第61話 防衛戦ナポリヨン

 翌朝。3人は「エビチリの街」を出ると、ついに「プンスコの街」へ立ち入った。


 プンスコの街には「プンスコ城」という城があり、中ボスが待ち構えている。


「ヴォイド……ヴォイド!」


 小次郎が大きな声を出すと、歌詞をぶつぶつと口ずさんでいたヴォイドがはっと我に返った。


「ごめん、なんだっけ?」


「次のボスの倒し方の話だ」


「ああ、そうだった」


 ヴォイドが端末を開く。「エネミー情報」というところに、次のボスが表示される。


 皇帝ナポリヨン。プンスコ城の中ボスだ。


「ナポリヨンは馬に乗っているから、基本的には騎馬特効の武器を使うか、使い慣れた高レアリティの武器でゴリ押すかの2択になる。体力も多くないし、使ってくるデバフも少ないが、とにかく周りに『親衛隊』というザコを召喚してくるのがやっかいだ。だから、ふたりが『親衛隊』を倒している間に俺が機をうかがって大鎌で本体を叩く」


 決して倒しやすい敵ではないが、この1週間で小次郎と忠政のレベルも倍近く上がっている。だからこそ遂行できる作戦といえるだろう。


 街の入り口から北西に伸びる大通りを進むと、プンスコ城が見えてきた。

 険しい鬼が島のような形をした城で、天守閣の大きさは以前ボスを倒したオディンバラ城とあまり大差ない。


 プンスコ城の城門に入ると十数秒のロードが挟まり、3人は天守閣の最上階へ飛ばされた。

 やはり、城内の観光などはできないらしい。


 目を開ける。おなじみの板敷の間の周囲は、引き戸が閉められていて外が見えない。部屋の中央に、大きな白馬が横向きに立っていた。

 馬だけなぜか周囲よりも解像度が低く、カクカクのポリゴン状になっている。3Dモデルの用意がなかったのだろうか。


 馬にまたがっているのは、三日月のような形の帽子をかぶった白人の男。黄色いマントを身にまとい、威風堂々という言葉が似合う。馬がカクカクしているせいで、滑らかな衣装や表情が余計に目立っている。


「次に私に召されに来たのは貴様らか」


 帽子の下から皇帝ナポリヨンがじろりと3人をにらんだ。

 前回のボスと比べて、あきらかに強者感がある。


 難戦になるかもしれない。小次郎は気を引き締めた。


「昨日は3時間しか寝ていない。私は寝不足なんだ。貴様らの相手をしている時間はない。親衛隊、奇襲!」


 唐突にナポリヨンが叫ぶ。

 

 気が付くと、3人は黒いヘドロのような化け物たちに囲まれていた。「親衛隊」だ。


「いつのまに!」


「小次郎さん、忠政さん、武器を取れ!」


 「親衛隊」たちが現れるのに気が付かなかった。悔しさに歯をくいしばりながら、長槍を抜く。


 忠政も腰の刀を抜いた。その拍子に、忠政のかぶっていた上着のフードがはらりと脱げ落ちた。


「あ……あ……あ……」


 ナポリヨンが忠政を指さして後ずさろうとし、馬から転げ落ちた。


 落馬した音でそちらを見ると、ナポリヨンの顔がどんどん真っ赤になっていくのが見えた。


「なんだ」


「油断するな小次郎さん、何かおかしい」


 ナポリヨンの視線は忠政の頭の猫耳にくぎ付けになっている。


「私は……私は猫が大っっっっっ嫌いなんだぁ!」


 ナポリヨンが馬に飛び乗り、叫びながら剣を抜いて忠政に斬りかかった。同時に、黒い「親衛隊」たちも忠政に襲い掛かる。


「兄上!」


 小次郎が援護に回るも、敵の数が多すぎる。忠政は大きなダメージを受け、膝をついた。


「まずいぞ、レアイベントが始まったようだ」


 ヴォイドが大鎌を構える。


「れあいべんと?」


「ああ、『防衛戦』だ」


 戦闘時には、ターンごとにひとりずつ敵に攻撃するのが通常のシステムだ。ところが、ボスを怒らせたときに稀に発生するレアイベント「防衛戦」が存在する。


 「防衛戦」では、こちら側に攻撃の順番が回ってこない。つまりは、常に敵のターンというわけだ。その代わり、だれも死なずに一定ターンが経過すれば、無条件でこちらの勝利となる。


「忠政さん、これを」


 ヴォイドが忠政にウエストポーチを投げる。


「ふたりとも、作戦を変更する。忠政さんは俺のウエストポーチからポーションを出して、全員の回復役に回ってくれ。俺は『親衛隊』たち全員からの攻撃の防御に回る。小次郎さんは、ナポリヨンからの攻撃を受けてくれ」


「承知した」


 忠政を守るように小次郎とヴォイドは背中合わせになり、敵に武器を向ける。


 怒り狂ったナポリヨンの狙いは忠政だ。馬上からの攻撃を、小次郎は必死に跳ね返す。


 一対一では明らかに騎乗した者の方が有利だ。しかし、小次郎は対騎馬兵との戦闘に慣れていた。


 生前から馬を傷つけるのを嫌っていた小次郎は、馬に乗って戦うことを好まなかった。市川家から離反した後、「蛮族小次郎」と呼ばれるようになったわけのひとつは、彼が歩兵将だったからに他ならない。他にも、元服が済んでいなかったから、散切り頭でまげを結わなかったからなどの理由もあったが。


「どけ! 女め」


 ナポリヨンが剣を振り回す。


「女ではない。どくものか!」


「女じゃないのか?」


 ツッコミを入れるヴォイドを無視して、小次郎は飛んでくる刀身を長槍で押し返した。カンカンと音が鳴り響く。時々攻撃をもろに受け、HPが下がっていくのを感じる。

 後ろではヴォイドが大鎌を振り回して、「親衛隊」たちの攻撃の相手をしていた。


 忠政は小次郎の回復を優先させているようで、まだ立ち上がれないようだ。もう一撃を食らえば死んでしまうかもしれない。


 腕の筋肉が痛む。斬られた箇所も。


 5ターン、10ターン、15ターン。果てしないように感じた防衛戦も、20ターン目に終わりを迎えた。


 現れたときと同じくらい唐突に「親衛隊」たちが消えた。「ぐああああ」と叫んでナポリヨンが落馬し、倒れ込む。


 Congratulations! の文字とともに紙吹雪が舞った。

 倒れたナポリヨンがよろよろと通行手形を差し出した。


「私はもう終わりだ……これを持っていけ……フランス、陸軍、陸軍総帥、ジョゼフィーヌ……」


「どういう意味だ?」


 黄色い通行手形を受け取って小次郎が首をかしげる。


「皇帝ナポリヨンの有名最後の言葉じゃ。ジョゼフィーヌとはこやつの妻だった人のことじゃの。ふー、死ぬかと思ったわい。攻撃できない防衛戦なんぞ楽しくもなんともない。とんだクソゲーじゃったの」


 忠政がフードをかぶり直し、外れないようにしっかりとフードの紐を縛った。


 小次郎はちらりとナポリヨンを一瞥いちべつすると、出口に向かって歩き出した。

 どんな人間にも家族や愛した人がいる。戦人いくさびとは、それを承知したうえで戦へ出る。


 自分は人を愛したことがあっただろうか、と小次郎は少し考えた。父のことは嫌いだった。竹富清次は、どちらかといえば好きだったが家族ではない。女を愛したこともなかった。


 忠政のことは……と考えたとき、世界がロードに入った。





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