ゴブリンの氏族

 好き放題、何も考えずに暴れるのなら、このまま岩陰から躍り出て、魔法剣に改造したショートソードを振るい、修羅を演じても良いのだけれども。その方が楽しいし。


 でもねぇ。


 普通なら見えない状態だと魔法を発動するのは難度が高くなる。というかある程度技術的な問題をクリアしなければ不可能に近い。ま、普通ならそうだけど、私なら岩陰に隠れたままでも目視しているのと変わらない位正確に術を起動させる事が出来る。


 見えるから、と言う理由もあるし、本当に見えなくても何とかするだけの理論も技術力も持っているからね。



 実際に段階を踏んで魔法を勉強し、実行してみればわかるけど、やっぱりある程度離れた術の発動点を目視しないで魔法を使うのはちょっとばかり難しい。


 ある程度慣れてきて感覚的に発動点を掴めるようになる人もいる。



 発動のポイントが点では無く線であったり面であったりする場合もある。だからなんとなくでこなせるようになる人もいるにはいるし、頭の中で位置関係が正確にトレス出来ていれば何とかならなくも無いんだけど、術によってはやはり目視による正確な発動点の設定が必須になる物もある。



 その辺をクリアするための術式や考え方、手段はいくつかあるのだけれども、どれも難易度が高いし、前提として魔力の制御力がある程度必要になる物も多い。



 そしてこの世界の魔法・魔術についての技術や知識はまだまだ発展途上であり、秘密主義、個人主義が災いして、発展するどころか一進一退、下手をすれば後退してしまっている分野も往々にしてある訳だ。


 神様まで実在し、人々と普通に交流する世界なのにね。



 そして私も秘密主義で個人主義、だからね。弟子をとっても全てを教えるつもりが無いのがその証拠だね。こら、そこ。個人主義の部分で鼻で笑うでない。個体わたしは兎も角、少なくとも分霊わたしはそうだったでしょうに。


 そしていずれはそうなるんだから、間違いじゃないでしょ。



 ま、結論で言ってしまうと、この世界の、少なくとも私が知る範囲内の魔法使いであれば、岩陰から隠れたまま、いわば目隠しをしたままで魔法を発動できる魔法使いは秩序混沌含めて存在しないという事になる。



 いや、神様が存在する世界なのだから、もしかしたらその辺に今の私と同じことぐらいであれば簡単にできる者もいるかもしれないけど、何処にいるかもわからない神様を考察に入れてしまったら、何もできなくなってしまうから、今回はその辺りは考慮しない。



 何が言いたいかと言えば、蟻共にどれほど思考力があるかは分からないけど、ここで態々術者である私が姿を見せる利点が、私が気持ちいいからという残念な一点を除いて、無いのだ。



 で、あるなら、術を連発する事に集中できる環境を維持し、可能な限り蟻共に攻撃を打ち込み続けた方が、現時点では良い、はずだ。



 個体わたしのおつむの情報処理速度は只人よりは優れている。優れてはいるが、それでも他の端末さんゆうじん達の様に量子コンピューター何台積んでるんだってなレベルの思考速度は残念ながら持ち合わせていない。


 このまま岩陰から飛び出して、乱戦に飛び込めば確かにそれなりに楽しいかもしれないけど、多分確実に魔法の発動のテンポが遅くなり、結果的に蟻共の殲滅速度が遅くなる。



 ここはじっと我慢の子だよ。と口には出さずに再び魔法石を取り出して魔力と術式を追加封入し戦場へ投下する。タイミングを合わせてファイアーボールを含め、爆裂系の術を幾つかテンポよく連続で起動する。


 サイレントで起動している上に、威力増して指向性もつけた上で連発しているから、まぁ魔力の消費は普通に起動するよりは激しいけど、そこらへんに補給ポイントが腐るほどあるから、魔力の点では問題はない。


 昆虫系だから赤い血は無くとも、体液はあるのでそれが血の代わりになってドレインが効果を発揮している。その上、残念な事に赤い血を持っている者達の死体も彼方此方に転がっているから。



 「お前さんか!?いや、違うな。援軍か?誰だ!誰かいるのか!?」



 お爺ちゃんな魔法使いが混乱から立ち直って、コボルドの術者を問い詰めるけど、直ぐに違うと結論を出して辺りを見回す。周りでお爺ちゃんを援護している人達も一瞬吃驚してから、お爺ちゃんの急な行動に少々混乱してる。


 まぁ、これだけの魔法の連発、普通なら一人の魔法使いが起こせるようなものじゃないからね。普通に考えれば、この場に数十人規模の魔法使いが岩陰に隠れている、と考えるかな。



