第111話 結婚行進曲

 祭壇の前に年老いた牧師NPCがひとり立っている。


 ヴォイドと梔子くちなし様と双子は教会の席に適当に座って、その時を待った。


 音楽もない、花もない。質素な教会に、血飛沫のケンと勉慶べんけいが並んで入ってきた。


 花嫁は純白のウェディングドレス。課金すると入手できる衣装だ。

 血飛沫のケンはというと、タキシードを用意し忘れたのか、白の道着姿で現れた。


 花嫁はその父親がエスコートするのがマナーだが、いないものは仕方がない。


 勉慶べんけいは相変わらず無表情で、機械的だ。対照的に勉慶べんけいと腕を組んで歩く血飛沫のケンは幸せを顔中にたたえていた。


 新郎新婦はゆっくり歩いて祭壇の前にたどり着いた。


 牧師が何か言い始めたが、声が小さすぎて小次郎たちのところまでは聞こえない。


「誓います!」


 にわかに血飛沫のケンが大きな声を出した。誓います、誓います、誓いますと建物内に声が反響する。ヴォイドが下を向いてくすくす笑った。


「誓います」、と勉慶べんけいもひかえめに答えた。

 相変わらず表情はなかったが、小次郎には彼女が一瞬幸せそうな顔をしたように見えた。





「ピアノのひとつでもあったら俺が演奏して盛り上げたのになあ」


 教会を出てヴォイドが言った。


「まあまあ。本人たちが幸せそうだからそれでよしとしましょう」


 梔子くちなし様が夫婦となったふたりの背を眺めながら答える。


 血飛沫のケンと勉慶べんけいは並んで手をつなぎ、黙って教会の塔を見上げていた。





 血飛沫のケンと梔子くちなし様「テレポートチケット」を使ってそれぞれの街へ帰るという。血飛沫のケンは、これから道場の弟子たちとお別れ会も兼ねてどんちゃん騒ぎをするらしい。


「もう帰るのか」


「帰ります、アウトレットモールの経営がありますから」


 梔子くちなし様が言った。

 血飛沫のケンがぽつりとつぶやいた。


「また3人で会えるといいなあ」


 ヴォイドが「さあ、どうだろうな」とからかうように言う。


「ゲームでの出会いは一期一会だ。あんたたちとリアルでの連絡先を交換したわけでもないし」


「これで最後だというのに、情緒のない人だ。このゲームがある限り私はここにいますよ。それじゃあ」


 梔子くちなし様が「テレポートチケット」を握りしめた瞬間、紫の頭が消えた。


「なんかさみしいな、これで最後だなんて」


 なおもぐずぐずしながら血飛沫のケンが言った。

 ヴォイドが笑う。


「俺たちには時間がたっぷりある。ここでの出会いが一期一会なら、またそのうち一期一会があるだろう」


 「師匠」と言って、勉慶べんけいが血飛沫のケンの袖を引っ張った。

 血飛沫のケンはうなずくと、ヴォイドたちに手を振って「テレポートチケット」を握った。


 茶畑の中に立つのは、再び3人だけとなる。


「俺たちも行こう。最後の旅だ」


 ヴォイドが小次郎と忠政の方を振り返って言った。





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