命の値段 銭ゲバ治療士か仁術か

 どこかで見たかもしれない女の子の事はとりあえず置いておこう。なんか思い出せないし。何となく印象的な子だった気がするんだけどね。



 それよりも今回は個人的にはピンチ1つ陥ることなく、後半は蟻のドームに籠ってただ魔法を使っていただけのお仕事だった。正直、もう幾つかの山があって、私自身が蟻に手足を食われたり、胴体にかみつかれて群がられてしまったり、といったイベントがあっても良かったかもしれない。



 あぁ、いや、蟻に群がられるのは、最初の転生で何度も経験したから、もう十分かな。今世になってもその件についてはお腹いっぱいだわ。


 まぁ、私個人に限って言えば、盛り上がりに欠けるトラブルだったのは間違いない。魔法を使いまくったし、マジックアイテムも雨あられの様に使いまくったから多少のストレス発散は出来たけど、魔法剣を手に大暴れできなかったし、じっと我慢の子で山の中に埋まっていただけだったからね。



 たださ、包囲され命を危険にさらし続けた彼等にとってしてみれば九死に一生、食うか食われるかの間違いなく人生最大のトラブル一歩手前だったわけね。


 漸く切り抜けたとは言え、いまだにチョロチョロと遠距離から蟻が1匹2匹姿を現しては私の「理力の弾フォースブリッド」に狙撃されて吹き飛んでいる。状況が状況なだけに大きな声を出したりは、一部を除いてやらかしていないけど、漸く人心地が付いたらしい一部の者達が小声で会話を交わす程度には余裕が出てきたみたい。



 当然、負傷した者たちに応急手当を施している者達の中には、絶望的な表情で事に当たっている者もいるし、その周囲の人たちの顔も決して明るくはない。



 単純にその状況に思いが至っていない者たちが、一時的に気を緩ませているだけで、負傷者の現状を理解し始めると、そうやって弛緩してしまった者たちも、表情を一変させて顔を強張らせる。



 中には大事な人の状況を把握してしまい、泣き崩れる人もいる。



 今こそ、高位治療魔法行使者の出番、ではあるけど。んー、こういう場合どうなんだろう?




 一応、治療院やギルド、奇跡の御手たちの中での決まりだと、戦闘中や冒険中、自分のパーティーの仲間に対する無償の治療行為は当然の行為として問題視はされていない。


 決まりと言っても慣習的な物であって、法や何かで縛られている訳では無いけど。



 ただ、無分別に治療魔法を善意で施すわけにもいかないし推奨もされていない。大体のギルドや医院、寺院等で善意による、無償での治療魔法行使は禁止されているし、勝手に治療したら下手したら処罰の対象になる。RPGとかでいうなら辻ヒールってやつは禁止って事だね?


 それはただ単に、治療魔法や治療の奇跡がこの世界では貴重である、というだけの理由じゃない。まぁ、そこが根っこにあるのは確かだけど。



 とは言え、街中での魔法の使用を規制したり、街中での魔法の使用によって発生した被害に対して容易に処罰できない位に魔法使いを恐れて、忖度しているこの世界であるから、処罰と言っても大したものではないけど。


 精々が注意と、今後は気を付けてくださいよ、頼みますよってな懇願で終わりだ。



 一見報酬や対価に拘る、つまりは銭ゲバに見えるこの無料治療の禁止に関しては、前にも言ったけど、ちゃんと理由がある訳で。決してお金儲け第一主義の為に発生した話ではないのは当然理解している。


 貴重な治療魔法や奇跡をむやみやたらに行使しない事、治療魔法行使者等を保護する事。保護の内訳には権利も含まれているわね。そして、将来の治療魔法行使者を育成する為に必要だからって事なんだけどね。


 むやみやたらな魔法や奇跡の行使が、本当に魔法治療が必要な時事態を危機的な状態に陥らせてしまう事もあるし、治療魔法を強要されて、魔力の過剰消費で貴重な使い手を失う事もあり得る。