 ただ、それでも術を発動させる時くらいは岩陰から顔を出すだろうから、とお爺ちゃん魔法使いの言葉を受けて人間種のPTの面々や混沌勢のゴブリンやコボルドが蟻共を警戒しながらキョロキョロしている。


 あ、ぁうん。こんな時に何だけど普段は邪悪で恐ろし気なゴブリンやコボルドも鳩が豆鉄砲を食ったような感じでキョトンとしていると意外とかわいいな。


 いや、ゴブリンはそれでもはっ倒したくなるけど、コボルドはギリ愛玩動物いけるっしょ。もうちょっと攻撃色を弱めてモフモフをプラスして、いや、ちゃんとお風呂に入れて毛皮の油を取ってあげれば。


 あと威嚇する顔つきをやめさせて、……うん、ちょっと可愛い服を着せてリボンを付ければ、ギリ。



 ギリ……いけるかな?ちょっと特殊な趣味を持っている人ならギリ可愛がれると思う。威嚇する際に口から溢れるよだれを何とかしないと無理かもしれないけど。



 発動位置を私の位置からダンジョン奥部にある岩陰辺りに設定して、そのポイントから拡声の魔法で私の声を出す。もちろん、私の位置を彼等にも悟らせない為に。



 人間種だからと言って、彼らが私に敵対するものではないとは分からない訳だし。なにせ混沌勢と思われる者たちと共闘しているのだから、どういういきさつがあって、今どうなってこうなっているのかが分かるまでは、一応、用心しておくに越したことは無いわよね。



 いやさ、これが全員敵でした。仕方ないから蟻と一緒に全部退治しました、で良いのなら考えるまでも無いんだけどさ、一応先に撤退した元赤たちはある程度事情を知っている訳で。


 そこで、誰一人救えず全部殺しちった、てへっってやる訳にもいかないでしょ。



 まかり間違って現場検証とかする事になったりして、彼らの死体を検分するような事になったら、恐らく魔法や剣で殺されたであろうことはすぐにわかるだろうし。


 蟻は剣も魔法も使わないからね。


 検死関連の情報は分からないし、残留魔力の検証についてこの世界で何処まで技術が発達しているのかは、個体わたしは未チェックだから。まぁ、無い、とは思うけど、私の魔法で殺された、と弾定位されて罪に問われないとも限らない。


 ダンジョンの中での出来事だし、まず確実に無いとは思うけどね。



 え?これで本当に彼らが秩序勢の裏切り者で敵だったらどうするかって?うん、その場合は、相手さんの出方にもよるけどさ。



 気が付かないふりしてダンジョン脱出まで行けるようなら、そのまま接触せずに消えればいいし、攻撃してくる様ならリーダーや事情を知っていそうな奴の意識を落として確保。その後そいつらだけを連れてダンジョン脱出かな。


 あぁ、確かに。とぼけられたら面倒よね。証明する方法も無いし。



 ま、今考える事じゃないわよ。噛みつかれそうになってから考えましょう。こういうことは元赤か支部長さんに丸投げするのが一番なのよ。



 人間同士の面倒くさいしがらみは、人間の中のえらいさんに任せればいいのよ。



 私のやりたい事はそう言う煩わしい事じゃないからさ。



 「援護する!このまま暫く周囲の蟻共へ攻撃魔法をばら撒く。巻き込まれないように円陣を組み機会が来るまで耐えて。」



 拡大され、拡散される私の言葉に面食らう魔法使いのお爺ちゃん、とコボルドメイジ。多分、自分の常識に無い魔法に思考がちょっとだけ停止しているのかもしれない。


 ただ、私の声と言語で、私が人間種である事、秩序側であろう事が彼等には伝わったはず。



 「マイノル!ワシじゃ判断できん、リーダーなら決断せい!」



 「あーもうこういう時だけいつも調子いいな爺さん!そちらさんはどうするつもりだ!?」



 呼ばれた30歳位のおっさんがハルバードっぽいポール武器を振るい、蟻を撃破しながら大声で吠える。あぁ、よく見ると前線張っている奴等、秩序勢も混沌勢も槍やなぎなたの様なポール系統の武器を使っている。



 よくよく考えればパップスの軍勢も皆スティレットを持ってはいたけど、メインウェポンは槍だった気がする。外回りに出ている冒険者達も基本は長物ぶら下げていたわね。


 あくまで剣はサブウェポンって事なんだろうけど、剣の方がかっこいいんだけどねぇ。



 ゲームや漫画とは違うって事なんだろうけどさ。私のオタク心としてはやっぱ剣が基本な訳で。いやいや、長物の方がリーチが稼げるし、化け物を相手にするなら威力も出るしで、役に立つのはわかるんだけどね。



