第4話 言うこと聞かなきゃ服を脱ぐ

 もういっそ殺してくれ。


 顔を真っ赤にしながら猫の形にした手をおろすと、金髪がじっと小次郎を見つめた。


「うーん、なんか、演技に照れがあるよね。このキャラの声優新人だっけ?」


「あ、そうでしたっけ。確認しますか?」


 慌てて手元の端末をいじり始める黒髪を制する金髪。


「別にいいから。どうせ俺たちには関係ねえし。残りのチェックを済ませたら16時にリリースを……」


 金髪のポケットの端末が鳴りだした。金髪は舌打ちすると、端末を耳に当てる。


「もしもし。ええ!? プロデューサーが次回納期の件でごねてる? はあ、戻りますので少々お待ちを。はい、はい、では後ほど。高橋くん、そういうことだから、残りの作業お願いね。Tmitterの予約投稿も任せたから」


「俺一人で大丈夫でしょうか? もしまたバグとかあったら……」


「新卒一年目とはいえプロでしょ、きみ。人手が足りない現場だとよくあることだから。じゃ」


 金髪の全身が光の砂のようになって崩れ落ち、消えた。


 黒髪はため息をつくと、端末で何かを確認しながら小次郎と忠政に背を向け、レアリティの低いキャラの方に向かって歩いて行った。


「No.1497、キャラ名西条信康、セリフ異常なし、ホログラム異常なし……」


 黒髪がキャラクターの胸に向かって手を伸ばす。バチン、と緑色の壁が黒髪の手を跳ね返した。


「全年齢向け対策、異常なし……」


 忠政が猫のように身を低くして、そっと黒髪の方ににじりよった。


「兄上? 何をしている」


「まあ見ておれ」


 忠政は黒髪の後ろに忍び寄ると、膝裏を蹴り飛ばし、横転した黒髪の片腕をつかんで上にのしかかり、背中で押さえつけた。後袈裟固め。忠政の得意技だ。


「なんだ!? いててててて」


「のう、高橋くんよ。少しばかり『交渉』といこうではないか」


「お前はNo.1503! まさか例のバグか?」


「ぴいぴいうるさいのう、わしの話を聞け」


 忠政がぐっと黒髪の腕を引っ張ると、黒髪が再び悲鳴を上げた。


「わしはおぬしらの言う通り、バグというやつじゃ」


「まさか、No.1504も……!?」


「あやつは違う。にゃんにゃん言うとったじゃろ。それより高橋くんよ、おぬしに頼みがある。わしと小次郎を、メンテナンス終了の10分前に、ワールドにスポーンさせてはくれぬか」


 黒髪は腕の下からきっと忠政をにらんだ。


「何が狙いだ」


「何でもない。ただ、弱っちいプレーヤーの眷属けんぞくになるのが嫌なだけじゃ。わしの望みを聞かないのであれば……」


「こ、殺す気か? ここは仮想空間だ。俺を殺すことはできないぞ」


 忠政はにやりと笑うと、自身の服の胸元に手をかけた。黒髪の顔色が明らかに変わった。


「脱ぐぞ、このみちみちした服を」


「そ、それだけは……! 全年齢版で裸のキャラなんてリリースされたら大問題だ!」


 黒髪がわめいて暴れたが、忠政の細い腕には見た目以上の力があるのか、びくともしない。


「立場をわきまえたようじゃな。わしと小次郎を10分前にワールドにスポーンさせ、わしのバグのことはあの上司には黙っておれ。そうすれば、わしは服を脱がないと約束しよう。もちろん、スポーンした後に問題を起こす気もない。わしはゲームの中でひっそりと生きたいだけじゃ」


「だ、だが、No.1503とNo.1504は三毛国アップデートの目玉で、収益性が、ごにょごにょ……」


「ええい、優柔不断め。どうせ1500体もキャラクターがいるのじゃ。ふたりくらい消えたってたいして変わらぬ。おぬしもわかっているはずじゃろう」


 黒髪は口を引き結ぶと、小さな声で「わかった」と言った。




 白い光の前に、小次郎と忠政は立っていた。黒髪がきょろきょろと左右を見ながらしっしと手を振る。


「さっさと行け。何度も言うが、絶対に問題を起こすんじゃないぞ。俺のキャリアに傷がつく」


「おぬしもこんなクソゲー量産開発会社なんて辞めて、さっさと大手に転職しろ」


 忠政はかっかと笑うと、小次郎の手を引いて光の中に足を踏み入れた。


「それができりゃあな」


 黒髪のつぶやきを最後に、小次郎は光に包まれていた。





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