第94話 イエロー・パンサーの正体

 どういうことだ?

 聴衆がざわつく。


 え、つまり。

 イエロー・パンサーさんはあの下高井戸しもたかいど


「そうです。イエロー・パンサーと下高井戸氏は同一人物だったのです。彼は眷属彼女を不法な手段によって自分のもとに集中させ、このゲームのクソゲー化を加速させたうえで、自身の下高井戸チャンネルでクソゲーだと叩いていたのです」


 ヴォイドは息を吸うように一旦言葉を切った。

 ヴォイドと血飛沫のケンの目が合う。血飛沫のケンがヴォイドにうなずいてみせた。


「また、この男はアイドル企画を自ら破綻させ、そのことも自身のチャンネルで叩いて暴利をむさぼっていました。アイドルの顔をさらされた事件はみなさんご存じでしょう。全てはイエロー・パンサー、いえ、あそこにいる『下高井戸氏』の自作自演だったのです!」


 イエロー・パンサーは呆然とヴォイドを見つめていた。


 次の瞬間、ひゅっと音がして、遠くから矢が飛んできた。

 矢は小次郎とイエロー・パンサーをつないでいる縄を射抜き、支えを失った小次郎は壇上から地面めがけて落下した。


 人ごみを縫って駆け寄ったヴォイドが、小次郎を抱きとめる。


「すまん、助けるのが遅くなって」


 ヴォイドがささやいた。


「あ、ああ」


 小次郎はまだ混乱していた。


 小次郎を失ったイエロー・パンサーだったが、もう人質どころではないらしく、顔色を悪くしてつっ立っている。


 ヴォイドは小さなナイフで小次郎の縄を切ると、カメラと聴衆に向かって大声を張り上げた。


「今日オークションで今日販売された15人の眷属彼女はすべて他のプレーヤーから奪われたものです。うち14人はすでに解放しました。そして彼が15人目のキャラクターです!」


 「おお、よくやった!」「俺もイエロー・パンサーはいけすかない野郎だと思っていたよ」と観衆から声が上がる中、「待てよ、じゃあ俺がさっき買った眷属彼女はどうなったんだ」と慌てる声もちらほら聞こえる。


「ヴォイドさん、もう十分でしょう」


 梔子様がカメラを持って駆け寄ってくる。


「だがまだいい画が撮れそうだ」


 ヴォイドは焦れったそうに憔悴しているイエロー・パンサーを見上げた。その表情には、イエロー・パンサーに対する憎悪と悪意がこもっていた。小次郎はヴォイドの腕の中で息を飲む。


 梔子くちなし様が首を横に振る。


「引き際も重要です。ここは撤収すべきかと」


「……ああ、わかった。ケンさん、忠政さん、逃げるぞ!」


 ヴォイドは小次郎を抱えたまま群衆を抜けて走り出した。広場の端の木の上から、弓を持った忠政がするすると下りてくる。矢を射ったのは忠政だったのだ。


 小次郎はヴォイドの肩越しに後ろを振り返った。


 青い顔をして膝をつくイエロー・パンサーに、プレーヤーたちが詰め寄って罵声を浴びせていた。





 走る一行は湖のほとりにたどり着いた。

 渡し場の前でヴォイドはようやく小次郎を地面に降ろした。


「ヴォイド」


 小次郎は振り向いてヴォイドを見上げた。助けてくれてありがとう、と言おうとしたとき、「馬鹿野郎!」というヴォイドの怒鳴り声が降ってきた。


 小次郎は思わず首をすくめた。

 ヴォイドが小次郎の両肩を掴む。


「馬鹿、本当にあんたは馬鹿だ。あんなやつについていくなんて、俺がどれだけ心配したか……」


「す、すまなかった」


 小次郎はうなだれる。

 たしかに自分は馬鹿だった。今までも何度も人を信じて痛い目を見てきたというのに。だが……。


「だが、俺はまた人を信じると思う。だから、俺がもし信じてはならないものを信じようとしたときは、今みたいに叱ってくれ、ヴォイド」


 ヴォイドは目を大きく見開いた。

 まあまあ、と梔子くちなし様がふたりに割り込んだ。


「積もる話は船の中でしましょう。ここでは体裁が悪いですから」


 船着き場には、中規模の屋形船が浮かんでいた。ヴォイドたちが用意したらしい。

 5名は屋形船に乗り込んだ。


 中は広い座敷になっており、一同は机の端にかたまって腰かけた。


「いったい何が起こっていたんだ。説明してくれないか」


 小次郎が言った。彼の頭の中はまだ混乱していた。

 イエロー・パンサーに連行されてオークションに出品されたと思ったら、ヴォイドたちがどこからか颯爽と助けに来たのだ。


「誰から話そうか」


 ヴォイドが問いかける。一同は顔を見合わせる。


「じゃ、わしから」


 忠政が手を挙げた。





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