 ま、長物は長物で長時間の混戦には耐えられないから、結局最後には剣に頼る事になるし。刃の部分が金属で丈夫でも柄の部分は大抵粘りがあって丈夫とは言え木製だったりするからね。力のかかり具合で案外簡単に折れる事もあるし。


 柄の部分まで金属だと、かえって簡単にひん曲がって役に立たなかったりするから余程丈夫な金属を選ばないとやっぱり長持ちしないし、そうなると当然重くなるから振るのもかなりの苦労がいる。


 その上値段も高くなる。



 うん、私の身長的にもやっぱり長物は向かないし、良いのよ、私はこれで。



 「ハッ!我らの前に姿を現さぬという事は貴様らもこの援軍に疑われておろう。素直に指示に従ったとて、先があるとは限らんぞ!?」



 おぉ、それよそれ。その部分が聞きたかった、けどそれは後で良いよ。矢継ぎ早に魔法石を再度投げ込んで、術を連発する。



 「あー、何でこの場にゴブリン達がいて、あんた達と手を組んでいるのかは、とりあえず今は置いておきましょ。


 相手はありんこ、秩序だろうが混沌だろうが奴らにとっては餌以外の何物でもないわ。」



 あぁ、このペースでやっていたら、折角買い込んだ魔法石の手投げ弾、今日だけで全部使い切っちゃいそうだよぉ。これ、一発限りの使い捨てだから魔法一発辺りのコストはそれ程安くないんだけど、小粒な物なら一個銀貨6枚から色々あったんで、ついつい買い込んじゃったんだよね。


 それでもこのタナトスに持ち込んだ、事になっている量のもう半分近くを消費してしまっている。当然ストレージの中には世界樹で買った分が全部入れてある。



 うちはちっちゃい子供がいるからね。子供達は触るなといっても触っちゃう生き物だし、私が持っている物、弄っている物にはどうしても興味が湧いてしまい、駄目だと言ってもついつい手にしちゃうのは仕方の無い事だから、塒には触られて困る様なものは置いていない。



 一応、悪い事が絶対に出来ないという環境も、正常な発育を促すのには向かないのかもしれないという考えの元、弄っても問題の無い宝石類を幾つかと魔力が完全に抜けてしまっている魔石を幾つか。



 それと、子供が親の財布からちょっとちょろまかすのは、ま、それも子供らしくていいんじゃないかという分霊かんとくしゃの考えの元、粒銀と銅貨が入れてある小箱を幾つか私の作業部屋と、修行の為の教室、あと私の私室に置いてあるくらいだけどね。


 今の所塒組はいい子達ばかりで、許可のない物には手を触れないし、お金にも手を付けていない。


 彼らが喜んで弄って遊ぶのは、以前に許可を出した魔法のランプと魔法の人形位なもので、その二つには私が上書きで耐久性を上げてあるから、子供が癇癪を起して3階から放り投げても傷一つつかないから、特に問題はない。


 早い所魔法の人形の数を増やさないと、あの子達がおままごとするのに不便だよね、って心配するくらいにあの子達は今の所悪さをしていない。



 おっかしぃなぁ、ガキなんざ親の財布からちょろまかすもんなんだけどって分霊わたしがぐちぐちいっているけど、それが本当の事だとしたら、個体わたしじゃ彼らの親代わりにはなれない、もしくはまだ成れていないって事なんだと思うけど。



 それとも、単に分霊わたしが捻くれているだけで、塒に居る子達が普通に良い子の集まりってだけなのかもしれないよ?


 って、言ったらそんなつまらない子供達じゃ育て甲斐が無いじゃないってまぁ、ひねくれているなぁ。



 まぁ、記憶も記録も閲覧できないからはっきりとは分からないけど。


 そういう子供がもしかしたら昔、分霊わたしに居たのかもしれない、とか個体わたしが言ったら分霊わたしが怒るだろうから、その辺りは指摘しない。



 思考がわき道に逸れていても、やる事は遅滞なく。ちょうど持ち込んだ半分の魔法石を投げ込んだ直後、何やら武器を振るいながら話し合っていたファイターなおっさんと長柄武器をぶんぶん振るっていたガタイの良い、ホブゴブリンに見える混沌勢のリーダーが漸く何やら合意に達したらしく、ファイターのおっさんが大声を上げる。