 というか、目の前で自分の大事な人が死にかけていれば、人は冷静ではいられない。普段は人格者であっても、どんな手を使ってでも、自分の思い人を助けようとしてしまうのは人の当然の性だよね。


 多分、秩序、混沌関わらず。


 その結果、暴力で脅し、立場を利用したり。あるいは人の善性や義理を盾に治療魔法行使者が無分別な治療を強要され、命を落とす治療魔法行使者も昔はチラホラいたって話だから、治療魔法行使者の身を守るためにも、安易に魔法を使えない理由も必要になる。


 彼らを守るための色々な決まりのうちの一つが、無料での治療行為の禁止なんだよね。ま、それ以前に治療魔法行使者の身元を明かさない、と言うのも大きな保護策の一つなんだけど。



 それに将来、自分が治療魔法の為に酷使され、搾取される、もしくは稀に貧しいものや立場の強いものに無料奉仕を期待され、それが人情的に、そして人として当然の行為だろうという押し付けがましい空気が世間にあった場合、これから先治療魔法を身に着けようと考える魔法使いがどれほどいるのだろうか。



 友達が傷ついているのだから、無料で治すのは当然だろう?


 弱者が病で倒れたのだから、お金お金言っていないで助けるのが人情ってものだろう?


 何故治療魔法を使ってくれない?お前は薄情な奴だな。お前は畜生にも劣る。犬や猫だって家族が怪我をしていたら心配して傷口を舐め合い、助け合うというのにお前ときたら。




 うん、今までの分霊わたしの記録がすっと頭に再生されてしまった。


 ……かかっているのは命だしね。緊急性も高いし、救命活動は迅速に対応しなければならないのも分かるから、こういいたくなるのはわかるんだよ。



 治療する側から見れば、皆おんなじ患者だけど、治療者にすがる側はたった一人の大事な人、自分の命だったりするわけだから、どういう理由があろうとも、魔力切れで無理をすれば術者の命が危ない状態だとしても、「あと一回くらい」、「あと一人くらい」、「ずっと文句も言わずに待っていたんだ、せめて俺だけでも助けてくれ」と平気で、いや、必死で縋りついてくるわけだ。


 必死で命を削って、その希望にこたえる事が出来たとしても、終わりが奇麗に行くとは限らない。



 必死で助けを求めた者達が、治療を受けた後、手のひらを反す事もあるし、今度は自分たちの都合を並べ立てて、対価を払えない正当性を述べたり、人には人情を盾に無償治療を要求しても、自分たちの仕事での報酬は正当性を主張して借りを返さない人などそこらへんにいくらでもいる。


 この世界ではどうかは分からないけど、他の分霊わたしたちは随分と嫌な目には合ってきているみたいだからね。お人好しは美味しく食べられて馬鹿を見る、シビアな世界が多いのよ、うん。


 元が日本人な分霊わたしたちの元々の常識は、全く通じないと思った方が良いわね。



 この世界、度々戦争が起きて大量に負傷者が出る。当然致命傷を受ける者たちも多く出てくる。その度に人情や友情、正義を盾に駄々をこねられても疲れるだけだし、思いやりを持って接する気にもなれない。割に合わない。

 



 あぁ、いや。個体わたしが割に合うかどうかはこの際関係ないよね。問題は私が気前よく無償で治療をしてしまう事が、回り回って他の治療士の迷惑になったり、後進の魔法使いに迷惑をかける事になり、結果的には魔法使いの育成に悪影響を及ぼす可能性があるって事なんだよね。



 たださ、黒山の中に隠れている魔法の砲台が巷で名の売れた生と死を司る女神である事は、当然彼らは察している訳で。


 そして目の前で、底なしの魔力を披露したばかりな訳だから、その気になればめがみであるなら、この場に倒れ伏している全ての負傷者を余裕で治療できてしまう事は理解しているでしょうね。


