やがて一つに

 ま、抜け出すならば、幾らでも手がある訳で。


 捕縛陣に囚われた蟻たちを彼らを捕縛している黒縄を触媒に利用して、生きたままドレインの対象に指定する。これで、捕縛陣の中の蟻たちは残らず私の補給ポイントになった。黒縄こくじょうを触媒にして、ドレインに対する抵抗を排除しているとはいえ、死骸よりは吸収するのにコストがかかるけど、対象数が多い上に、術を制御する必要が無いから使い勝手が良く、吸収できる力の量とコストは十分見合う。



 まぁ、ここから抜けるには目の前の黒だかりにとどめを刺して陣を解除するか、一方向だけトンネルを作るように蟻を始末して通路を確保するか。


 後は私の背後を守ってくれていた岩を吹き飛ばして、抜け穴を作ればいい。



 態々時間と手間をかけてここから抜ける利点はそれほどないけどね。残弾アイテム少ないし。


 私が魔法を行使するのに直接、魔法行使のポイントを視認する必要は無い。だからこの状態からでも砲台宜しく魔法を連発して彼らのフォローを続ける事が出来る。


 蟻が周囲を囲ってしまったおかげで、彼ら自身が私の防壁件補給ポイントになってくれたというオマケ付きで。


 見た目はお間抜けだし、結果論だけど、これはこれで都合がよろしい。



 レーダーを確認すると、未だに奥地からお代わりがワシャワシャやってきている。でも心なしかその数はさっきよりは減ってきているような気もする。単に希望的観測かも知れないし、余裕が出てきたとしても犠牲者はこの先も出るだろうから、気は抜けないけど。



 いかにダンジョンとは言え、ゲームじゃあるまいし無限に敵が湧いて来る訳も道理もない。よね?



 黒山の外側から、お爺ちゃんかコボルドの魔法が炸裂した音が聞こえる。死骸や生きている蟻を吹き飛ばして移動スペースを確保したようだ。



 余裕のない中、動けなくなった負傷者を何とか担いで少しでも戦いやすいポイントへ、出口の近い所へと位置取りを始める。


 たとえ敵の数が一時的に減って、圧が弱まったとはいえ、動けない味方を担いで敵中を移動するのは当然危険な行為。ここでフォローできないと被害はさらに拡大する。



 使う予定だったマジックリングも、まだ手元に残弾が残っている改造魔法石も、買ったはいいけどまだ手を付けていなかった魔晶石も、残念だけどこの即席の黒のドームの中から使用するのは少々困難よね。


 なにせ物理的に通す穴がぱっと見、みえないし。



 結果的に、手数は減る事になったけど、ま、残弾も少なかった事だし、きっぱりと切り替えて無視認での連続魔法行使で砲台役に集中する。



 お爺ちゃん魔法使いとコボルドメイジのリソースを節約する為に、彼らを中心にダンジョン奥側に死骸を飛ばすように爆裂魔法を連発する。その合間に複数同時起動で強化した「理力の弾フォースブリッド」をこちらに集まりつつあった蟻共に先制攻撃を食らわせる。


 この距離なら一撃で絶命させてやる必要は無い。「理力の弾フォースブリッド」は貫通力と弾速に優れ、蟻の頭か胴か腹に直撃すれば確実に行動不能にできる威力だからね。消費する魔力もかなり少ない、使い勝手の良い魔法なんよ。


 地面に沿って一直線に打ち込めば、相手が群れているだけあって、一発の「理力の弾フォースブリッド」で2~3匹を巻き込んで吹き飛ばし、最低でも移動できない状態にする事が出来る。




 その貫通力のせいで、味方への誤射が怖くて包囲している蟻共には位置関係を把握してからじゃないと中々使えなかったけど、この距離なら巻き込む事も無いから安心して使える。



 一応合間に「魔法の矢マジックミサイル」をはさみ、防御陣の中側に入り込むことに成功した蟻にキツイ一撃を加える。


 流石に恐怖で身がたじろぐということが無いありんこでも、受けた衝撃を無視する訳にもいかない。目の前で一瞬動きを止める蟻を始末するくらいは、彼らのメンバーの下位の者でも問題なく対処できる様で、段々と防衛戦の形が整ってきた。



 さらに間を見て、それなりに強化した「火炎球ファイアーボール」を高速で遠方集団を大まかに網羅するように5~6発撃ち込む。護衛対象者を巻き込む心配は無いし、残熱で味方の行動を阻害する心配もないから、手加減抜きの火炎球だ。


 そのままこちらに集まりつつあった遠方集団は纏めて焼き払い、薙ぎ払う事が出来た。とは言え、此方に集まりつつある集団の一つに過ぎない訳だけど。



 「むぉ!?女神殿、そのまま遠慮なしの攻撃を集まってくる蟻共に食らわせてやってくれ。


 奴らはある程度固まってやってくるからな。そのファイアーボールは有効だ。


 新手をある程度始末できれば、後はこの場のありんこを潰せば何とかなるぞ!」



 「了解したけどさ、そうなると奴らに内に入られてもさっきみたいにフォローできないけど?」



 「ここは多少の犠牲を許容してでも、蟻の増加と合流を止めるべきじゃからな。」



 「道理ね。重ねて了解した。そう簡単におっちぬんじゃないわよ?見捨てたようで気分が悪くなるから。」



 出来るだけ被害を少なくする為にフォローの方に振っていたリソースを、遠距離迎撃に全振りする。こうなると本当に、近場の皆をフォローするのは、少なくとも私のオツムの処理能力だと難しい。



