第87話 ヴォイド、物申す系YouCuberになる?

 「動画を編集したいからちょっと落ちるよ」と言って、ヴォイドはゲームからログアウトした。


 小次郎と忠政が餃子を食べたり散歩したりしながら待っていると、3時間ほどしてようやくヴォイドがログインした。


「小次郎さん、忠政さん、動画を作ったんだ。見てくれよ」


 タイトルは「下高井戸しもたかいどの真実」「下高井戸の過去の悪行」の2本。どちらも短い動画で、サムネイルにでかでかと赤い文字でタイトルが書かれている。


 動画内容は、ヴォイドが喋るのに合わせて黄色い背景に赤いちかちかした文字で字幕がつけられているだけ。淡々と下高井戸をけなしていくような内容だ。


「しばらくは動画制作に専念したい。ふたりはこの先の『マイマイザカの街』かその次の『ライアーの街』あたりで待っていてくれ。ゼニは十分に渡しておくよ。数日後にはちゃんと戻ってきて、また旅に協力するからさ」


 そう言い残して、ヴォイドはまたすぐにゲームからログアウトした。


「なんだか変わったな、あいつ」


 小次郎がつぶやいた。


「そうじゃなあ。アイドル活動を通じて大人になったのかもしれんのう」


 小次郎たちは端末を持っていないので、ヴォイドのYouCubeチャンネルを確認することすらできない。ヴォイドに連絡も取ることができない。


 仕方がないのでヴォイドの言う通り、先の街へ進むことにした。


 通行手形を使ってマママツの街を出て、街道に出ると、すぐに進むのに難儀した。


 ザコモンスターが強くなっている。倒せないほどではないが、倒すまでに時間がかかり、HPが削られる。これまではヴォイドとともに戦ってきたから敵の強化に気づかなかったのだ。


 いったんマママツの街に戻ってアイテムショップでポーションを買い込み、今度は万全の態勢で街道を進んだ。

 それでも時間がかかり、隣の「マイマイザカの街」へ進むのに半日を要した。


 マイマイザカの街は湖に面した漁港都市だった。

 湖は海のように広く、対岸がうっすら見える程度。向こう岸の街道へ渡るためには、渡し守に金を払って船に乗せてもらわなければならない。


「どうする小次郎。この街でヴォイドを待ってもいいが」


「いや……」


 小次郎の視線の先には、漁港の広場の人だかりがあった。

 一人のプレーヤーが高い場所に立ち、キャラクターをセリに出している。他のプレーヤーたちは周りの人間よりも高値をつけようとやっきになったり、見物人になって野次を飛ばしたりしている。


 眷属彼女オークションだ。小次郎が何よりも嫌いなものである。


「船に乗って次の街へ行こう。あんなもの見たくもない」


 ふたりは船着き場へ到着した。渡し場には大小数隻の船が並んでいる。

 渡し守を探していると、背後からふたりに声をかける者があった。


「小次郎様と忠政様でしょうか?」


「何者じゃ」


 忠政が刀を抜く。

 相手は船乗りの服装をしたプレーヤーで、終始きょろきょろと目を泳がせている。


「ひいいっ、刀をしまってくださいまし。私は一介の渡し守です」


「なぜわしらに声をかけた?」


「おや、おかしいですね。ヴォイドさんからおふたりを向こう岸へお連れするように仰せつかっているのですが……」


 小次郎と忠政は顔を見合わせた。


 ヴォイドがこの男にことづけたのだろうか。ヴォイドのことだから、小次郎と忠政に伝え忘れていたと容易に想像できる。


「そうか、刀を抜いたりしてすまなかったの。おぬしの船はどれじゃ?」


「あちらでございます」


 男が指さしたのは、比較的大きな船だった。複数人の船員が作業しているのが見える。船体も丈夫そうだ。


 小次郎と忠政は船に乗り込んだ。

 親切そうな若い船員が「お荷物をお預かりします」というので、ふたりは荷物と武器を彼に渡した。


「本日は小次郎様と忠政様の貸し切りでございます。明け方には到着いたしますので、どうぞごゆっくりお過ごしください」


 渡し守はふたりを船室に案内し、茶と茶菓子をテーブルに置くと、丁重に頭を下げて引き下がった。


「ヴォイドが船を用意するなんてな。あいつがそこまで気の利くやつだったとは」


 船が揺れて茶がこぼれそうなので、小次郎は湯呑に口をつけながら言った。


「ま、あやつはお金持ちじゃからの。教育の受け方が普通の人間とは違うのかもしれん」


 忠政が渡し守の置いていった煎餅せんべいをぼりぼりかじりながら笑った。


 船はゆっくりと揺れ、船員たちの話声や足音が船室の壁越しに聞こえて心地が良い。


 小次郎は船に乗るのは初めてだった。あとで甲板に上がってみようと忠政を誘おうとしたとき、強い眠気が小次郎を襲った。


 忠政もどこかうつらうつらとしている。

 小次郎はテーブルにつっぷすと、そのままぐうぐう眠った。





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