第6話 初心者狩りじゃ! 追いはぎじゃ!

「わざわざ過去の人間を美男美女にして楽しむという感覚がわからないな」


「わしにもわからぬ。じゃが、この時代の人間はそういうのが好きみたいじゃぞ。わしの刀『天下丸』とおぬしの長槍『鬼首切』も、今では擬人化されてイケメンゲームのキャラクターになっておるしの。おっと、誰か来たようじゃ」


 塀の前をプレーヤーがふたり、駆け抜けて行った。


「あれは課金勢か上位プレーヤーじゃのう。ちと分が悪い。初心者が来るまで待つぞ小次郎」


「何をする気だ?」


 忠政は振り返って、尖った歯をにやりと見せた。


「追いはぎじゃ!」


 30分と少し、ふたりはじっと穴の中で待機していた。

 およそ5分に1人、プレーヤーが通り過ぎたが、だれも小次郎と忠政がそこにいることには気づかなかった。


 あいつはだめじゃ。あいつもだめじゃ。

 プレーヤーが通るたび、忠政がぶつぶつ言った。


「つまりは、連中の持ち物を奪うということだろう。さっきみたいな物持ちのよさそうな奴から取ればいいのではないか」


「持ち物というよりは、服じゃな。わしらの格好は目立つじゃろう。下手に出ていけばすぐに眷属けんぞくにされてしまう。操作の不慣れな初心者からであれば、服を奪ってプレーヤーのふりをすることができるというわけじゃ」


「眷属?」


「おっ、弱そうなのが来たぞい」


 茶色いごわごわした上着に、黒いズボン。腰におもちゃのような剣を帯刀している。

 明らかな初期装備にもかかわらず、キャラメイクは頑張ったのか、整った顔立ちと赤い髪だけが変に浮いている。頭の上には「koki0817」という半透明の何かが浮かんでいた。


 プレーヤーが通り過ぎたあたりで、忠政は音もなく穴を這い出ると、げんこつでプレーヤーの後頭部を殴った。

 ぎゃ、と前に倒れ込むプレーヤーに馬乗りになり、首を絞める。1秒、2秒。動かなくなったプレーヤーを忠政は塀の穴に引きずり込んだ。


「しめしめ。これで1人目じゃ」


「いいのか、その、いろいろと」


 小次郎が尋ねると、忠政はにんまり笑って頷いた。


「まともなVRMMOならNPCがプレーヤーを殴れるなんぞありえん。じゃが殴れた。ということは、これは仕様ということじゃ。問題ない」


 数分後に来たもうひとりの初心者も絞め上げて、塀の裏には2体の伸びきった初心者が横たわっていた。


 ふたりはそそくさと初心者たちの服を脱がせた。上着にはフードがついていて、ふたりの派手な髪や猫耳を隠すのに役立ちそうだ。

 白いシャツは胸のあたりが苦しかったがなんとか着ることができた。太もものかなり上の方まで露出しているホットパンツの上から、プレーヤーのだぼっとしたズボンをはくと、なんとなく落ち着かなかった気持ちが波のように引いていった。


 小次郎がインナー姿になったプレーヤーの腰の剣に手を伸ばすと、緑の遮蔽物にはじかれる。


「やめておけ。この世界では、わしらはプレーヤーからもらった武器以外を使うことはできない」


「どうやったらもらえるんだ?」


「プレーヤーと契約して眷属になる必要がある。眷属になれば、わしらの自由はないものと思ってよい。しばらくは弱いモンスターを素手で狩ってちまちまレベル上げするしかないのう」


 フードを深くかぶり、小次郎と忠政は塀の穴から外へ出た。キャラクターはプレーヤーより速く走ることはできない。キャラクターであることがバレると眷属にされる可能性があるので、あえてゆっくり歩くことにした。


「ミヤビタウンを出てしまえばわしらは自由じゃ。小次郎、おぬしは自由になった後どうしたいかの」


「俺は……」


 平和な世の中で、忠政の影武者ではなく、敵でもなく、ただの兄弟として生きたい、と考えたことはある。この世界なら、それが叶うのではないかとも思った。


 しかし、この体はどう考えても自分ではない。大きな胸、細く白い手足、高い声。それはかつて、自分が性的対象として見ていた「女」の姿に近かった。


「俺は、男の姿に戻りたい」


 忠政が少し、目を細めた気がした。


「ならばエルピオンの泉に向かうぞ、小次郎」


「エル……なんだって?」


「エルピオンの泉じゃ」


 小次郎と忠政の今いるゲーム、「眷属彼女♡オンライン~最強のトレーダーを目指して~」は、基本全年齢版だが、DDMのようなサイトで一部アダルト版も配信されている。


 アダルト版専用のコンテンツのひとつが、「エルピオンの泉」だ。エルピオンの泉に浸かったキャラクターは瞬時に幼女化する。ロリコン向けのコンテンツというわけだ。


 もちろん、全年齢版ではエルピオンの泉へプレーヤーが侵入することは制限されている。しかし、そこはガバガバ運営。キャラクターであれば入れる可能性があるという。


「エルピオンの泉に浸かれば、このゲームを終了させることができるぞ」


「なに……?」


 平成初期に制定された「児童ポルノ法」という法律がある。この法は、アニメ・漫画・小説・CG作品などの創作物を適用範囲に含まない。つまり、未成年の裸の絵を描いても罪には問われなかったということだ。


 しかし、リアルなVRMMOの発展に伴い、十数年前から児童ポルノ法の改正が求められてきた。創作物にも禁止範囲を広げようというのが運動家たちの意図だった。


 そうして生まれたのが「小児性愛法」である。未成年の性的な創作物を含む、広い小児性愛コンテンツを禁止する法律だ。

 創作物における「未成年」の定義は、キャラクターの年齢が18歳以下、もしくは6頭身以下であること。「性的」の定義は、胸・尻・性器などが露出していればアウト。隠れていても、露出の度合いによっては裁判所の判断でアウトになる。


 それのため、「眷属彼女♡オンライン~最強のトレーダーを目指して~」を含む現代の多くのゲームキャラクターは、20歳以上、8頭身以上の姿を採用されることがほとんどだ。小次郎と忠政も例に漏れない。


「つまり、エルピオンの泉で幼児化し、そのまま全部服を脱げば、小児性愛法違反でゲームが即BANされるという寸法じゃ!」


「妙なしきたりだな。子供の裸を禁止するなど……」


 小次郎がつぶやくと、忠政はおかしくてたまらないような、それでいて悲しそうな、どちらともつかない顔をした。


「のう、小次郎よ。ゲームのキャラクターに人格は、心はあると思うか?」


「そりゃ、あるだろう。現に俺や兄上にあるんだから」


「そうじゃの……。じゃが、小児性愛法ができるまでは、創作物のキャラクターに人権や人格は認められていなかったのじゃ。認められるのが、よいことか悪いことなのかわしにはわからぬ。わからぬが……少しうれしいのじゃ。わしはの」





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