エステーザ防衛戦1 やらかした
クラッシャーさんご夫婦の方に目をやると、おっちゃんの方がそれなりにボロボロだけどオーガ娘三人を相手に終始優勢に戦闘を繰り広げているし、姐さんの方もダークエルフの女とオーク2匹相手にほぼ互角の勝負をしている。
間違いなくあのお二人は元英雄クラスの冒険者だね。おっちゃん、まだまだ余裕ありそうだし、あのままにして置いたら二人で勝ち切っちゃうかもしれない。
ただ、人外の戦場に集まりつつあった双方の増援が、思い思いに手を出して戦線が徐々に拡大している最中だ。まさにパーティーはこれからだ、って所だけど、そちらに参戦したくとも、私達の方にもオーガ数匹、続々増加中の上、オークや雑魚共も集まり始めてカオスな状況に陥っている。
こちらの方にも冒険者やら壁外に配置されていた守備部隊の一部が集まってきている為、だんだんと収拾がつかなくなってきている。
私の始末を命じられた鈍足なオーガ達は私達に辿り着く前に、駆け付けた守備兵に補足されて、私達のかなり手前で楽しそうに守備隊といちゃついている。そこに追加であつまってきたオーガやオークとコボルド、ゴブリン、ファンタジー勢が後から後から戦いに参加する。
ぶっとい棍棒に吹き飛ばされる兵士や、脇腹を槍で突かれて肺の中が血で溢れて溺れ死ぬオーガ。そして流れてくる沢山の縁付いた魂達。
なんかお祭りみたいで楽しいね。
傍から見たら地獄絵図なんだけどね。
私にとっての戦場は整いつつある。これだけ彼方此方に新鮮な死体が転がっていれば、血を吸収せずとも十分だ。見た目で分かりにくい吸精だけで対応しても、魔法を使いまくれるね。
赤い人が私に後ろに回れとハンドサインを出してくるけど、魔法だけ使っていたんじゃ魅せられないでしょ。こういうのは派手なパフォーマンスがあってこそだよね。
本当なら大将を殺りたいんだけど、ちょっと今の状況からおっちゃん達に合流するのは難しいかも。何もかも無視して強引に行けなくもないけど、それで周りにけが人や死人が出たら流石に洒落にならないから。
考えていたら後ろから肩を引かれた。
「だから下がれと言っている。こちらにもそれなりの戦力が集まってきている。お前が無理をするような状況じゃない。」
「そもそも目的が私とアンタじゃ違うんだから、横からごちゃごちゃ言わないでよ。
とりあえず、兵隊さん達の援護射撃をしてからオーガに吶喊する予定だから、怖かったらそこで待っていていいよ?」
突撃してくるオーガ達を守備兵さん達がサイドアタックを掛けてくれたおかげで出来たわずかな時間で、スキル表をみて取得した魔法をトリガーワードもなしで完全にサイレントで起動する。
「
いやさ、今手持ちの術式じゃ微妙なアレンジしかできんし、元々この魔法を作った時はそれなりの効果を持たせていたんだけど、今回の転生に際して強力にデバフされてしまってね。
もちろん犯人は
まぁ、お陰で効果範囲の拡大と消費魔力や発動難度が低下して、サイレント起動させる分には大した負担にならなかったんだけど、欠点が利点を上回っている気がするわ。
目の前の兵隊さんや冒険者たち、そしてあっち側のおっちゃん達に微妙なバフがかかったけど、気が付いたかな?
これだけじゃ兵隊さんへの援護にはとても足りない。慌てて再度スキル表に意識をやり、必死でこの状況に適当な魔法を探す。
「今何かやったか?」
うむ、なかなか鋭い赤い人。この人も効果範囲内だったし、私の護衛役として側に居るから今は戦闘には参加していない分、気が付けたのかな。
「ちょっとね。悪い物じゃないから、説明が必要なら後にしてくれない?」
私はそれなりに数の増えた、ソートもされていない乱雑なスキルのリストに意識をやるのに一生懸命で赤い人の解説役をする余裕はない。
「何かするなら、事前に前衛に合図を送ってくれ。私達は連携が取れる訳では無い。不意を突かれれば、それが味方の援護でも命を落とすきっかけになりかねん。」
確かにその通りやね。敵のどこかがただ光っただけでも一瞬気を取られれば、あのバカ力で振り回す棍棒の餌食になりかねない。
「了解だよ。」
余裕なく短く答える。
よく見るとリストにも調整が入ったのか、取得コストが増減していたりするから油断できない。まるでバグの多いベータ版をやらされているような気分になる。
「援護魔法、魔法の矢を連続で飛ばします!注意を!!」
忠告に従って大声で前衛の兵隊さんに合図を送り、リストを確認しながら時間でとりあえずアレンジ版の魔法の矢をどんどん飛ばす。我ながら器用な真似だけど、効果は捨てたもんじゃない。
