第100話 地獄への門は徳ポイントで閉じる

「まずはその槍をしまえ。わしも悪霊になってしまうじゃろう」


 小次郎は長槍をおさめなかった。忠政は珍しく、小次郎の質問に答えてくれる気らしい。逆に言えば、小次郎が聞かなかったことには答えないつもりだろう。


「西条厄重は兄上が地獄の住人であると言ったな。だが、俺には兄上が地獄へ落ちるような人間にはどうしても思えない。兄上はなぜ成仏できなかったんだ?」


 小次郎が尋ねると、忠政は静かに口を開いた。


「わしが悪霊になったのは生への未練が強かったからじゃ。最初はわしも成仏するはずじゃった。地獄への門が開いたのは、ゲームプロデューサーの塩野谷に出会ってからじゃ。降霊術を用いた人間は・・・・・・・・・・必ず地獄へ落ちる・・・・・・・・。そのことわりをわしは知らなかった」


「降霊術を用いると地獄へ落ちるだと? この時代のゲームプロデューサーはみな降霊術を使っていると聞いたぞ」


「全員ではないがの。連中もいずれ地獄へゆく定めよ」


「では、4人の霊魂を降ろした兄上も、初めて降霊術を使ったという塩野谷も……」


 忠政は黙って長いまつげを伏せた。


 問題は小次郎が思っていた以上に深刻らしい。


「なぜ地獄の存在を俺に隠していた?」


「地獄の霊魂もゲームに存在すると知ったら、おぬしは祈ることを拒否すると考えたからじゃ。実際そうじゃろう。おぬしは西条厄重を地獄へ戻すことを嫌がった」


「あたりまえだ。人を好き好んで地獄へ落とす人間がいるものか」


 忠政はうつむいたままちらりと小次郎を見上げた。


「のう、小次郎よ。徳というのは非常にやっかいでの。ポイント制みたいなものじゃ。徳を積んで成仏するのは面倒じゃが、降霊術のような『悪事』を働けばひといきに積み上げた徳を失ってしまう」


「……何が言いたい?」


「おぬしはもう少し自分の行動について考えてみよ。よいか、霊魂を天界にせよ地獄にせよ、『あるべき場所』に戻すのは徳を積む行為。では逆に、地獄にいるべき霊魂を悪霊として野に解き放つのは徳を失って地獄落ちになる行為じゃ」


 忠政の言葉の意味を理解して、小次郎は背筋が凍った。「鬼首切」を握る手が震え、忠政の首から一筋の血が流れ落ちる。


 先ほど、忠政は西条厄重を悪霊として解放した。忠政は地獄落ちに等しい行為をしたわけだ。しかし、あのとき忠政が動かず、単に小次郎が祈りを拒否していたのなら……。


「俺も地獄へ落とされる可能性があったのか」


「そういうことじゃ。わしがちまちま積んできた徳ポイントもあれで失効してしまったわい。ま、わしはもともと地獄行きの人間じゃから、あまり関係ないといえなくもないがの」


「ではそれを知ってしまった俺は、今後地獄の霊魂にも祈りを捧げなければ地獄行きとなってしまうということか」


 忠政は笑うような、悲しむような顔をして目を細めた。


「知りたがりは罪よのう。さあ槍をしまえ小次郎。間違ってその手でわしの首をすぱっとやってしまえば、おぬしは地獄行きになるぞ」


 小次郎はおとなしく槍をおさめた。彼は青ざめていた。

 地獄へ行くのは無論嫌だ。しかし、自分で霊魂を地獄へ落とすのも嫌だ。


 顔色の悪い小次郎を見て、忠政は優しく言った。


「方法がないわけではない。今後地獄行きの霊魂を見つけた場合は、わしが・・・その霊魂を斬って悪霊として野に放つ。そうすれば、おぬしが霊魂を地獄へ落とすこともないし、おぬしの徳は失われない」


「だが、それでは兄上の徳が失われてしまうのではないか」


 忠政は目を弧の形にして笑った。


「わしの『悪行』ポイントはカンストしておるからの。どうせ地獄行きになるのじゃから変わらぬ。それから、わしは地獄で会いたいやつがおるのじゃ」


「塩野谷か」


「なんじゃ、今日はやけに冴えておるの。そうじゃ、わしは塩野谷に会いたい。じゃが、現世でまだやることがある。塩野谷と約束したのじゃ。じゃから、まだ死ぬわけにはいかぬがの」


 小次郎にはまだ聞きたいことがあった。

 忠政と塩野谷は恋仲だったのか、ということだ。鈍感な小次郎が気づくほどに、塩野谷の話をするときの忠政の表情は切なくはかなげだった。


 だがそれを尋ねるまえに、倒れたヴォイドが「ふわあ」とあくびをした。


「ヴォイド、目覚めたんだな」


「むにゃむにゃ。俺はこんなところで寝ていたのか」


 ヴォイドが目をこすりながら起き上がった。


「最近徹夜で動画制作をしていたから疲れていたのかもな。わ、忠政さん、首から血が出てるよ」


 ヴォイドがあたふたしながらポーションを取り出して忠政の首にかける。傷口がみるみるうちに塞がった。


「すまんの、木の枝がかすめて切れてしまったのじゃろう」


「もう、びっくりさせないでくれよ」


 忠政は笑ってフードをかぶり直した。


「さあ、出発じゃ!」


「ああ。でもふたりとも、ちょっと待ってくれるか、なんだか無性にガチャを回したい気分なんだ」


 ヴォイドは何だか憑き物の落ちたような晴れ晴れとした顔をしている。実際に憑き物は落ちたのだが。

 小次郎と忠政は顔を見合わせた。


「この間まで『俺には感情がないからガチャなんて回さない』と言っていたのに、えらい変わりようだな」


 ヴォイドは恥ずかしそうに笑って頭をかいた。


「あのときはどうかしてたよ。やっぱり定期的にガチャを回さないと落ち着かない体なんだ。そうだ、せっかくならガチャ動画を撮ってYouCubeに投稿しよう。これからは人を笑わせて幸せにできるようなコンテンツを作りたいからな」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る