にでもヴォイドに会えるだろうと、小次郎は楽観視していた。





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