 今も止まらず、チョロチョロと近寄ってくる蟻に魔法をぶっ放しているんだから、傍から見れば魔力は底なしだし。


 第一既に、パップスの騒動の時にやらかしているから、私の底なしの魔力と戦争時に救った負傷者の数はそれなりに有名で、だからこそ色々と二つ名を付けられてしまっている。



 そう言う事情を置いといたとしても人情的にも援軍として助けに来たのに、怪我人をほおっておいて見殺しにするのはちょっと……。という気持ちも無い訳じゃないんだよね。



 まぁ、だからこそ人情に囚われて無償で治療するなって戒められているんだけどさ。


 本当にどうすべか……。



 私の正体が不明で、治療魔法の関しての情報が漏れていなければ兎も角、本当にこういう時に身の置き場がないわよね。



 短い時間で色濃く色々考えて悩んでいた私とは対照的に、族長さんは不発に終わった雄叫びに不満1つ表情にも声にも出さず、恋人らしきオーガ娘の怪我の様子を見ながら、素早く決断を下した。



 「女神様よ。どうもこの様子だと、我妻は血が止まらずそれほど時を置かずに冥府の門を潜る事になるだろう。


 同胞はらからを見捨てる訳にもいかんが、本来敵であるそなたにこれ以上助力を期待する訳にもいかんだろう。


 無償ではな。」



 妻って奥さんだったんだ。思わずええぇぇぇ!!って大声を上げそうになったけど、咄嗟に口を手で塞いで耐えた。もしかしたらオーガ娘の美的感覚ってゴブリンロードの外見は守備範囲内なのかもしれない。でも結構可愛い娘なんだけどね。もったいない……。


 族長さんの言葉に乗った訳じゃないかもしれないけど、話に乗り遅れたら困るとばかりに、リーダーさんも話に入ってくる。



 「あぁ、そうだな。まぁ、正当な対価を支払えるほど持ち合わせがある訳でも無いし、蓄えだってそれ程ねぇけどな。


 ま、爺さんはたんまり溜め込んでいるだろうが、爺さんに集る訳にもいかねぇ。



 戦闘時の臨時のパーティー仲間への特例とかよ、共闘者への情けでも良い。怪我を全部直してくれっていう訳じゃないけどよ。せめて最低限、歩けるように、とか出血を止めてくれるだけでいいんだ。


