第59話 ユア・スレイヴに注目!

「みんなはダンススキルやら歌唱力やらについて書かれているのに、なんで俺だけチャームポイントだけなんだ」


 公式発表の「『眷属彼女♡オンライン』よりアイドルデビューのお知らせ」を読みながらヴォイドがぶつぶつ言った。


「ほかに書くことがなかったんじゃろう。『中二病』だとか書くわけにもいかんしの」


 忠政がザコモンスターに斬りかかりながら言った。


 ヴォイド、小次郎、忠政の3人は、ラックローの街を出て旅を続けていた。

 鬼束トレーナーの挑戦を受けてからすでに2日が経とうとしていた。


 昨日の朝、運営からアイドルデビューのお知らせと同時に、鬼束トレーナーのレッスンの様子が公式YouCube上に公開された。なんと、レッスン動画は1日で2万回弱も再生されている。自分の動画より伸びているのがヴォイドは気に入らないようだ。


「しかし、下高井戸しもたかいどに言及されるなんて思ってもみなかった」


 下高井戸とは、クソゲーレビュー系YouCuberだ。どんなゲームも容赦なくこき下ろすことで有名で、眷カノも下高井戸から「バグまみれのゲーム以下のゴミゲー。長所はキャラのグラフィックだけ」との酷評を受けている。


 下高井戸の視聴者はほとんどが男性であるため、彼は基本男性向けの動画しか出さない。ところがどういうわけか、今回の眷カノの女性向け企画に下高井戸は食いついた。


 「アイドル企画とイケメンゲームとのコラボ企画は必ず失敗する」と下高井戸は予言したうえで、レッスン動画のリンクを拡散した。インフルエンサーに目をつけられたためか、アイドルプロジェクトに注目が集まったというわけだ。


「広告では、血飛沫のケンはダンス、イエロー・パンサーは歌が得意じゃと書いてあったが、本当じゃとは思えんの」


 忠政が不思議がる。ヴォイドも頷いた。


「ああ、ふたりともド素人だ。運営がキャラ付のために勝手に書いたんだろう。そもそも、梔子くちなしがリーダーだというのもは初めて聞いた」


 ヴォイド以外の3人は、すでに個人のチャンネルやSNSで練習動画を出したり練習の様子を配信したりしている。下高井戸効果もあるのか、いずれもそこそこの再生数を稼いでいるようだった。


 驚いたのは、一番やる気のなさそうだったイエロー・パンサーの練習動画が一番伸びていることだ。動画をよく見ると練習しているのは1分か2分間程度で、ほとんどが喋りや解説だ。さぼっているともいえる。なのになぜか熱心にレッスンをしているように見える構成になっており、自然と応援したいような気分になってくる。


 視聴者にも騙されている人が多く、「応援しています」「頑張り屋さんなんですね」などのポジティブなコメントが多い。


 イエロー・パンサーは眷カノ界隈のTmitterユーザーとしては有名だったので、もとから抱えているフォロワーの数が違うというのもあるだろう。


 次に視聴者が多いのが梔子くちなし様だ。彼は女性ウケしそうな容姿をしているためか、すでに固定のファンが何人かついている。YouCubeに新設した「梔子くちなし様チャンネル」には3桁人の登録者もついていた。


 血飛沫のケンは自己プロデュースには消極的で、Tmitterに短い動画をあげたのみ。真っ赤なたてがみのような髪や、筋骨隆々の体も男性アイドル向きではないため、あまり注目はされていない。しかし、イエロー・パンサーと眷カノ公式TmitterにRTされているため全く認知がないというわけでもなさそうだ。


 一方のヴォイドは、動画を出すどころか練習すらしていない。小次郎が理由を聞いてもはぐらかされるだけだった。


 3人はラックローの街の次の「ガンバの街」を抜け、「ユーイの街」を過ぎ、「オーキンスの街」を越えて、18番目の街「エビチリの街」に到着した。もちろん、それぞれの街で地蔵に祈ることも忘れずに。


 「エビチリの街」の街門をくぐったとき、小次郎はついに我慢できなくなってヴォイドの胸倉をつかんだ。


「おい、なぜ練習をしない?」


 ヴォイドは小次郎から目をそらす。


「やるよ、そのうち」


「次の稽古は明後日だ。それまでに歌と踊りを覚える約束だっただろう。今から始めても遅いくらいだ。必死になってやらなければ……」


「必死になってやるのが嫌なんだよ」


 ヴォイドは小次郎の腕を自分の服から離そうとして小次郎の腕をぐいとつかんだ。腕の細さに驚いたようにヴォイドが手を緩める。


「恥ずかしいのか?」


「そうかもしれない」


「普段絶叫動画を撮るときは恥ずかしがらないのに、なぜ今更恥ずかしがる?」


 ヴォイドは小次郎の肩をそっと押して自分から引きはがす。


「なんでだろうな。そういう癖がついてしまったのかもしれない。今までもそうだった。学校でも、部活でも、言われたことをそのまま必死こいてやるのが恥ずかしいんだよ、俺は」


 ヴォイドのあきらめた様子に小次郎は肩をふるわせる。ヴォイドが慌てて「俺またなんか無神経なこと言ったか?」と尋ねると、小次郎はくるりと振り返って忠政を見た。


「兄上、ちょっと俺の唄に合わせて踊ってくれ」






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