第69話 30万円を稼ごう!
握手会前日。ユア・スレイヴの5人はラックローの街の事務所に召集された。
「なんなんだ、急に呼び出して」
血飛沫のケンが尋ねた。
ゴホンと運営の氏家が咳ばらいをする。運営の高橋くんもどことなくにやにやしていた。
「なんと、来週のユア・スレイヴのデビューステージが、動画配信サイト『Y-following』で独占配信されることが決定しました!」
ぱちぱちと氏家と高橋くんが手を叩く。
4人は微妙な顔だ。
「それってすごいのか?」
「すごいも何も、デビュー前の小規模アイドルが配信枠をもらえるなんてとんでもないことですよ。今回は高橋が各配信サイトに営業をかけて、ようやくもらえた枠なんです」
えへへ、と高橋くんが照れたように頭をかく。
「そこで、デビューステージでは特別に、モニターを製作、さらに、カメラマンもあとふたり雇うことになりました」
モニターとは、ライブ会場の上の方でカメラ映像を流すあの大きなスクリーンのことだ。
デザイナーを雇って自社内のプログラマーと協力させ、モニターをゲーム内に再現しようということだ。
「それにはいくらかかるんですか」
「30万円です」
「ふむ、出せない額ではないですね。何せ我々はお金持ちですから」
「まさか」
氏家がぱんと両手を叩く。
「アイドルの経済力を匂わせるのは企画として面白くありません。ユア・スレイヴの皆さんには、明日の握手会と物販会で30万円を稼いでもらいます!」
ええ……。だるそうな声が上がる。
やる気のない3人。一方で、イエロー・パンサーは乗り気になっているようだった。
「モニターを作るのは僕も賛成だよ。運営と自分たちのためにお金を稼ぐというアイドル像も悪くない。カメラマンは2人も増やさなくてもいいとは思うけどね」
「そうでしょう。デビューステージを大成功させて、アンチや炎上系YouCuberをぎゃふんといわせてやるんです」
氏家がぐっと拳を握りしめる。
炎上系YouCuberとは、もちろん
彼は週に3本出している動画のうち、1本は眷カノ叩き動画を出すほどのペースでゲームの妨害をしようとしていた。
「お披露目ステージは必ず失敗する」という予言を外した下高井戸は、彼のアンチからそれを理由に大バッシングを受けていた。下高井戸は、運営批判から「ユア・スレイヴの公式チャンネルは過激な動画ばかり出して不謹慎だ」という路線に切り替えてまだ戦いを挑みに来ている。
しかし実際、眷カノの運営は上り調子だった。
女性ユーザーが以前の1.3倍ほどに増え、収益もわずかだが右肩上がりになっていた。これは、ユア・スレイヴのファンだけでなく、下高井戸のファンがひやかしでゲームに参加した分も見込まれる。
自分がゲームを叩けば叩くほどゲームが伸びているというジレンマを、下高井戸自身がどう思っているのかわからず、運営も不気味に感じていた。
「そうだよ、僕らの目標は『打倒・下高井戸』だ。僕らの力で握手会の収益30万円を達成してみせようじゃないか」
いつも誰よりもやる気のないイエロー・パンサーがいつになく元気だ。
ほかの3人も、イエロー・パンサーに触発されたのか、次第に前のめりになってきた。
「たしかに、イエロー・パンサーさんの言う通りですね」
「俺はまだ賛成したとは言ってねえぞ。出せる金をわざわざ稼ぐ必要性がわからねえ」
血飛沫のケンはまだ渋っているようだ。
全員の視線が血飛沫のケンに集中した。
仲間外れになった血飛沫のケンはにわかに目を泳がせて、「まあ、いい案ではあるけどな」と言った。
「それでは、明日の握手会&物販会、張り切って稼ぎましょう!」
ヴォイドを追って事務所を出ようとした忠政に、高橋くんが声をかける。
「おい、No.1503」
「なんじゃ高橋くん。わしに用かの」
「その、言いづらいんだが……」
高橋くんがもじもじしながら言った。
「明日の握手会の『はがし』スタッフが足りない。お前も手伝ってくれないか?」
「はがし」とは、アイドルの握手会において、ファンの違反行為や遅延行為を取り締まるスタッフのことだ。簡単に言えば、見張り役。
「はて、氏家と高橋くんとわしが『はがし』に入ってもあとひとり足りないはずじゃが」
「それはあてがある。悪いが協力してくれ」
高橋くんは心底憎たらしげに忠政を見ながら言った。
「ま、運営様の頼みと言われたら断れんがの。そのかわり、交換条件がある」
「交換条件?」
「こんどコラボする『名刀男子~百花繚乱のイケメンたち~』の新武器、『天下丸』と『鬼首切』をわしに融通してくれんかの」
なんだそんなことか、と高橋くんは請け負った。
「いいのか、ただ働きなんて兄上が一番嫌いなことだろう」
事務所を出てから小次郎は忠政に問いただした。
忠政は肩をすくめる。
「ま、ちょっとした恩売りと思えばよい。新武器ももらえるらしいしの。おぬしも『鬼首切』、ほしいじゃろう?」
「ほしくないと言えば嘘になるが……」
「なら、ごちゃごちゃ言わないことじゃ。この話はおしまい。わしが決めたことじゃからの」
そこまで言うなら、と、小次郎もそれ以上何も言わなかった。
しかし、小次郎は腹の中でなんとなく悪い予感が沸き起こるのを感じていた。
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