第23話 緊急メンテナンス
ふう、と息をついて、忠政が髪からかんざしを引き抜いた。
「ずっと頭に何か刺さっているのもくたびれるのう」
「なくさないでよ。万が一、知らない人の手に渡りでもしたら一大事だ」
ヴォイドがはらはらしながら見守る。
一度凛の鈴懸の手に渡った、なんて知ったら卒倒するかもしれない。
「冗談じゃよ。なくさないように気をつけるからの、心配するな。それより、次のボスについてじゃが……」
ああ、と答えて、ヴォイドは端末に地図を表示させた。
現在地の赤い点が、バッコーネの街と次の「トリネシアの街」の間に表示されている。
「さっき出発したのが、この10番目の街バッコーネ。次の中ボスは19番目の街にある『プンスコ城』で待ち構えている」
「いちいち街の名前が覚えにくいな。俺が古い人間だからかもしれないが」
小次郎は目を凝らして端末を眺める。「トリネシア」や「マヌジュ」といった街の名前がかな文字らしき記号で表示されているが、全く読めない。
「覚えづらいのは小次郎さんだけじゃないよ。でも、法則さえわかれば割と覚えられるかな」
ヴォイドが2本指で地図を縮小した。
ミヤビタウンからミヤコタウンまでの道のり全体が端末の画面に表示される。
「それぞれの街には元ネタがあるようだ。ミヤビタウンは江ノ戸、オディンバラは小田ヶ原、バッコーネは箱根山。現実世界の街と、ゲーム内の地名が一致している。そして、俺たちが今進んでいる街道はおそらく『東海道』がモデルになっている」
「とうかいどう」
小次郎はおうむ返しにつぶやいた。
小田ヶ原や箱根山という地名自体は知っている。位置関係を頭の中に描くこともできる。しかし、小次郎の生きていた時代にはこのような街道や、にぎわう宿場町はなかったはずだ。
端末に猫耳の形の影ができる。
後ろから忠政が端末を覗き込んでいた。
「知らないのも無理はない。東海道五十三次が整備されたのはわしらが死んだずっと後のことじゃからの。整備したのは、『
「そいつには会えるのか?」
「いや」
ヴォイドが首を振る。
「もとはプンスコ城下の茶屋にいたようだが、ラックローの街かどこかの茶屋に異動になったらしい。善川室康といえば、日本で一番有名な将軍だ。中卒の俺でも知っている。URキャラだから、めったに会える人物じゃない」
URということは、忠政が最初に降ろした霊魂のうちのひとりだろうか。
小次郎が尋ねようとしたとき、ヴォイドの端末に通知が表示された。
運営からのお知らせ~緊急メンテナンスについて~
「メンテだって?」
端末を取り上げてお知らせを読み始めたヴォイドの表情が、次第に険しくなっていく。
「重大なバグが起きて1時間後から緊急メンテナンスが入るらしい。重大なバグってなんなんだ。Tmitterでだれか言ってる人いないかな……」
「ヴォイドよ!」
忠政が突然ヴォイドの両肩を掴んだ。
ヴォイドがぎょっとして目を見開く。
「な、なに?」
「これは勝機、いや商機じゃ! 運営は隠蔽体質なのか、バグの詳細を告知しなかった。じゃが、知りたいと思っているプレーヤーは多いはず。つまり、おぬしが情報収集してまとめて動画にすれば、それなりに伸びるはずじゃ!」
「そ、そうかもしれないけど……」
ヴォイドが身をよじって忠政の手を引きはがす。
「運営が公表してないんだろ。だったら、正確な情報が得られるとは思えない」
「それでよいのじゃ。まとめ動画というものはたいがい適当なものじゃ。『メンテナンスの真相は? 調べてみた! 調べてみましたが、わかりませんでした。いかがでしたでしょうか』みたいな構成でよい。『今後新しい情報が告知される可能性があります』のような但し書きさえあればなんでもありじゃ」
「そ、そうかな」
ヴォイドもだんだんその気になってきたようだ。
「でも、どうせ動画を出すならちゃんとした情報を視聴者に届けたい、かな。よし、やってみよう」
まずはTmitterと掲示板で情報収集して、一応運営にも問い合わせて……。ヴォイドがぶつぶつ言いながら端末にメモを始めた。
心なしか、小次郎の目にはいつもよりヴォイドが頼もしく映った。
「じゃあ、メンテ入ることだし、今のうちにちょっと一服……」
ヴォイドがガチャ用の魔法陣を取り出す。
前言撤回。やはりヴォイドはヴォイドだ。
ヴォイドが新しい絶叫ガチャ動画を撮影している間、小次郎はヴォイドの端末で動画を見ていた。
ヴォイドの動画は、最初の絶叫動画が90回再生、ドッキリ動画が150回再生程。登録者はいない。
多いのか少ないのかはよくわからないが、おそらく少ないのだろう。「おすすめ」として流れてくる動画についている数字は、ヴォイドの動画より3桁か4桁多い。
なかなかうまくいかないものだな。
小次郎はため息をついて、そっと端末を伏せた。
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