第104話 その手は桑名の焼きハマグリ

 真っ黒な光線がまっすぐ小次郎に迫る。感じるのは、強い「負」の気。


 小次郎は思わず近くにあった姿見で魔法を防いだ。

 瞬間、両手に強い衝撃を感じる。


 光線は姿見の表面で跳ね返り、ぎょっとする太宰に向かって飛んでいき――。


「うう……」


 魔法にあてられた太宰は膝をついてうめいた。

 小次郎は姿見の脇からおそるおそる顔を出す。


「うう……」


 太宰は畳に手をついて布団まで這いつくばっていくと、もぞもぞと掛布団の中に入り込んだ。


「まさかあやつ、自分で自分の魔法にあたって【どんより】状態になったのではないかの」


「うう……もう僕にかまわないでくれ……はやくどこかへ行ってくれ」


 布団の中からひょっこりと太宰の手が出る。手には黄色い紙が握りしめられていた。


「通行手形だ。もらっていいのか?」


 ヴォイドがそっと布団に近寄って、通行手形を受け取った。敵は攻撃してくる様子はない。


「完全に戦意喪失しているようじゃの。かわいそうに、鬱はなかなか治らんじゃろうになあ」


 3人は通行手形を持って城を出た。


 太宰茂寒とマザー・クリボーを引き合わせたらどうなるだろうか、と小次郎はふと思った。もしかしたら、とてつもない化学変化が起きるかもしれない。

 同じ街にいるのだから、ありえないことでもないだろう。


「何をにやにやしておる、小次郎」


 忠政が小次郎の背中をつつく。


「に、にやにやなどしていない」


「何かよからぬことでも考えておったのじゃろう。のう、ヴォイド」


 ヴォイドは歩きながらぼんやりと空を眺めていた。

 忠政に肩を小突かれて我に返る。


「ごめん、聞いてなかった。なんか言ったか?」


「まったく、おぬしはもう少ししゃきっとせい」


 忠政が笑う。

 ヴォイドもあごをかきながら笑った。


 次なる目的地は4つ先の「マルベリの街」にある「マルベリ城」だ。東海道五十三次では42番目にあたる。


 距離もわずかなため、その日のうちにボス攻略までしてしまうことになった。


 3人は走って街道を進んだ。

 街道の終点である京の街「ミヤコタウン」も近いためか、道中に湧くザコモンスターもかなり強化されている。


 あまり敵と戦闘はしたくないのだが、「アナモグラ」や「背後サソリ」といったステルスで近づいてくるモンスターも増え、先頭をうわの空で走るヴォイドが次々にエンカウントしてしまう。


 当初の予定より2時間ほど遅れて3人は「パラスの街」に到着し、そこから渡し船を経由して目的地である「マルベリの街」へ入った。


 マルベリの街は他の街に比べて比較的規模が大きく、旅籠はたごがずらりと並んでいた。


「まだ時間があるし、何か食べていこうか」


 ヴォイドが店の看板を眺めながら言った。


「何が名産なんだ?」


 小次郎が尋ねる。


「海産物だな。ハマグリが有名だ」


「ならそれにしよう」


 看板に「Hama Cafe」と書かれた店に3人は入った。

 店は寿司屋のようなカウンターと、個室に分かれている。


 店員NPCが奥からパタパタとやってきた。


「あの、3人なんですけど」


 ヴォイドが声をかけると、NPCはにっこり笑って、


「ヴォイド様ですよね。お待ちしておりました」


と言った。

 3人は顔を見合わせた。


 奥の座敷の個室に通される。

 そこにはすでに見知った顔の先客がいた。


「あ、どうも」


 お茶をすすりながら待っていたのは、眷カノ運営KuJiLa社の社員、高橋くんだった。


「高橋さん⁉ なぜここに」


「あなた方を待っていたんですよ。どうぞおかけください」


 机は4人掛けだった。3人は高橋くんの向かい側に肩を狭くしてなんとか座った。

 NPCが3人分のお茶を運んでくる。


「なんでも好きなものを召し上がってください。今日は自分のおごりです」


 高橋くんが言った。

 ヴォイドはいぶかしげに高橋くんの方を見ながら、焼きハマグリを注文する。


「どういった用件ですか。またアイドル企画とか?」


 ヴォイドが尋ねる。高橋くんは首を振った。


「いえ、今日はお礼とお詫びに伺いました」


「お礼? 俺は特に何も」


下高井戸しもたかいど氏を活動休止に追い込んでくれたじゃないですか。あなたは今ソシャゲ運営界隈での英雄ですよ」


 ソシャゲ――特にクソゲーと呼ばれるゲームは、今までに何度も下高井戸に目をつけられてきた。

 下高井戸のせいで売り上げが落ち込んだり、サービス終了に追い込まれたゲームもあった。


「まさかイエロー・パンサーが下高井戸だったとは、自分も想像だにしませんでした。アイドル企画を潰したのはイエロー・パンサーですが、気づけなかった自分にも非がある。その謝罪もかねて今日は参りました」


「俺は気にしていません。いい経験をさせてもらったと思っています」


 ヴォイドが答えると、高橋くんはやや傲慢な表情で目を細めた。「当り前だ」とでも言いたげである。


「それだけを俺に言いに来たんですか」


「いえ、ヴォイドさんの近況も気になっていたのですよ。どうされているかな、と」


 そう言いながら、高橋くんの視線は忠政に向いている。高橋くんの牽制するような目線を忠政はふいと横を向いて受け流した。


「あの、ちょっと相談があるんですけど、いいですか」


 ヴォイドがぼそぼそと話し始める。

 まさかヴォイドに悩み事があるとは予想だにしなかった小次郎と忠政は驚いて耳をそばだてた。


「高橋さんはゲームクリエイターなんですよね?」


「クリエイターというか、まあゲーム会社の社員ですね」


「どうやったらゲーム会社の社員になれるんですか」


 高橋くんは少し目を丸くした。





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