第105話 俺、ゲームプロデューサーになりたい

「ヴォイドさんはゲーム会社に入りたいんですか?」


 高橋くんが尋ねる。

 ヴォイドは少し伏し目がちになってもじもじした。


「そうかもしれないです。俺より全然年下の高橋さんに相談するのも変かもしれないけれど」


「夢を語るのに年齢は関係ありませんよ。ヴォイドさんはどうなりたいんですか」


「どう、とは」


「イラストレーターや脚本家になりたいのか、プログラマーになりたいのか、それともディレクターやプロデューサーになりたいのか」


 波のように押し寄せる横文字にヴォイドは気圧されているように見えたが、しばらく考え込んでから「やっぱりゲームプロデューサーになりたいです」とつぶやいた。


「なら会社に所属した方がいいですね。就活をされてみては?」


「中卒でも入れるんですか、ゲーム会社って」


「ヴォイドさん中卒だったんですね。じゃあフリーのクリエイターになってゲーム制作にかかわるか、起業でもしない限りは難しいかもしれないですね。昨今のゲーム会社は小規模なところでも大卒か専門卒しかとらないところが多いですから」


 そうですか、と言ってヴォイドは悲しげに下を向いた。


「でも、道がないわけではありません。最短でゲーム職に就くなら、今から高卒認定を取って大学かゲーム系の専門学校を出るという道もあります。まあゲーム会社への就職は倍率が高いので、相当ゲーム好きで、ゲームの知識がなければ入れないと思いますが」


「でも、俺今年で30歳なんです」


「ストレートで進学してきた人よりは茨の道かもしれませんが、30でも遅すぎるということはないと思います。根性と熱意があれば、の話ですけど」


 最近ヴォイドがぼーっとしていたのは、自分の進路について考えていたためだったのだ。


 ヴォイドは良くも悪くも、自分の将来のことなど考えたことがなかった。夢について熱く語るのは漫画の主人公だけだと思っていた。


 しかし、高橋くんの言葉で、一筋の光が見えたようだった。

 ヴォイドは顔を上げた。


「俺、ゲームプロデューサーになりたいです」


「もちろん狭き門ですよ」


「それでもいいです。ニートもYouCuberも悪くないけど、俺はゲームを作りたい」


 ヴォイドの瞳に光が宿った。


 なぜヴォイドがいきなりゲームプロデューサーになりたいと言い出したのか、小次郎にはまだわからなかった。


 高橋くんは肩をすくめると、ポケットから名刺を取り出してヴォイドの前に置いた。


「なら、今から自分とヴォイドさんはライバルです。自分もゲームプロデューサーを目指す身ですからね。敵に塩を送るような真似はしたくありませんが、一度だけなら協力します。これは自分の連絡先です。高卒認定と受験のための家庭教師くらいならやりますよ。もちろん有償でですけどね」


 ヴォイドは目を輝かせて名刺を受け取った。


「あ、ありがとうございます!」


「では、話も済んだことですし、失礼ですがヴォイドさん、一度退席していただけませんか。No.1503たちに話があるので」


 No.1503は忠政のキャラクターナンバーだ。

 ヴォイドは首をかしげる。


「忠政さんたちに話? 彼らはキャラクターですよ」


「いろいろやることがあるんですよ。アップデートとか」


「ああ、なるほど」


 ヴォイドは勝手に納得して、ちょうど店員が運んできたハマグリの皿を熱そうに運びながら、カウンター席の方に移動した。


 ヴォイドがいなくなったのを見計らって、高橋くんは顔をゆがめた。


「キャラクター消失バグはやはりお前の仕業だったんだな、No.1503」


「はて、なんのことじゃ」


 忠政は涼しい顔でハマグリをつつく。


「ヴォイドさんの行動ログを調べていたら発覚した。毎回街を出る前に北の森林へ寄っているだろう。あんなところに地蔵があるなんて知らなかった。地蔵とキャラクターが紐づいているということもな」


「たまたま地蔵を見つけたから祈っていただけじゃ。わしらは信心深いからの」


 忠政はなおもしらばっくれる。

 一触即発状態のふたりを小次郎がはらはらしながら見守っていると、高橋くんが急にこちらを向いた。


「お前、No.1504はどこまで知っているんだ?」


 小次郎は慌てた。高橋くんは小次郎を感情のないキャラクターだと考えて捨て置いてくれるものだと思っていたからだ。


「わ、わからないにゃん」


「演技はしなくていい。お前が記憶持ちの『バグあり』であることはもうわかっている」


「そ、そうなのか」


 猫のように丸めた手を下ろすと、高橋くんがしてやったりという顔をした。


「ぼろを出したな。やはりNo.1504も『バグあり』だったか」


 はったりか。気づいたが、もう遅い。


「小次郎をいじめるのはやめるのじゃ。小次郎から新しい情報は引き出せんじゃろう」


 忠政が涼しい顔をして言った。

 高橋くんは口を真一文字に結んで箸の先でハマグリの身を殻から外した。


「どうも、現代のゲームプロデューサーたちは裏で『降霊術』というものをしているらしい。最初は半信半疑だった。何度も調べた。しかし、『降霊術』について調べて行きつく先はいつも同じ。No.1503……いや市川忠政、お前と昔亡くなった塩野谷プロデューサーの存在だ。市川忠政、本当にこの世に降霊術なんてものはあるのか?」


「ああ」


 忠政は低い声で答えた。


「降霊術は存在する。よかったのう高橋くんよ。降霊術の存在に気づいたおぬしは、もう有名ゲームプロデューサーたちの仲間入りじゃ」




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