黒い山が出来上がる
姿を消さず、音も消さず。恐らく蟻にとって一番重要な臭いを消さず。これではいつまでも岩陰に隠れてはいられない。暫くの間は砲台宜しく撃ちまくっていられるでしょうけど、相手の数が違う。
それほどしないうちに私の位置は蟻にばれるでしょうね。そうなれば砲台を気取ってはいられなくなるけど、それまでは出来るだけ手数を増やして、殲滅速度を上げていく。
「世界樹」で仕入れた魔法石はもう残り少ない。そろそろ次の手を考えないといけないけどまぁ、焼け石に水だからなぁ。少しすれば手数が足りなくなるのは決定的だよね。
次に使えるのは、マジックリングの類かな。早々に切り札にするつもりだったリングを使う羽目になるとか。
「
頭と胴体の節にぶち当てても意外と丈夫で、一撃でポロリと言う訳にもいかない上にどたまを吹っ飛ばしても蟻自身、それに気が付いていないように動き回ったりする。虫あるあるだし、軽くホラーだよね。
なかなか死なないし、乱発し連発する全ての「
そうなると一撃で複数匹を巻き込んで尚且つ、最低でも移動力、もしくは戦闘力を奪う必要がある訳だ。そうでなければ処理が追いつかない。
何かを守るって、難しいや。
何せ、私が参戦してからさらに数が増えている。レーダーで確認すると、タナトス奥地からぞろぞろと何かに引き寄せられるように集まってきているのが解る。
ゴーレム使えばって?あぁ、確かに自動起動にすればいい戦力にはなるだろうけど、いかんせん私の習熟レベルで作った「
事故を起こす可能性大だ。
要救助対象者を蟻と一緒に潰してしまわないようにするなら、ダイレクトコントロールする必要が出てくるわけで。
そうなると、私のリソースが食われて、結局手数が減るわね。
もう一人
今はあほな事を言っていないで、現実を見ましょう。私のお頭は人間より上等程度の処理速度しかないんだから、バカやりながら事態に対処する余裕なんか、それほどないのよ。
何よ、その残念なモノを見るような目は。いいから次々!
結界?あぁ、結界ねぇ。でも確かまともな結界関連の術式、一つもとっていなかったような気がするんだけど……。
あぁ、やっぱり。身を守る小さな範囲の物とか人払い、後は簡単な邪気払いの系統と病魔退散の気休め程度の結界しかないし。流石にこの戦闘中にリストから探してどうこうする余裕は無いわ。私のオツムのリソースが足りない。
戦いながらチラリチラリとリストを確認して、何か良いのが無いか探してみよう。
今の所、駆逐する数と、戦場に辿り着く蟻の数が大体イコールだから維持できているけど、問題は戦場に残る奴らの死体だよね。
ゲームじゃないし都合のいいアニメでもないから、蟻を始末しても当然だけど死体が消えてくれないのよ。
襲われている側が、戦いながら少しずつポイントを移動出来れば、蟻の死体など邪魔ではあれどそれほど気にすることは無いんだけど、動けなくなった負傷者をかばいながらの戦闘であれば、そうもいかない。
定点を死守しつつ脱出の機会をうかがうしかないし、仲間を切り捨てる決断などそう簡単に出来るものでもない。
多分さ、下手に混沌陣営と鉢合わせて、止むを得ずに共闘する事になったせいで、余計に仲間を切り捨てる決断が出来なくなっているのかもね。
自然、撃破した蟻の死体はその場に残り、戦闘の妨げになる。蟻から流れる体液は足場を不安定にするし、武器を大きく振る必要のあるポール系統の武器は段々とその自由度を制限されていき、満足な攻撃が出来なくなる。
蟻の体液の中でも、酸を含む体液が漏れてくると、更に事態が悪化する。傷つき、歩けなくなって地面に座り込んでしまった者たちのケツや足を容赦なく酸が焼き、ブーツなどで守られている他の者たちのそのブーツまでもジワリジワリと焼いていく。
視界を遮られるのも、移動を阻害されるのも大きい。
何せ体長2~3メートル、体高1.5メートル位、力なく延ばされた足の部位を含めるとプラス2メートル以上の物体が彼方此方に転がっているのだから。死骸は意外と軽いけど、戦いながら戦場を整える余裕などある訳がない。
武器を振るうと、蟻の長い脚に引っかかり、中途半端に食い込んで止まったりするから振りずらい。
蟹に包丁を入れる時の様に、蟻の外骨格にもちゃんと
足を切り離すといった一点の話をするなら、てこの原理を応用し、力づくに逆関節を決めてやった方が楽かもしれない。戦闘中にそれが出来るかは置いといて。
しかもこの放置死骸による不利はこちら側にだけ効いて来るらしく、奴等蟻共は仲間達の死骸や酸の体液等物ともせずに速度を変えずに突っ込んでくる上、死骸のせいで動きが読みづらくさえなっている。
そうして、少しづつ死骸が貯まって前衛がまともに機能しなくなる度に、お爺ちゃん魔法使いやコボルドメイジが爆裂系の魔法で死骸を吹き飛ばしている訳だ。
だけど当然、只人の魔法使いでは魔法使用に限度がある訳で。
ふとレーダーを横目で見ると、今までにない蟻共の動きが見て取れる。包囲網の外側の一部奴らが、今までの包囲パターンからずれて、不規則にウロウロとし始めた。
「きぃ付けろや、女神さん。奴等、あんたの存在に気が付いたかもしれん。」
「我らがいる故、気は進まんかもしれぬが、敵中に孤立するよりはマシよな。信じる事は困難だろうが氏族の名誉にかけ、この場においてそなたに決して危害は加えん事だけは誓おう。
気休めにしかならんだろうが、心を決めたなら早めに動くがよかろう。」
ゴブリンロードの怒鳴り声の終わりに合わせたのか、丁度いいタイミングでお爺ちゃん魔法使いが私が隠れている岩場と自分たちの間に積もった蟻の死体を爆裂魔法で吹き飛ばした。
いやさ、大した観察眼だとは思うけど。確かに蟻たちは私の存在に気が付き始めて、探しているように見えるし、多分その通りなんだとは思うけど。
あんまりあの人たちと合流したくないなぁ。いや、ゴブリンとか混沌勢とかに混ざりたくないって気持ちもちょっとはあるけどさ。このまま姿を隠した状態で事を解決できるなら、その方が良いんだよね。
っと、ヤバイ!?
