第9話 にゃんにゃんチュートリアル

「そ、それはちとまずいのう」


 忠政が慌てたように言った。


「怖いのか? バグ利用はRTAの技だ。痛いこともないし、時間もかからない」


「怖いわけでは……そうじゃ、怖いのじゃ。わしは高いところが苦手での」


 忠政にも怖いものがあったのか、と小次郎は驚いた。

 幼い頃、父や竹富清次に肩車されていたときはたいして怖がる様子も見せていなかったが、そのくらいの高さでは平気だったということだろうか。


「なるほど、だとしたらバグは使わない方がいいな」


 ヴォイドはあっさりと引き下がり、着ぐるみを脱ぎ始めた。

 赤と黒を基調としただぼっとした衣装で、足には包帯を巻き、両手にはごてごてしたグローブをはめている。


「歩いていくとなるとそれなりに時間がかかるはずじゃが、ヴォイドは平気なのか?」


「何が」


「配信とか仕事とか、忙しいのではないか?」


 忠政が尋ねると、ヴォイドは少し顔を赤くして「問題ない」と言った。


 ヴォイドが着ぐるみをウエストポーチにしまう。あきらかに着ぐるみの方が大きいのに、するりとポーチに収まった着ぐるみに小次郎は興味津々だった。


「それ、どうなっている?」


「これか? ただのポーチだ。小次郎さん、あんた本当に何も知らないのな。何かのバグだろう。大変だな、あんたも。なあ、忠政さん」


 毛づくろいをしていた忠政が顔を上げる。


「なんじゃ?」


「小次郎さんに初心者プレーヤー向けのチュートリアルをしてやったらどうだ? キャラには全員プログラムされてるんだろう」


「おお、それは名案じゃの!」


 ちゅーとりある、ってなんだ? 小次郎が尋ねる。


「まあ、この世界の手引のようなものじゃ。一度しか説明せんから、しっかり聞いておれよ小次郎」


 ――「眷属彼女♡オンライン~最強のトレーダーを目指して~」へようこそにゃ!

  ご主人様がスポーンしたこの世界はモンスターの跋扈ばっこする「ヒノモト」という土地にゃ。

  ひとつひとつ説明するので、聞き逃すと、にゃ~、だにゃ!


 ――あ、早速モンスターが現れたにゃ! あれは「うさぴよ」というモンスターにゃ!


 ――まずは戦闘についての説明にゃ。

  バトルフィールド、展開にゃ!


 ――下に表示されているのが攻撃の順番にゃ。


「なにも見えないぞ」


「小次郎さんはキャラクターだから戦闘画面が見えないんだろう。気にしないでいい」


 バトルフィールドの外からヴォイドがアドバイスしてくれる。


 ――最初はご主人様のターンにゃ! 戦闘コマンドを選択して攻撃するにゃ!


「え、えっと、あの獣を斬ればいいのか?」


 前に踏み出してうさぎとひよこを足して二で割ったような獣を斬ると、獣の頭上に表示された赤い棒が白くなり、獣が光の粒になって消えた。残りの獣は2匹だ。


 ――にゃはー! 倒したにゃ!

  次は相手のターンにゃ!


 獣がぴょんぴょん跳ねてきて、小次郎のすねを蹴り飛ばした。


「痛って」


 ――うーむ、手ごわい敵にゃ。

  そうにゃ、バースト攻撃を発動するにゃ!

  2体まとめて蹴散らしてやるにゃ!


「こ、こうか?」


 剣を横振りにして斬りつける。獣2匹がぎゅんと燃え上がり、悲鳴を上げながらぷすぷすと煙になって消えた。かなり痛そうだ。

 この技はしばらく使わないようにしよう。


 ――やったー、全部倒したにゃ!

  さすがご主人様だにゃ!

  経験値とゼニを獲得したにゃ!


「……なにも変わらないが」


「ステータス画面も俺の方からしか見られないようだ。小次郎さんは今のでLv.2、ステータスはまあぼちぼちってところだな。あんたは俺と仮契約しているから、あんたが倒したモンスターのゼニやドロップ品は俺の懐へ入るようになっている」


「え」


「まあまあ。後で強い装備買ってやるからさ。あんたと忠政さんが倒した敵のゼニは全額あんたらに還元しよう。約束する」


 ――お次はお金についての説明にゃ。


「おっと、これは俺の出番だな」


 ヴォイドが立ち上がって、ウエストポーチを開けた。





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