戦場ではオーガやオークと言った大駒も必要だけど、雑魚と呼ばれるゴブリンやコボルドも歩の役目とでもいうのか、かなり重要になる。大物に気を取られている内に雑魚に囲まれてやられる奴も少なくないのだ。
その厄介者を私の「魔法の矢」は発動するたびに7匹ずつ確実に始末できるのだから、これは十分な活躍ではあるだろう。
赤い人も私が援護射撃をしたら突っ込むって言ったからか、これが援護射撃だと思ったらしくて、突っ込む為に身構えている。私に合わせて特攻してくれるつもりなんだろう。なんだかんだ言って良い奴やな。
ギャーギャー断末魔を上げる雑魚共を片っ端からかたずけるけど、次から次へとお代わりがやってくる。ただ、ビジュアル的には連続で切れ目なく戦場を飛び交う魔法の光球は目立つのか、味方の兵や冒険者からの反応は中々よろしい。
時折危ない動きをするオーガの後頭部に炸裂する光球に。味方に振るわれる寸前だった棍棒を弾き飛ばした光球に。
魔法の矢が飛び交う度に、こちら側の歓声や雄叫びが戦場に響き渡る。
底なしかと思えるほどの魔力量と、吸精による魔力の回復から繰り出される無停止の魔法の矢の連続発動。今確実に私が戦場の一部をコントロールしている。んだけど、私自身はリストを確認するのに一生懸命なんだよね。
なんか赤い人が隣で感嘆の声を漏らしているし。
「分かってはいたが魔法使いとは……、とんでもない奴らだな。愚かな事だがそれでも、単なる槍使いのこの身が恨めしくなる。」
「なんだって魔法をあんなに連発できるんだよ!」
どこかで黒いエルフが絶叫しているけど、御免、相手に出来ない、合いの手を入れられない。残念だよ。
そんな感じで調子に乗って、雑魚掃除をしていたらレベルアップのお知らせが
今までとは一味違った能力の上昇に、一瞬眩暈を覚える。レベル10、だったっけ。これ、レベルアップするごとに上昇するステータスの絶対値が多くなっているっぽいね。
ただここまでレベルアップしても、この世界の本当にヤバい奴らには手も足も出ないという現実があったりする。
私の枷が全部なくなってチート全開なら、何の問題も無いんだろうけどさ。
なにせ本物の神や邪神がフルスペックで降臨して暴れたり、それを打倒できちゃう冒険者が居たりする世界だからねぇ。ヤバさのラインが他の世界とはちょっと違う。
前にも言ったと思うけど、私の様な遠慮しぃしぃのチートでは、それほどこの世界に影響を与えることは出来ないと思う。
「これだ!」
探していた魔法がやっとリストの中から見つかった。
オーガに通用する火力で、周囲に影響を与えにくく、見た目派手な攻撃魔法。「精霊の槌」。
ターゲットの頭上から精神体への強力な打撃をもたらす光球を叩き込み、残存魔力がバックファイアーになり今度は大地から頭上に向かって光柱を作り出し、光柱内の敵に高熱によるダメージを与える攻撃魔法だ。
物理的な防御力が高い敵や精神生命体に打撃を与える事が出来、バックファイアーででも打撃を与える事が出来る強力な魔法ね。
2撃目のバックファイアーでも精神体に打撃を与える事が出来る、本来ならアンデット系統や不死者に効果を発揮する魔法だけど、オーガの様な脳筋で防御力が高く精神体が未熟な種族にも効果を発揮できる。
因みに
欠点はその消費魔力量と発動難易度。それと取得経験値もちょっと高い。いや、大分高い。初の10万点越えだよ。
発動難易度が高いという事は呪文による詠唱の補助や身振り手振りによる印を結ばなくては、今の私では発動は結構難しい。
そうやって自分を納得させて、魔法の発動に取り掛かる。
「前衛!赤!大きいのいくわよ!!」
一小節、一小節を丁寧に、魔力を込めて呪文を唱える。要所要所で両手を上げたり手の平で印を作り、最後に目に見えない何かを握る動作をして力一杯に振り落とす。
「
いつの頃だったか、どの世界だったか、どの
二人でノリで色々と悪ふざけしながら作った魔法だったけど確か、単体魔法の筈だから問題は……無いわよね。
万が一の巻き込みをさける為にあえて後方オーガをターゲットに定めた。
……それが功を奏した、みたいね。
私の解き放った攻撃魔法は一瞬でターゲットのオーガの精神体を滅ぼした後、大地を沸騰させ凄まじいバックファイアーを発生させて周囲のオーガを数匹、光柱に巻き込み、更に煮沸した大地や石畳が周囲に飛び散り一部蒸気化した岩石の影響で爆発が生じ、辺り一帯に大惨事を引き起こした。
辛うじてお味方に直接的な被害がいっていないのは、偶然以外の何物でもない。
戦場に飛び交っていた歓声や雄叫び、そして黒エルフの罵声は消え去り、辺り一帯を静寂と沸騰する大地の音だけが支配した。
やらかした。
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