第40話 クソゲーあるある、難易度調整がおかしい

「うわ、なんじゃこれは!」


 忠政が顔にへばりついたアケロンバットを引きはがす。

 はがしてもはがしても次のアケロンバットに襲われて、ついに忠政は後ろ向きにひっくり返った。


 忠政の片足が溶岩に接触し、じゅっと音を立てる。


「兄上!」


 小次郎はバギーちゃんから降りて忠政に駆け寄ろうとしたが、アケロンバットたちが邪魔で近づけない。


 小次郎に攻撃しようとしているアケロンバットは、バギーちゃんが噛みついて退治しているが、忠政は丸腰だ。


「畜生!」


 忠政に群がるアケロンバットに弓を向けた刹那、大量の矢が降り注ぎ、忠政の周囲のアケロンバットたちを射倒した。


「おいおい、初級プレーヤーがこんなところで何してんだ?」


 見上げると、洞窟の岩場に上級者らしきプレーヤーが数人弓を構えて立っていた。


「お前たちは?」


 小次郎が尋ねると、プレーヤーたちは自分の頭上を指さした。

 プレーヤー名の後ろに、Lv.131、Lv.136など表示されている。


「俺らは普通のパーティーだよ。あんたら、レベル100もないのによくここに挑もうとしたな」


「助けてくれたのか。礼を言う」


「別にいいけどよ。まあ俺らも初心者の頃は同じミスやらかしたしな。あんたらにこのダンジョンは無理だ。さっさと死に戻りしな。じゃあな」


 パーティーはそう言って洞窟の奥に消えた。

 一行の後ろには、明らかにプレーヤーではない女がふたり同行しているのが見えた。


「あの女子おなごらもわしらと同じ、眷属彼女になったキャラクターじゃろう」


 忠政が左肩を押さえながらよろよろと立ち上がった。


「兄上、深手を負ったのか?」


「いや、じゃが状態異常デバフがついてしまった。しばらく隠れて休ませてくれ」


 ふたりはバギーちゃんを連れて岩陰に身を潜めた。

 

 忠政についたデバフはふたつ。「やけど」と「出血」だった。

 どちらも、常にHPが減少し続ける。


「さっきは誰が助けてくれたのじゃ? わしはポーションを飲むのに必死でわからんかったぞ」


「普通のプレーヤーだ。もう行ってしまったが、眷属彼女を連れていた。しかし……眷属彼女と契約しているような連中でも人を助けたりするのだな」


「当り前じゃ。この世界ゲームにいるのは大抵が普通の人間じゃ。おぬしの考えているような悪人も、人を手助けするような普通の人間も、ゲームを遊んでいるだけ。眷属彼女と契約するのは当然の権利じゃからの」


 そう言って、忠政は顔をしかめると新しいポーションを飲んだ。

 見た目以上にデバフは強力らしい。


「この様子じゃと、常にポーションを飲み続けなければ死んでしまうようじゃ。どうする、死んで街に戻ってもいいが……」


 ゲームで死んでも本当に死んでしまうわけではない。最後にセーブした場所に戻ってやり直すのだ。

 小次郎と忠政は自力でセーブができないので、最後に寝た場所「トリネシアの街」まで戻ることになる。少し遠いが、歩けない距離ではない。


 もちろん、ペナルティがないわけではない。

 死ねばそのダンジョンで手に入れた経験値やゼニ、アイテムは失うことになる。そして、そのとき装備していた武器や防具もだ。


「俺は死にたくない」


 小次郎はバギーちゃんの首に巻き付けられた「アホロートルの頭巾」を握りしめた。

 この頭巾はヴォイドと忠政にもらった大切なものだ。失うわけにはいかない。


「そう言うと思っておったぞ」


 忠政はにかっと笑う。


「ヴォイドではないが、作戦会議じゃ。まともにモンスター共と戦っていては、命が何個あっても足りん。最短距離でボス部屋へ行くぞ。わしはデバフが切れるまでろくに戦えん。わしがおぬしの盾になるから、おぬしはアケロンバットたちを攻撃して道を切り開いてくれ」


「承知した」


 小次郎はバギーちゃんにまたがると、弓を忠政のポシェットにしまって長槍を装備した。

 槍は飛行特効ではないのでアケロンバットを倒すのには向かないが、追い払って道を作るには適した武器だ。


「行くぞ兄上。死ぬなよ」


「ああ、たぎってきたわい。一度おぬしと背中合わせで戦ってみたかったのじゃ!」


 ふたりは同時に岩陰から飛び出した。


 忠政がアケロンバットを引き付けておとりとなり、集まったアケロンバットを小次郎がバギーちゃんの上からぎ払う。


 互いの距離感を崩さないまま、ふたりは洞窟の奥へ駆け抜けた。


「兄上! 大事ないか」


「ああ、少し耳をかじられた程度じゃ。我ながらいい作戦じゃわい。このままボス部屋まで突っ走るぞ!」


 揺れるバギーちゃんの背の上で小次郎は体幹の筋肉に力をこめる。ぱよんぱよんと揺れる胸が邪魔だ。揺れるたびに胸の付け根が痛むせいで、HPが若干削られている気もする。


 これも一種のデバフではないか。そんな怒りも込めつつ、小次郎は長槍を高く振りかぶり、大きく振り回した。

  

「もうすぐじゃ小次郎。走れ!」


 ふたりと一匹はボス部屋の入り口の洞穴に転がり込んだ。

 しつこいほどまとわりついてきたアケロンバットたちの攻撃がぴたりとやんだ。


「ふう、命拾いしたの」


 忠政がポーションをぐびぐび飲みながら言った。


「さあ、どうだろうな」


 小次郎は洞穴の奥のボス部屋を見つめた。

 内部がどうなっているのかはまだわからないが、ボス部屋の方からは溶岩湖とは比にならないほどの強い熱気が漏れ出ている。


 バギーちゃんがピーと鳴いて後ずさりする。

 後方の洞窟からは無数のアケロンバットたちの羽音が聞こえる。


「ふむ、進も地獄、戻るも地獄といったところか。それじゃあ進むしかないの」


「ああ」


 小次郎は長槍から弓に持ち替えて、バギーちゃんをなだめながらゆっくり洞穴を進んだ。





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