エステーザ防衛戦4 分霊から見た戦況

 オーガ娘のシーラと個体わたしの戦闘は静かに激しさを増していく。2メートルはあるロングスタッフを小刻みに振るい、突きかかってくるシーラの攻撃を、躱していなして距離を取り、あるいは詰めて隙を作り出し、途切れなく魔法での攻撃を繰り返す個体わたし


 シーラや、こちらを気にしながら赤い人、確か第3王子だか第4だったか、名前はジラードだったかな。そいつと戦っているナギハは途切れることの無い個体わたしの攻撃魔法の連続行使に納得できていない様子で、ごちゃごちゃ文句だか悲鳴だかを上げながら必死になって戦線を維持している。


 同族の犠牲を積み上げながら。



 「だから、なんだって……こんなに魔法を連発できる。」



 「あり得ないでしょう!伝説に残る大魔法使いでも、1日に使える魔法の数は精々が20かそこら。20回目なんてもうとっくに40回目以上前に過ぎてるんだけど!?」



 それはね、個体わたしの使う魔法の体系や魔力の多寡、運用、その他がこの世界の物と根本的に違うからだよ。教えてはやれないけど勉強になったかな?ドレイン系統の術でリソースを回復しているしね。


 ま、でも可愛いもんだよね、ジルフィーもオーガ3人娘も。


 惚れた男の作戦を成功させる為、だったっけか。健気だよねぇ。あいつは見た目は兎も角、男じゃないんだけど。まぁ、男の役割も果たせるから問題ないのかな。その辺りの事、あの娘達知ってんのかな。あんまり関わっていないからわかんないんだけど、触れるのが怖いわね。



 あんまり死なせたくないけど、個体わたしはやる気になっちゃっているからなぁ。


 あいつにゃ悪いけど、これは流れに任せるしかないかな。見ているとつい手を出しそうになるからね。個体わたしには申し訳程度に分霊わたしを残しておいて、戦場全体を俯瞰できる位置に意識を移す。


 赤い人はナギハを攻めきれてはいないし、ナギハもこのままではジラードを討ち取る事は不可能だろうしね。


 第一あれは、戦士としてはまだまだ未熟だけど、腐っても神の槍の生贄だからね。そうそう簡単に始末できるはずもない。この世界も中々どうしてえぐいねぇ。


 おっちゃん達夫婦もジルフィーと、いつの間にか一匹増えたオーク3匹を攻略できていない。ま、当たり前っちゃ当たり前か。あのモブにしか見えないオーク3匹、ただもんじゃないからね。いかに化け物クラスの冒険者とはいえ、そうたやすく相手できるもんじゃない。


 そいつらをジルフィーがフォローしてるんじゃ、個体わたしが捨て身になっても、そう簡単に突破できないだろうさ。



 パッと見て主戦場は相変わらず、エステーザ東北部、魔の森の手前で一度包囲された秩序側の軍勢が、混沌側の主力とガップリ四つ組んで叩き合っている。東部の方でも同じように同程度の軍勢同士の殴り合いが続いていて、エステーザの外街に食い込んできた混沌の軍勢は明らかに他の軍勢と連携を取ってない。



 今まで何度も繰り返されてきた、隙をついて魔の森から余剰戦力が湧き出してきたって奴だね。毎回、これに対応する為に壁内の戦力は温存されているし、壁外にも大量の囮兼戦力が集結しているのがこのエステーザ。


 そう簡単に落ちるようには出来ていないはずだけど、あいつが悪だくみをしたんならこれだけで済むとは思えない。


 はてさて、何を企んだやら。



 個体わたしの兄妹達は、まぁ、今の所は何事も無いようで何より。無事であってもそうでなくても、分霊わたしにしてみればどっちであっても益があるから、一応気にはしているんだけど、ね。


 それはあの娘達も同様か。



 外街が戦になっているのに気が付かないで、まぁ呑気にジュースを飲んで兄二人と談笑している。兄二人は外が騒がしいのに気が付いているけど、シリルはよくわかっていないみたいね。