 「こっちにゃ怪我人が多くて、此奴らを連れて突破するのは到底無理な話だ。だからと言って見捨てる訳にもいかんし、蟻共は足も速い。


 ここで叩き切るしかねぇ。


 そちらさんが何者で、何人いるのかは分からんが、此奴らを全部片づけるしかねぇんだ。


 やれるのか!?」



 「我らも、貴殿らとこの場で争う気はない。同胞はらからをこの場に見捨てる訳にもいかん。こ奴らとここでこうしているのはただただ状況のなせる業よ。


 援軍に来られた貴殿にとって、我らは憎き相手であるかもしれぬが、この場この時は容赦願えれば恩に着よう。


 たとえこの後、正邪血を争う戦場の中で再開したとあっても、この恩を返すにいささかの疑いなしと、この場で我が名と我が血族の名誉にかけて誓う。


 我が名はガルモス。ゴブリン、ルガ氏族の長にてロードの域に達せし剛の者。」



 えっとぉ?え?ええっ!?ルガ氏族って言った?それって魔の森のゴブリン氏族の中でもそれなりに強力な氏族の一つだと思ったんだけど。なんでそんなバリバリな混沌勢の族長が、エステーザダンジョンのタナトスに出入りしているのかな?


 事前情報から考えて幾つか可能性があるにはあるけど。



 いや、今は考える時じゃないでしょ。



 混乱した個体わたしの思考を分霊わたしが強引に正気に戻してくれた。個体わたしの身を案じての事かと一瞬感動しかかったのだけれども、折角のいい場面で受け答えのリズムが乱れたら、見ている分霊わたしとしては場がしらけちゃうのよとのお言葉にがっくり肩を落とす。



 「貴殿の言葉とルガ氏族の誇りを信じよう。これよりこちらは姿を隠したまま、魔法攻撃に傾注する故、決して奴らの中に入り込まぬよう、死力を尽くして守り切れ!」



 意図的に声を低くして、男言葉を使う。もちろん今更な話だけど、一応、私の身元を誤魔化す一助になればそれでいい。


 手遅れだし、ならんとは思うけどね。



 「応!」



 短く力強く答える声に込められた意思には秩序も混沌も男も女も変わりはない。どちらも仲間を見捨てる訳には行かないと、必死で戦っている。


 こういう熱くなるのは大好きだ。


 最初の転生の時に端末わたしの根源に焼き付いて離れなくなったある場面が頭をよぎる。死んでたまるか、仲間を見捨てられるか、絶対に生きて帰る!そんな今世で聞いたものではない彼らの声が耳に蘇る。


 この手の話にありがちな、自分を見捨てて先に行け、という言葉も何度も聞いたあの頃の事が少しだけ蘇った気がした。


 今の……個体わたしには関係が無いはず、なんだけどね。





 結局、突破口がどうのこうのという話じゃなくなってしまったけど、見捨てていった者達が絶望に飲まれ生きながら蟻の餌になる所を積極的に見たいわけじゃないし。


 それはそれなりに感情的な食事としては美味しいのだろうけど、助けられるなら助けた方が良いよね。



 それに、どの道、悲惨な目に合う被害者が全くいなくなる訳じゃないんだから、分霊わたしもその辺は妥協してくれるでしょ。



 爆発音に惹かれてか、更に数を増やしつつある蟻たちの動向をレーダーで確認しながら、ストレージの中に入れておいた魔法石も取り出す。



 この調子だと、この前買ってきた魔法石は全部ここで使っちゃう様だね、と口の中でつぶやくと景気よく魔法石を3つ同時に起動して戦場に放り込む。



 今度は放り込まれた魔法石を魔法使いのお爺ちゃんが見つけたらしく、スッと私の隠れている岩陰に視線を送った後、信じられないというような表情を浮かべる。



 今までで一番派手な爆発音の後、ハッとした様な表情のお爺ちゃん。


 

 「この魔法の連発、巷で名を聞く女神様かぃ、生きている内に本当にそんな吾人に会えるとはなぁ。長生きはするもんじゃな。」




 「ほぅ、あの生と死を司るという噂のか!?我らも大した方をまた敵に回したものだな。だが今この場に限っては我らのお味方よな。


 勇ましき方と聞いておる。


 真に女神ならば、我らの信仰に値する神である事を願おう。なれば、我ら氏族の名を汚す事無く、仕える神を変え、今一度貴公等と肩を並べて戦えるかもしれんからなぁ。」



 そう笑ってゴブリンロードのガルモスさんが半分冗談だと言わんばかりにガハハと笑ってポール武器をまたぶんぶん振り回して蟻を蹴散らす。




 いやさ、ゴブリン差別をするつもりは無いんだけどさ、この世界のゴブリンもあれでしょ?人間種の女の子攫って苗床にするタイプなんでしょ?


 そういう者たちにあがめられる女神様って……なんか嫌だなぁ。

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