第110話 ドザの街

 いよいよ旅路も終盤に近付いてきた。

 街を出る前に、3人は今後の路程を再確認する。


 現在いるのが、現実世界では三重県北部に位置する「タートルの街」。町を西に出て「バリヤの街」「アンダザカの街」を抜けると滋賀県に入る。


 目的地は、琵琶湖にあたる「エルピオンの泉」だ。東海道五十三次の52番目にあたる「ツサクの街」から街道をそれて北上するのが最短距離である。


 「眷属彼女♡オンライン」は、ゲーム配信サイト「DDM」で全年齢版とR-18版が配信されている。ヴォイドがプレイしているのは全年齢版の方だ。


 エルピオンの泉はR-18版の方のエンドコンテンツで、泉に入った生き物はすべて幼児化する。自分の眷属彼女を幼児化させて楽しむ、ロリコン向けのコンテンツというわけだ。


 キャラクターは自分で服を脱ぐことはないし、プレーヤーがキャラクターの服を脱がすこともできないようになっている。万が一、幼児化したキャラクターの裸が見えてしまえば、「小児性愛法」という法律に抵触してゲームがサービス終了に追い込まれてしまうからだ。


 しかし、それにも抜け穴がある。幼児化したキャラクターが「意志を持って」自ら服を脱げば、法律に触れることもできてしまうのだ。


 小次郎と忠政はそれを狙っている。


 全年齢版のエルピオンの泉は閉鎖されているが、バグを利用して立ち入ることができる可能性がある。


 ふたりがエルピオンの泉に浸かり、幼児化して裸体をさらせば、ゲームをサービス終了に追い込むことができる。


 しかし、小次郎の心には、疑問が湧きあがってきていた。

 自分は単に、女の体が嫌だったから忠政の作戦に乗った。


 忠政の目的はまた別にあり、「降霊術を廃れさせる」ための第一歩としてこのゲームの廃止を狙っている。


 しかし、少しずつこの体にも慣れつつある。他のプレーヤーはともかく、ヴォイドは一度も小次郎を性的な目で見なかった。そのおかげなのかもしれない。


 ヴォイドとの旅は楽しかった。ヴォイドは、このゲームが終わってしまうなど考えてもいないようだ。


 もしゲームがサービス終了してしまったら、ヴォイドは、他のプレーヤーたちは、どう思うだろうか。


 もやもやした気持ちを抱えたまま、タートルの街、バリヤの街、アンダザカの街を通過し、滋賀県南東部にあたる「ドザの街」へ入った。


 山間やまあいに位置するドザの街は小さく、旅籠はたごが数軒あるのみで、あとは小さな教会の周りに茶畑が広がっていた。


 特に用事もないので急ぎ足で通り抜けようとしたとき、ヴォイドの端末に着信があった。


「待ってくれ、ふたりとも。メッセージが来た」


「誰からじゃ?」


 ヴォイドが端末を開く。

 メッセージの主は、梔子くちなし様だった。


梔子くちなし様とケンさんがこちらへ向かっているらしい」


「何かあったのか?」


「いや、俺がもうすぐゲームを引退するとふたりに連絡しただけだ」


 再び端末がピロンと鳴った。

 3人は画面をのぞき込んだ。再び梔子くちなし様からのメッセージ。


――ご祝儀、ちゃんと用意しておいてくださいよ


「なるほど!」


 ヴォイドが納得したように手を叩いた。


 数時間後に梔子くちなし様と血飛沫ちしぶきのケンが、眷属彼女である勉慶べんけいを連れてヴォイドたちのもとにやってきた。


 いつも白い派手な衣装を着ている梔子くちなし様だったが、今日は黒っぽい身なりをしている。


「白は新郎新婦の色と決まっていますからね」


 梔子くちなし様が言った。


「ってことは、ケンさんはついに勉慶べんけいの権利を運営から買い取ったのか」


「結婚と言ってくれ。親からはだいぶ反対されたけどな。俺は今年は高校受験があるから、しばらくゲームからは離れるつもりだ。勉慶べんけいを置いていくわけにはいかないから、これを機に3Dモデリングの練習をして勉慶べんけいを別の仮想空間に移そうと思っている」


「道場はどうするんだ?」


 ヴォイドが尋ねると、梔子くちなし様が胸を張った。


「私が買い取ることにしましたよ。しっかりマネタイズして、資産として運用するつもりです」


「相変わらず金にはがめついな」


 笑うヴォイドの肩を血飛沫のケンが叩く。


「それより、水臭いじゃねえか。ゲームを引退するのに友達にメッセージだけってよ」


「友達、か」


 ヴォイドがにやつく顔を隠すように下を向いた。


 血飛沫のケンは勉慶べんけいと結婚式を挙げるつもりらしい。もちろん、参列者はヴォイドと梔子くちなし様だ。


「会場と日時は決まっているのか?」


「日時は今すぐだ。あそこに教会があるな。今日中に結婚式をさせてもらえないか聞いてみるぜ」


 血飛沫のケンが茶畑の中の教会に向かって走り出す。

 梔子くちなし様とヴォイドはあきれたように笑った。





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