第60話 歌えや踊れ

 「なんじゃ唐突に」と不審がった忠政も、小次郎が今様いまようを唄い始めるとノリノリで踊り始めた。


 遊びをせんとや生まれけむ

 たはぶれせんとや生まれけむ

 遊ぶ子供の声聞けば

 我が身さへこそゆるがるれ


 声が震える。素人なので唄はうまくない。

 ドヤ顔で舞を舞う忠政も、はっきり言って相当下手くそだ。


 通行人が怪訝な顔をして通り過ぎる。「なんかその歌聞いたことあるな」と首をかしげるヴォイドも眉間にしわをよせて二人を見ていた。


「どうだった、兄上の舞は」


 唄い終えた小次郎は息を切らしながらヴォイドに尋ねた。


「うーん……下手だったな」


「下手とはなんじゃ! さてはおぬし、わしのダンススキルに嫉妬しておるの」


 忠政がぽこぽことヴォイドの肩を叩く。


「いや、ほんとに下手だったんだって」


 そうだ、と言って、小次郎はふたりに割り込んだ。


「俺たち双子は唄も舞も下手くそだ。お前はどんなに練習しても俺たちより下手になることはない。だから自信を持ってほしい」


 恥ずかしがるな、プロになる自覚を持てというのは簡単だ。しかし、それではヴォイドは動かない。


 もっと恥ずかしいものを見せれば、ヴォイドは練習してくれるのではないか、と不器用に考えた小次郎の策だった。


 ヴォイドは目をぱちくりさせると、しまいには笑い出した。


「なんか応援のしかたがずれてる気もしないでもないが、元気が出たよ。俺も練習動画撮ってみようかな」


「そうだその意気だ。俺たちも見ていてやるから、試しに練習してみてくれ」


 わかった、と言って、ヴォイドは大鎌の柄を地面に突き刺し、刃の部分に端末のカメラをセットする。


「歌詞や振り付けは見なくてもいいのか?」


「ああ、最初のところは覚えているから、そこだけ撮ってみるよ」


 それを聞いて小次郎は少しだけ驚いた。ヴォイドは案外アイドルとしてのポテンシャルが高いのかもしれない。


「えー、ユア・スレイヴのブラック担当、†深淵の背律者ヴォイド†です。今日はダンスと歌のレッスンをします」


 ヴォイドが言い終わると同時にイントロが流れ始め、ヴォイドが踊り出す。


「こ、これは……!」


 忠政が息を飲む。小次郎も思わず口をあんぐり開けた。


 歌パートに入り、ヴォイドが歌い始めた。

 ダンスで少し息を切らしながら、それでもヴォイドは懸命に歌う。


 Aメロが終わり、Bメロの中盤あたりでヴォイドは曲を止めた。覚えているのはここまでらしい。

 

「どうだった?」


 ヴォイドがカメラを止めてふたりに駆け寄った。

 小次郎と忠政は顔を見合わせると、ヴォイドに向かって同時に言った。


「下手くそ!」





 落ち込んでハダカデバネズミの着ぐるみに引きこもってしまったヴォイドを小次郎はなぐさめる。


「まあ、兄上の舞が天性の下手くそなら、お前の歌と踊りは練習不足の下手くそだ」


「あんまり下手くそ下手くそ言うなよ」


 着ぐるみの頭を少し持ち上げて、隙間からヴォイドが泣きそうな声で言った。

 うーむと忠政が考え込むようにうなった。


「たしかに練習不足ではあるが、このままやみくもに練習しても明後日には間に合わんぞ。なにか戦略を決めるべきじゃの」


「戦略?」


 着ぐるみが首をかしげる。


「たとえばじゃ、単に歌とダンスを最後まで覚えるだけではあのトレーナーは納得せんじゃろう。かといって、クオリティを上げることも難しい。となると、熱意を込めて歌ったり踊ったりするしかないの。つまりは感情じゃ」


「大丈夫かな。俺、感情がないからさ」


 ヴォイドが不安そうに言った。


 目下の目標は、「歌詞と振りを全部覚える」と、「下手でもいいので鬼束トレーナーを感動させる」の2つに決まった。

 とはいえ、覚えるだけでも大変な作業である。


 多くの場合、レッスンではアイドルが振り付けを覚えるための「振り入れ」という練習が行われる。振付師がダンスのひとつひとつの動きや注意点などをこと細かに教えてくれるのだ。


 ヴォイドたちはまだ「振り入れ」をやっていない。お手本動画を見ながらなんとか真似をしようとするが、どうしてももにょもにょした動きになってしまう。


 お手本動画とヴォイドのダンスを見比べて、あそこが違う、ああしろこうしろとふたりで文句をつけているうちに、その日は夜になった。


 



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