 ……普通に可愛いわね。端末、分霊わたしの心を普通に撃ち抜ける逸材だとは気が付かなかったわ。いや、今まで興味が無かったからよく見てなかったし……。


 どう成長するかは分からないけど、次についてくるなら連れて行ってもいいかもしれないわね。死ぬまでの間に決めさせましょう。


 流石に「精霊の槌」の炸裂音は無視できないと思うんだけど、そんな爆音の中でも我関せずなシリルは案外大物かも知れない。


 そんな彼女をさりげなく庇える位置にいる兄達。うん、十分にお兄ちゃんしているじゃないの、二人とも。


 あとで個体わたしにご褒美あげるように言っておかないといけないかもしれん。



 えっと、後は……ケリー達はどうなっているかな。



 あぁ……、ちょっとヤバいかもね。西側に避難途中に他の混沌勢に食いつかれてるわ。同行していたリーメイト支部長率いる部隊と一緒に必死になって戦っているけど、もしかしたら身内に死人が出るかな。



 ふむ、結構かっこいいじゃない。ダブルケリー。監督官やっていたケリーも全くの非戦闘員って訳じゃなかったみたいね。ゴブリンやコボルド程度じゃ相手にならないといったように蹴散らしてる。我らがリーダーのケリーも、ラットたち以外の敵とは初めてだろうに、なかなか小器用に立ち回ってるわ。



 とは言ってもなめてかかれる相手とは限らないんだけどね。ゴブリンもコボルドも。種族的な制限がどうしてもあるけど経験を経て年を重ね成長したゴブリンの戦闘力は、経験を積んだ一流の冒険者でも侮れないし、コボルドの中にはとんでもない実力を秘めた化け物もいるという伝説がこの世界にはある。



 ただのコボルドだと侮って一軍が滅ぼされたという話が、ある時期に集中してあったりするんだよね。最近その話を聞かないのは、そのコボルドに何かあったのかもしれないけど、さ。



 うーん、リーメイト支部長さん、やるじゃん。得物はサーベルかぁ……、らしいねぇ。戦う支部長さん、意外と渋いな。


 どうして、渋いおっさんってこうキュンっと来ると言うか下腹がうずくと言うか、惹かれるもんがあるんだろうね。ふぅ……端末わたしの人生経験の7割近くが女だからねぇ、意地が張れなければ目も当てられない事になりそうで困る。


 ちっ、脳の影響を受けない分霊わたしまで個体わたしの脳や今までの経験に引っ張られるとは……。


 勘弁してくれ、私は男なんだよ。うん。



 「ここは良い、お前たちは治療院へ向かえ!いいか、治療院で働いている、エリーという娘を守れ!あの子は人類の希望だ……。我が身に代えて守り抜く事が我らの勝利につながると知れっ!!」



 かっこいいねぇ。我が身よりもエリーが重要だという自分の言葉は違えるつもりは無いみたいね。戦力を半分近く、治療院方面に回したわ。


 事ここに至っても最低限、個体わたしの情報を口外しないのはありがたいけど、ま、これじゃ言っているようなもんよね。治療院で絶対に守らないければいけない対象がいて、この所腕のいい治療魔法の使い手が治療院で活躍している。


 どんなに考えの足りない人でも簡単にイコールで結ばれるわな。ただ、そこに気を使い過ぎて手遅れになったら意味がないから仕方ないかもしれないけどさ。



 本来はこの世界に存在しないはずの、端末、分霊わたしの影響を受け縁が付き運命がねじれた者たちの魂や感情が、戦場の彼方此方から分霊わたしを通じて魂の海に落ちていく。その度に強力な快感がこの身を走り同時に満たされていく。


 縁の薄い者たちですらこれだけこの身を満たすのだ。この地で縁を紡ぎ、結んでいった者たちであればどれほどこの身を満たすのか。


 それを端末、分霊わたしは知っている。個体わたしはまだ知らぬ。そしていずれ知る。


 端末わたしが神の端末として求められる役割は、自身では食う事すら出来ぬ神のカトラリーとしての役割。そのお零れに端末、分霊、個体わたしたちはあずかっている。同じ穴の狢なのだ。



 縁が濃ければ、発する感情が強ければ、そして私に向けられるものであれば、より強くこの身を焦がし満たす。


 たとえそれが憎しみであれ、快楽であれ、悲しみであれ、愛であれ。そして身内であれば更に縁は強く濃くなる。その魂がもたらす全てが端末、分霊、個体わたしたちを満たすだろう。



 一番縁の濃い者と言えば当然……。



 戦場の様子が変わってきた。どうやらあいつの悪だくみが結果を伴いつつあるようだ。ここからどう戦況が動くのか……、ゆっくりと見学させてもらおうじゃないか。



 分霊わたしと切れぬ仲である個体わたしに、今一度身を移す。


 さて、一番縁の濃い者と言えば……な。

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