 各自、支払えるだけは支払うだろうし、足りなければ、多少は俺も出す。」



 「ふん、リーダーは大変じゃな。」



 「爺さんも出すんだよ。元はお前さんが切欠で持ち込まれた話だろうが。」



 「儂も巻き込まれただけなんじゃが、ま、道理よな。そこな娘にこれ以上背負わせるのも酷というものよ。


 義理は返したつもりじゃが、ここで見捨てるのは薄情だしの。それはあんまり良くない。多少は手助けしようかの。」



 何やら訳アリな部分をさらりと流すお爺ちゃん魔法使い。うん、これは巻き込まれると面倒くさい奴、で、その娘さんに見覚えあり。あぁ、何となく思い出してきた。



 うん、全力で知らないふりだね、これは。



 「あぁ、我らの方も、そちら側で使われている銀貨と金貨を持っておるし、正当な対価がどの位かは分からんが、宝石や魔宝石の類も幾つか手持ちにある。


 救ってもらえるのなら、それらを全て差し出してもいい。」




 蟻の包囲網を殲滅後、一言も彼等に声を掛けていなかった私に、即決で話しかけてきた自称誇り高いゴブリンの族長は随分と気前のいいことを言う。


 けどさ、圧迫しようが止血帯を使おうが止められない出血って戦場では致命傷な訳で。破れた大動脈を塞がなければそう遠くない内に失血死する訳で。



 そして致命傷の治療の正当な対価って、物凄い金額な訳よ。



 おそらく、この負傷者の半分はダンジョンから無事に生き延びる事が出来ても、致命傷の治療を受けられなくてダンジョンの外で死ぬ事になるわね。



 「対価を払ってくれるのはありがたいんだけどさ。致命傷の対価って腰が抜ける位高いよ?割り引いたとしてもあんたらに支払えるとは思えないんだけど。」



 「評価官がおらんのじゃから、その辺は女神さまの腹一つよな。なに、出血の酷い部分を一つ塞ぐだけじゃぃ。


 儂等は医療は門外漢じゃし、女神さまも自分で治療額の評価をしたことは無かろう?その資格ももっては無いだろうから、後はお互いが納得できれば問題なかろう?


 なに、後で問題になるようなら、儂にだまくらかされたと訴えて呉れりゃいい。儂の名は。」



 「ルドルフって言っていたわね。」



 そっか、あの治療額がいくらとか記録付けていた人ってちゃんと資格を持っている技術職の人なのね。多分、患者が治療費を吹っ掛けられないように、と治療魔法行使者が高額な治療費に難癖をつけられない為だとは思うけど、道理で一回一回の治療額がしっかり評価されていたわけだわ。



 「あぁ、女神さん程魔力に自信はないが、それなりに名の売れた魔法使いじゃ。そこそこ長生きしとるから、上にも顔が効く。


 本格的に問題になるようなら、金額の方も何とか対応して見せよう。そこまでする義理は、こん娘にもこ奴らにもないが、女神さんにはあるからの。」



 「私にはそんな義理を受ける覚えは無いわね。」



 「そのうちな。縁があれば話す事もあろうな。共闘し、命を救い合った義理もある。こ奴等ゴブリン共への治療も、どの道証拠が残るような事でもないからの。


 儂等は見なかったことにする。」



 「そうしていただけるのならば、感謝しよう。


 この恩は戦場であっても必ず返そう。」



 このゴブリン族長カッコいんだけど。


 長々と交渉や討論を重ねていては到底間に合わずに、一人一人命を落としていくこの状況下で、ちゃんと言い逃れっていうか理由と落としどころを作ってくれた族長さんとリーダーさん、そしてお爺ちゃん魔法使いに心の中で感謝の言葉を掛けつつ、やむを得ない雰囲気をわざとらしくアピールした上で治療の了承の返事をする。


 棒読みとでも言えば良いのか大根役者と言えば良いのか。ただ、私の本心は聞いていた彼等にも間違わずに届いたようで、皆苦笑を浮かべている。



 先ずは時間の無さそうな重傷者から順に。言い訳が立つように最低限の血止めと、ある程度歩けるように足回りの治療を。



 「ハッ!」



 天岩戸宜しく、籠っていた黒山の岩塊の部分を蹴り飛ばして、通路を作る。うん、急激にレベルアップしたお陰で肉体能力的にも見れるようになってきたわね。吹き飛ばされた岩の欠片が黒縄に絡め足られて、中空にとどまり、オブジェと化す。



 「馬鹿な……。」「オスのオーガと見間違わんばかりの力だ……。」「まさに戦女神よの。我が信仰を捧げるに十分な御方よ。」「ありゃぁ、間違いなく爺さんと似た様なバケモンだな。」「あん?儂なぞ彼女の前では子猫同然よの。女神の笑窪をみとりゃわかるじゃろ?魔法一つとっても儂じゃ相手にならんわい。」「かっこいい……おねぇさま……。」「ん……お、ねぇさま?……くぅ……。」「すげぇ勢いででけぇ岩の弾が飛んできたんだが……。あれにぶち当たったら即死間違い無しなんだが。」「おおぉ!流石は我らが女神よ。俺は改めで彼女への信仰を誓うぞ!」



 巨大な蟻よりも大きな岩塊を一蹴りで吹き飛ばした私を、ありえない物を見るような目で見つめた後に好き勝手お喋りを始める彼らを無視して、さっさと危ない順から治療を始めた。

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