第68話 お披露目ステージ

 観客の拍手を背に受けながら小次郎が舞台裏に戻ると、男がひとり、目を輝かせながら小次郎に駆け寄ってきた。


 彼がヴォイドだと気づくのに少しかかったのは、きらびやかな衣装を身にまとい、少しメイクも施されていたからだ。殺陣たての最中に着替えたのだろう。


「すごいよ、小次郎さん。忠政さんも。迫真の斬り合いだった。あんなのどこで覚えたんだ?」


 ヴォイドよりも興奮しているのがアクション監督だった。

 監督はヴォイドを押しのけて小次郎と忠政の手を握る。


「あんたたち、俺のアクション事務所に所属しないか? いや、所属してくれ。きっと殺陣たてのスターになれるぞ」


「彼女たちは眷属彼女だから無理だよ」


 イエロー・パンサーがあきれたように言う。アクション監督は目を丸くした。


「キャラクターなのか? まさか、俺には生きているように見えたぞ。氏家さん、このふたりの殺陣たてモーションをプログラムした人を紹介してください」


 さあ、と言って、梔子くちなし様が両手を叩いた。


「いよいよ本番ですよ。円陣でも組みましょうか」


「ええ、そういう暑苦しいの嫌いだ」


 イエロー・パンサーが面倒くさそうに言った。


「俺は賛成だ。気合い入れていこうぜ」


 血飛沫のケンが梔子くちなし様と肩を組む。ヴォイドもそれにならうと、イエロー・パンサーもやれやれといった様子で円陣に参加した。


「えー、ゴホン」


 梔子くちなし様が咳ばらいをする。円陣の号令をかけるのは初めてなのだろう。


「我々の初めてのステージです。お客さんに楽しんでいただけるようにめいっぱい歌いましょう」


「おう」


 血飛沫のケンが答える。ヴォイドも慌てて「おう」と言った。


「なんだか締まらないなあ」


 イエロー・パンサーが笑った。


 客席のカメラの映像は、舞台裏の端末に送られてくる。

 小次郎は、初めて息子が乗馬するのを見る親のような気持ちで、はらはらと手もみしながら端末を見守った。


 4人がステージに上がると、ぱらぱらと拍手が起こる。

 音楽が流れて、ユア・スレイヴのデビュー曲が始まった。


 ヴォイドの顔芸は前よりおとなしくなっている。振りの暗記に自信のなかった血飛沫のケンは、あえて大胆に踊る。梔子くちなし様はどうすれば自分が美しく見えるのか研究した結果がよく表れている。イエロー・パンサーはダンスの技量でひときわ目立っている。


 4人の個性がよく現れた踊りだ、と小次郎は思った。

 4人とも鬼束トレーナーにみっちりしごかれて、人前に出せるレベルになっていた。


 梔子くちなし様のソロから歌が始まり、ひとりずつソロパート歌った後サビのユニゾンへ。


 ユア・スレイブのデビュー曲「Your Slave」は、ひとりの女性を思い続ける悲しい男の末路を歌った曲だ。キャッチ―だが癖のあるメロディーは、幅広い層へのウケを狙って作られている。


 新しくデビューするアイドルに、世間は厳しいほどドライだ。声援もコールもない。曲の1番の間は客席からの反応が一切なかった。


 それでも、必死に踊る4人の思いが伝わったのだろうか。2番に入ったあたりで自然と客席から手拍子が始まった。

 2番のサビではすべての観客が手拍子をしていた。


 ヴォイドの表情が輝いた。


 彼は今確かに、アイドルだった。





 3曲を歌い切ったヴォイドは、笑顔を顔にはりつけたまま舞台裏へ戻ると、どっと地面に倒れ込んだ。


「ああ、疲れた!」


「いい舞台だったぞ」


 小次郎が物販用のうちわでヴォイドをあおぐと、ヴォイドは目をきらきらさせて起き上がる。


「すごかったよ小次郎さん。俺はとんでもない体験をしてしまったのかもしれない」


「ヴォイドさん、記念写真を撮りますよ。早く来てください」


 梔子くちなし様がヴォイドを急かす。


「ああ、今行くよ」


 ヴォイドは3人の横に並ぶと、端末に向かってピースをした。


 4人の輪には、部外者が入りづらい結託した仲間のような空気が生まれていた。

 小次郎は、なんとなくヴォイドが遠い存在になったような気がしてならなかった。





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