第93話 化けの皮を暴け!

「なっ」


 驚きの声を上げるイエロー・パンサーの手からかんざしを奪い取ったのは、血飛沫ちしぶきのケンだった。


「護衛! 護衛は何をしている!」


 イエロー・パンサーが怒鳴ると同時に用心棒たちが集まってきたが、みなどこか気まずそうだ。それもそのはず、彼らの多くは血飛沫のケンの道場出身者だった。


「し、師匠、俺たちはその……」


「いいってことよ。道場を出た後の進路は個人の自由だ。俺は何も言わん」


 会場の注目が血飛沫のケンに集まっている。聴衆の視線の外に出たことに気づいた小次郎は、とっさに身をよじって逃げようとしたが、イエロー・パンサーは慌てて縄の端を踏みつけて握り直した。


 現在小次郎はイエロー・パンサーに契約を解除され、野良キャラクターの状態。この後小次郎を購入した男が小次郎の頭にかんざしを挿せば小次郎は男のものになる。

 さらにいえば、今イエロー・パンサーが小次郎を逃がせば、小次郎はヴォイドのもとに戻ることができてしまうということだ。


 小次郎を買った男は男で、逃げようとする小次郎を目でとらえると、手を伸ばしてかんざしを小次郎の頭に挿そうとした。

 小次郎は必死にもがいて、男の腹を蹴りつける。ここでかんざしを挿されてしまえば、二度とヴォイドのもとには戻れない。


 緊張で汗が流れる。そのときだった。


「ご覧ください、あれが『眷属彼女♡オンライン』の悪の総本山、イエロー・パンサー氏です!」


 客席の後ろの方から聞きなれた声がした。


「ヴォイド!」


 思わず小次郎が叫ぶ。


 ヴォイドだと⁉ どこだ!

 イエロー・パンサーがきょろきょろと会場中に目を走らせた。


 ヴォイドはしっかり小次郎とアイコンタクトを取ると、再びカメラに向かって話し始めた。カメラを回しているのは――梔子くちなし様。


「イエロー・パンサー氏は他人の眷属彼女を横取りしてオークションに出したり、ゲーム内アイドルの顔をさらして企画を廃案に追い込んだりと、このゲーム内でずいぶんと暴れまわっていたようです」


 会場の人々の頭が驚いたように揺れる。

 ヴォイドは淡々と事実を暴いていく。


 イエロー・パンサーはようやくヴォイドの姿を目でとらえたようだ。反論する彼の声が震えた。


「い、言いがかりだ。証拠でもあるのか?」


 叫ぶイエロー・パンサーの背後に、白いスクリーンが現れた。血飛沫のケンが用意していたのだ。


 スクリーンにイエロー・パンサーと縄で縛られた小次郎が映し出される。この会場へ来る前の道中のものだ。


――普段からこんなことをやっていたのか


――ああ、そうだよ。仮契約の眷属彼女はみな僕が捕まえて売り飛ばしてきた


――やはりあの舞台でヴォイドたちの顔をさらしたのも……


――ああ、僕だ。あの舞台は本当に滑稽だったね。アイドルなんて名乗っている連中の中身が無職の中年男性と中学生だったなんてことがバレたんだから


「このように、本人が証言喋っている様子を撮影することに成功しました」


 ヴォイドが鼻をふくらませて宣言した。


 客席からは、「なにあれ」「あれがイエロー・パンサーさんなわけないよね」とひそひそ声が聞こえる。


 一方のイエロー・パンサーは慌てたように、


「と、盗撮していたのか! だがどうやって……」


とつぶやく。それは自身の発言を認めたことと同義だった。


 最初はヴォイドに懐疑的な空気が漂っていた客席も、イエロー・パンサーの言葉を聞いてざわついた。

 失言に気づいたイエロー・パンサーは真っ赤になってスクリーンを蹴り飛ばした。スクリーンに穴があく。


「すべてはでたらめだ! 護衛、やつを捕まえろ!」


 襲い掛かる用心棒たち。


 ヴォイドは大鎌を構えると、「見てください、これが末路です。イエロー・パンサーのようなゲームの闇に触れた連中は消えるのです」とハイテンションで声を上げながらなぎ倒していく。

 ヴォイドに倒された護衛たちは光の粒になって消えていった。


「消しているのはあなたでしょう」。梔子くちなし様があきれたように言う。


 護衛が役に立たないとわかると、イエロー・パンサーはぐっと唇をかみしめて、そして何かに気づいたように高笑いをした。


「はっはっは、ヴォイドくん。きみはまだ自分の立場を分かっていないようだね。きみの大切な眷属彼女はここにいる。今すぐ武器を捨て、そのカメラをこちらへよこすんだ」


「立場を理解していないのはそっちじゃないのか」


 血飛沫のケンがヴォイドに、イエロー・パンサーから奪ったかんざしを投げて手渡した。


 ヴォイドがかんざしを掲げて見せる。


「イエロー・パンサーのかんざしはこの手の中だ」


「ふん、価値が大暴落したかんざしなど持っていても無意味……」


「そうじゃない」


 ヴォイドは端末をかんざしにかざしてみせた。


「俺も最近知ったことだが、このトレードアイテム『かんざし』には脆弱性ぜいじゃくせいがある」


「はあ?」


 イエロー・パンサーはまだことの重大性を理解していないようだ。


「かんざしが個人の『持ち物』になるというのは、端末に登録されたプレーヤー個人のメールアドレスと紐づけられる仕組みだ。そして、ある種のバグを利用することで、かんざしに登録されたメールアドレスを見ることができる」


 ヴォイドが端末をいじると、かんざしの上に文字列が表示された。

 「shimotakaido0914@email.com」。


 ヴォイドは梔子くちなし様が持っているカメラにかんざしを近づけて見せた。


「おや、どこかで見たことのあるメールアドレスですね」


 カメラマンをしている梔子くちなし様がにやにやしながら言った。


「おい、おいおいおい、ちょっと待て」


 壇上から降りようとするイエロー・パンサーを血飛沫のケンが押さえつける。

 ヴォイドは高らかに声を上げる。


「ご覧ください、みなさん。イエロー・パンサー氏の個人メールアドレスは、なんとあのゲーム炎上系YouCuberの下高井戸しもたかいど氏の連絡用メールアドレスと一致しています!」





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