咄嗟に自分の髪の毛を掴んで力任せに数十本引き抜いて、魔力を通してから周囲に投げ捨てる。
「
触媒とした私自身の髪の色を名前に組み込んだ、敵の動きを封じる魔術。魔力だけで形成されるものと違って、術者の魔力が色濃く残った一部を、しかも術式の形式に適した頭髪を使用した術だけあって、その捕縛力は桁違いで、その効果時間も術を解除、もしくは力尽くで破壊でもしない限りは半永久的に獲物を捕らえ続ける地獄の網だ。
とは言っても無敵の捕縛陣ではない。いくら魔力で強化され作られた黒縄だとは言え、外部から強化された刃物で陣の要の黒縄を切ってしまえば、解放されるし、上位種のオーガやオークが体を魔力で限界まで強化して暴れれば、抜け出せるかもしれない。無傷とはいかないだろうけど。
力づくと言えば、北の森の川に居る
それこそ術を解除しなければ干からびるまで、いや、干からびてからも延々と捕縛しておける。
お爺ちゃん魔法使いの爆裂魔法の影響か、それとも周囲でウロチョロし始めた蟻たちが漸くその目的を果たしたのか、いつの間にか私の隠れている岩場迄蟻が群がり始めていた。
ちょっと考え事をしながら魔法石を放り投げて術を連発していたせいで、うっかり注意が散漫になっていたわね。
さっき使えそうな結界関連の術を探していてよかった。けど、これでまた貯めてきたポイントが……。まぁ仕方ないけど。
仲間が数匹、黒縄に絡まれて動けなくなったのに、それが全く目に入らないのか次から次へと新しく発見した獲物である私に群がろうとする蟻共。あっという間に気持ち悪いくらいに黒縄に囚われていき、動けなくなった状態で足をわしゃわしゃする黒蟻たち。
あぁ、これ、このまま行くと私が抜け出す隙間もないくらいに周りが蟻だらけになってしまう、と考えている内に、少なくとも私の見える範囲で「
ネットに捉えられる時、捕縛陣の最外部で陣が反応して捕縛するのではなく、敵を出来るだけ大量に捕獲する為に、中心部近くまで入り込んできてから発動するようになっているから、捕縛陣の内側から詰める様に黒蟻の壁が出来上がりつつある。
ある意味壮観だなぁ。
この間僅か2~3秒。あっという間だったからどうしようと思う間も無かったわ。
ま、つまりは術の選択を誤ったって事ね。「
展開された捕縛陣は球体の形で、展開されているから抜け出せる隙が無い。捕縛された仲間を踏み台にして、先に進もうとして黒縄に捕縛されて動けなくなる。
まるでGホイホイかハエ取りリボンでも見ているかのようで、あんまり気分は良くないけどね。
まぁ、蟻を無力化するという一点においてはそれなりに効果抜群ではあったわね。
ん-、これを利用すれば最低限の被害で皆を助けることも出来そうだけど、触媒に使う髪の毛がなぁ。やっぱり髪は女の命、だからね。命を賭けてまでやりたくはないかなぁ。
抜いた傍から生えてくるけどさ。
「なんツー魔法を使ったのかは分からんが、あっという間に黒山が出来上がったの。」
「爺さん、かなりの数の蟻が、あの山に巻き込まれた。今がチャンスかもしれねぇ。どうする?」
「儂等だけならそれも良かろうがな。初志貫徹すべきじゃろうな。何、それほど先も長くは無かろうよ?」
「ふん、良くも悪くもか?こちらとしても意地でも
それよりも女神殿はあそこから出てこれるんか?どう見ても抜け出す隙間があるようには見えんが。」
「ははっ、何も考えずにあんな事はせんだろうよ。そこまで間抜けなはずも無かろう。どの道敵の圧が減った今がチャンス。逃げるにせよ、叩き潰すにせよな。
ほら、皆気張れ!ここが勝負どころだぞ!」
「「応!」」
「エルフ共に後れを取るな!ドワーフ如き何物でもなかろうが!人間なぞに負けるでないぞ!氏族の名誉の為、命を捨て名を挙げよ!!」
「「「応!」」」
今迄半円の形で維持されていた白と赤の境界線があいまいになっていく。秩序混沌あい混じり、一つの戦闘部隊として機能を始めつつあった。
同時に横目で確認していたレーダーの混沌勢の敵対の赤と秩序勢の中立の白が少しづつ見方を表す青に変色していく。
あぁ、少しだけ、このレーダーの見方が分かったかもしれない。
にしてもさ、間抜けは無いでしょう?そんなことやらかす筈が無いって?
実際にやらかしちゃった
「され、これからどうしようかな。」
私を取り囲む黒山のワシャワシャを見渡して、ついそんな言葉が私の口から洩れてしまった。
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