第5話 ミヤビタウンでバグ探し

 数秒間のふわふわした感覚の後に、足の裏に尖ったものの当たる感覚がした。やけに赤の目立つ江戸風の街並みの大通りで、小次郎は小石を踏んで立っていた。


「やはりミヤビタウンにスポーンしたか」


 数メートル隣に現れた忠政が、胸を揺らしながら小次郎の方へ走ってくる。


「みやび? ということは京の街か」


「いや、おそらく江ノ戸をモチーフにした街じゃろう。その辺の時代考証は適当じゃからの、この運営は」


「江ノ戸と言えば、東に下った僻地も僻地ではないか。どうしてこんな街が……」


 話は後じゃ。と言って、忠政は小次郎の腕を引いた。


「10分後にメンテナンスが終了してプレーヤーとキャラクターたちが現れる。その前に隠れ場所を見つけるのじゃ」


 走ってミヤビタウンの中心部からやや外れた路地に入ると、忠政はぺたぺたと建物の塀を触り始めた。


「兄上、何をしている?」


「このゲームの建物は安いアセットを使っておる。壁のどこかに見えない抜け穴があるはずじゃ。おぬしも探せ」


 わけがわからない。小次郎が建物の入り口に手を伸ばすと、緑色の何かに阻まれた。

 なるほど、ほとんどの建物には入れないようになっているということか。


 忠政の真似をして土塀を触っていると、二つの屋敷の境目のような部分でずぶりと腕がめりこんだ。


「でかしたぞ!」


 忠政が小次郎の背中を押した。小次郎は壁に肩までめりこんだ。


「だ、大丈夫なのかこれ」


「平気じゃ平気じゃ。さっさと行けい」


 どんと背中を押されて、小次郎は「裏側」へ転がり込んだ。


 「裏側」からはすべてが見えた。ハリボテの建物、全体に張り巡らされた緑色の障壁、リアルな砂利の道路の裏側は黒く平らでのっぺりしている。

 

 街路にぽつりぽつりと人影が現れ始めた。


「メンテナンスが終わったようじゃ。しばらくここで身を潜めるぞ」


「兄上はなぜ、そんなにこの世界に詳しいんだ?」


 小次郎が尋ねると、街路をにらんでいた小次郎の表情がふっと緩くなった。


「そのわけはふたつじゃ。第一に、わしはゲームのキャラクターになるのはこれが初めてではない」


 今から15年前のことである。忠政の魂は悪霊となり、岩狭ヶ原の地を数百年もの間漂っていた。


 苦しい。苦しい。誰か助けてくれ。誰でもいい。

 痛みに悶えながら憎悪の悪霊となってさまよっていたある日、岩狭ヶ原に一人の男がやってきた。男は降霊の術を用いて忠政を呼び寄せると、「自分はゲームプロデューサーの塩野谷しおのやという者だ」と名乗った。


 平成末期。世の中には、偉人を美少女化・イケメン化させたゲームが乱立していた。

 どこもかしこも似たようなゲームばかり。そんな状況に失望した塩野谷氏は、あることを思いつく。


 本物の偉人の霊をゲームに取り込めば、キャラに深みが出て他のゲームと差別化できるのではないか?


 成仏を済ませた偉人たちの霊を現世に呼び戻してはくれないか。塩野谷は忠政に頼み込んだ。

 忠政は最初は断った。しかし、塩野谷の提示した「条件」を聞いて気が変わった。


1.塩野谷のプロデュースするゲーム内では自由に生活してかまわないこと

2.忠政を霊となった苦しみから永遠に開放すること

3.忠政の弟である「市川小次郎」の存在を世間に知らしめ、小次郎の無念を晴らすこと


「俺か? なぜ俺が」


「おぬしの存在は西条の手によって歴史から抹消されておったからの。わしが成仏できなかったのも、それが心残りだったからじゃ。おぬしはこのわしの首を落とした、腕利きの武人じゃ。記憶の外に葬り去られるには、もったいない人間じゃからの」


 塩野谷はその後大学の博士課程に入り、どこから集めたのかもわからない大金を使って、わずかな手がかりから「市川忠政に双子の弟がいたこと」を証明する論文を書いた。その論文は歴史学会に激震を走らせた。


 論文が認められるまでの数年間に、塩野谷氏はゲームの制作を進めた。当時新しく出たばかりのフルダイブ型VRゲームを利用したゲームのキャラクターに、忠政を含む5名の霊魂を注ぎ入れた。


 よほどの自信があったのか、塩野谷氏は再び大枚をはたいて広告を打ちまくり、ゲームを宣伝した。

 彼の目論見通り、ゲームは出だしから大ヒットを納めた。「まるで本物のような」キャラクターの演技に人々は涙し、冒険を楽しんだ。


 ところが翌年、塩野谷氏が急死する。彼のワンマンで運営されていたゲームはすぐに立ち行かなくなり、塩野谷氏の残した莫大な借金も足かせとなり、2か月ももたずにサービス終了の運びとなった。


 塩野谷氏が降霊術を用いてゲームをヒットさせたという噂は瞬く間に業界へ広まり、粗悪な降霊術を行うゲームプロデューサーが現れ始めた。しかし、彼らは塩野谷氏とは異なり、霊魂をうまく扱うことができなかった。たいていの場合、霊魂の意志が制作側のいうことを聞かなかったためである。


 次第に、偉人系ゲームに使われる霊魂は心を封じられ、プログラムに書き換えられるという本末転倒な結果になったのである。


「塩野谷のもとでわしもちょっとだけゲーム制作について学んだ。だから、おぬしが歴史の教科書の端っこに載るようになり、ついにおぬしのキャラが実装されるとなったとき、おぬしのプログラムをちょっとばかりいじらせてもらった。塩野谷が降ろした5人の霊だけは、ゲームプログラムと意志を共存させられるみたいでの。わしがこの世界について詳しいのは、わしが完全なゲームキャラと霊魂の中間の存在であるためじゃ」




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