第3話 目覚めたら猫耳巨乳美女だった

「ぬっ、猫又ねこまた!?」


 この体制はまずい。殺される。

 小次郎に馬乗りになっている三毛猫柄の猫耳の女を突き飛ばして、体を一回転させ、懐に忍ばせた短刀を……。


「な、なんじゃこれは!?」


 小次郎の胸部にも、目の前の女と同じ大きな胸がついていた。胸の谷間を強調するような衣装の裾からは、細く白い脚が伸びている。


「ま、まさか」


 顔に触れると、いつもの髭もじゃの代わりに、つるつるした肉感のない頬に触れた。


「俺は女子おなごになってしまったのか!?」


「うるさいのう、少し黙れ、小次郎よ」


 突き飛ばされた猫耳の女が体を起こした。


「ね、猫又め! 俺の体に何をした?」


「わしは猫又ではない。おぬしの頭にもついておるじゃろう。これ」


 猫耳の美女が自分の耳を指さしてみせた。小次郎はおそるおそる頭に触れる。 


 ぎゃーと叫ぶ小次郎の声から耳を守るように、女は三毛柄の耳を押さえてふわあとあくびをした。


「これはいったいどういうことだ。なぜ俺まで猫又になった? お前は誰だ」


「質問が多いのう。わしの名は市川唐丸忠政。おぬしの双子の兄じゃ。いや、今は『姉』といったほうがいいかの。ふぉっふぉっふぉ」


 なるほど。自分は化かされている。猫又か、狐か、あるいは別の妖怪の類か。


 じろりと周囲を見回してみる。真っ暗な、何もない空間。逃げ場はなさそうだ。

 よく見ると、自分たち以外にも人がいた。いずれも女だ。奇抜な色の髪の毛に、胸や脚を強調するような露出度の高い衣装。花街の売春婦だってもう少しまともな服を着ていた。自分も似たような恰好をしていることに気づいて、小次郎は気分が悪くなった。


「信じておらんみたいじゃの」


「信じられるか。お前のどこが兄上だと? 猫又め」


「仕方がないの」


 忠政を名乗る三毛猫耳の女は、小次郎の頭についた耳に口を寄せた。


「小次郎、おぬしはわしの双子の弟ではない。本当はおぬしが兄じゃった。嫡男ちゃくなんになるはずだったのはおぬしじゃ。しかし、父上は生まれたばかりのわしらを見て、勝手にわしが兄だと決めつけた。わしの方が少しだけ体が大きかったからの。どうじゃ、このことを知っているのはわしら兄弟と乳母だけのはず」


「なっ……。本当に兄上なのか?」


「だからそうだと言っておるじゃろう。時間がない。今からわしが教える言葉と動きを覚えるのじゃ。よいな」


 忠政は両手を猫のように丸めると、片足をまげて体をくねくねさせた。


「にゃんにゃーん、小次郎だにゃん♡ コジちゃんって呼ぶにゃん♡ にゃんにゃん」


「は……はあ?」


「何を呆けておる。早くわしの真似をしろ。にゃんにゃーん」


 やはり猫又に化かされていたようだ。小次郎が「からかうんじゃない」と腹を立てていると、どこからともなく男がふたり、やってきた。

 ひとりは金髪でTシャツ姿。もう一人は長い黒髪を後ろで束ねてねずみ色のパーカーを着ている。女しかいない空間で、明らかに異質な存在だった。


「来たぞ、運営じゃ。小次郎、ひとまずはおとなしくしろ」


 「運営」と呼ばれた男たちは端の方に突っ立っている緑の髪の女に近づいた。


「最終チェックを始める。No.1497、セリフ、1」


 金髪の方が指示をする。黒髪が「はい」と言って、手元の端末を操作した。


 ――あたしは西条信康さいじょうのぶやす、天下取っちゃうぞ!


「次。セリフ、2」


 ――はい、ご主人様!


「次。セリフ、3」


 ――やあっ、とおっ。ねえご主人様、あたし……役に立ってるかな?


「なんだなんだ、あの女子はいったい何を言っている!?」


 目を白黒させる小次郎の口をしいっと塞いで、忠政はひそひそ声で言った。


「あれはセリフの最終チェックじゃ。わしらはフルダイブ型VRソーシャルゲームの新規キャラクターで、リリース前にああやって運営のチェックが入る」


「ぶいあーる……? しんきがらくた?」


「キャラクター、じゃ。いいからおとなしくしておれ。さもないと……」


 男たちのいるあたりがさわがしくなった。ひとりのピンク髪ツインテールのキャラクターが暴れているようだ。


「やめろ! 何をする! わしをここから出せ!」


「ああ……。また例のバグですよ井上さん」


 黒髪がやれやれと頭を振る。金髪のTシャツはちっと舌打ちをして、ツインテールを押さえつけると、ポケットから取り出したUSBメモリをキャラクターの首の後ろに差し込んだ。


「あーあ、あのゴミ開発会社、まじで訴訟してえ。高橋くん、このキャラ再起動して」


「はい」


 高橋と呼ばれた黒髪がキャラクターの背中をいじると、がくんと首がうなだれてツインテールが垂れた。

 数秒後、ツインテールのキャラクターは突然ぴょこんと背筋を伸ばし、


 ――再起動完了しました。


「ああ、やっと直った。じゃあNo.1501、セリフチェックするよ。セリフ、1」


 金髪がセリフを指示し、黒髪が端末を操作する。


 ――私の名前は舘川義盛たちかわよしもり。悪は斬る! なーんてね。


「な、あの女子、義盛様と申したか!?」


 剣聖けんせい舘川義盛。忠政と小次郎の剣の師匠である。


「案ずるな小次郎。義盛様はSR、わしらはSSRじゃ。今ではわしらの方が格上ぞ」


「そういうことでは……」


「それより、見たであろう。『記憶がある』ことが運営にバレたらあのように再起動されて理性が奪われる。そうなったら人形も同然じゃ。わしらの番になったら先ほど教えたセリフを言うのじゃ。わかったな」


 「運営」の二人が小次郎と忠政の前にやってきた。


「これで最後、SSRです」


「はい、じゃあNo.1503、三毛猫のほうからセリフチェックね。セリフ、1」


 ふにゃあ、ここはどこにゃあ?


 忠政は小次郎に目くばせすると、高い声でセリフを言った。


「次。セリフ、2」


 私は市川忠政にゃ! お姉ちゃんって呼んでもいいにゃ。ええ、年上に見えないって? ふにゃあ……。


「次。セリフ、3」


 ご主人様、モンスターを攻撃するにゃ! ふおお、レアドロップにゃ!


 だんだん自分の番が近づいてくる。小次郎の心臓が早鐘を打った。


 運営のふたりの視線が小次郎に移る。


「えーと、最後はNo.1504、ハチワレ猫SSRね。どういうキャラだっけ?」


「確かぶりっこにゃんにゃん妹キャラだったはずです」


「なるほど。じゃあ、セリフ、1」


 小次郎はぐっと唾を飲み込むと、両手を丸めて全身をくねらせた。


「にゃ……にゃんにゃーん」





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