 「なに、そうなったとしても気にするたぁ無い。死ねば気になど出来んし、生き残ればそれだけでも御の字じゃからな。


 リーダー、踏ん張れ!後少しじゃ。」



 生き残れば、欲が出るだろうし、道理を理解できない奴が感情をまき散らして理不尽を叩きつけてくる事も、普通にある訳で。ま、そうなったらそちらのお爺ちゃんとリーダーさんに何とかしてもらいましょうか。



 「おう、そうか。漸く生き残る目が見えたな。つーか女神さんはあの状態でどうやって魔法を使っているんだ?」



 うん、普通に疑問に思うよね。あぁ、まぁ、何処か隙間があってそこから見えている、みたいに考えてくれないかな。



 「そこを突っ込むのは野暮ってもんだ、人間種のリーダー。そこの爺も俺も、魔法使いとして誰にも明かせない手の一つや二つはあるものだ。」



 「ほっ、漸く声が聞けたな、コボルドの。多少は余裕が出てきて、軽口の一つも叩けるようになったか?


 まだまだ修行がたらんようだな。」



 「あそこの女神さまは例外としても生憎、俺は爺さんみたいなバケモンじゃないんだよ。」



 うん、コボルドメイジさん、やっぱり若い個体だったみたいね。コボルドでメイジで若い。これが原初のリザードマン型のコボルドでドラゴンに使える者たちなら、若くても不思議は少ないけど、犬化したタイプのゴブリンとどっこいどっこいのコボルドだと、ちょっと違和感だから不思議だよね。



 「ヌーサ!じゃれるのは構わんが、可能な限り魔力の回復に努めよ。まだ気を抜くのは早いぞ。一人でも多くの同胞はらからを連れて帰らねばならぬのだからな。」



 「失礼しました。族長。」



 コボルドメイジ、ヌーサって言うんだ。覚えておこっと。


 うーん。混沌勢のこの仲間に対する思いやり?は彼等をどうしても色眼鏡でみてしまう個体わたしにとっては新鮮で、戸惑ってしまう。


 混沌勢ではあっても悪だけでは無く、秩序勢であっても全てが正義では無く、どの陣営にも胸糞悪い奴はいるし尊敬できる者はいる。そして尊敬できる実力者が統率者になる事はそれ程不思議な事じゃない、って今正論を言われてもさ。


 ま、確かにTRPGとかでも混沌でも善や悪が分かれていたり、秩序でも悪の属性があったりするから、そう言う視点で見ればおかしくないのかな。



 こういう風にファンタジーな世界で生きていると、この秩序や混沌という属性もそこに所属する者の性質を表しているというよりも、単に所属する陣営が違うといった印象を受ける事があるって?


 世界毎に見極めないと、後で後悔する事になる、ね。了解了解。


 

 分霊あんたの忠告は後でもう一度真面目に考えるから、今は戦闘に集中しないと、ね?



 私一人、いなくなると途端に機能しなくなる防衛戦ではある。包囲された戦士達の体力が何処まで続くかは怪しいし、綱渡りの様な状況である事も確かだ。


 お爺ちゃん魔法使いとコボルドメイジの魔力も外から見ている限りだと、とうに限界に近づいていて、あとどれだけの魔法を行使できるものなのか。



 あ、なんかお爺ちゃんがコソコソしている。それを見てコボルドも何かをコソコソやり始めて、二人の魔力が僅かずつだけど回復していくのが見える。


 お互いがお互いを見合って苦笑しているように見えるけど、外に漏らすわけにはいかない魔力回復の秘薬だか秘法でも使ったのかな?



 で、お互いそれを察して苦笑したと。こんな場面でも秘儀の秘匿をしている自分達に呆れたのかもね。それがたとえ両陣営の利益の為に必要な行為だとしても、ね。



 再度こちらに向かって集まってくる蟻の集団を焼き飛ばしていく。こういう時レーダーは役に立つね。もしかしたらさっきの混沌勢の皆さんの様に蟻に追われている赤マーカーの可能性も無くは無いけど、私を通って魂の海に落ちていく者たちの中に、私のファイアーボールに焼かれて落ちていく者たちはいないから、まぁ、良しとしよう。


 この距離だとレーダーだよりで攻撃しているから、いつかやらかす可能性も無くは無いけど。このダンジョンにダンジョン湧き以外の混沌勢がいる可能性は本来、低いはずだし。



 ふーむ……そうなると、いったいこの混沌勢はどうやってこのタナトスに入り込んだのか、という疑問が湧いてくるわけなんだけど。



 再度湧いてきた蟻に遠距離爆撃を加えながら、思考を進める。



 順調に回り始めたとは言え、犠牲者が出ない訳じゃない。彼らを包囲している蟻共の数はそれなりに減ってはきたけど、まだ気を抜けば一気に蹂躙されてもおかしくない数が群がっている。何処かで歯車が狂えば、悲惨な未来図が待っているかもね。


 それに蟻共を遠距離で合流前に仕留めているとは言っても全てではない。どうしても打ち漏らしはあるし、ファイアーボールの直撃を免れた奴らが一度吹き飛ばされて、散ってしまった状態で押し寄せてくるときもある。


 出来る限りそう言う厄介な奴も「理力の弾フォースブリッド」で迎撃しているけど、処理が追い付いていない。


 だが、やはり包囲網の方の蟻の総数はじわりじわりと減ってきてはいる。




 悲鳴が響いて、混沌勢のゴブリンが新たに犠牲者の列に加わる。咄嗟に助けようとした女性冒険者がそのまま蟻に食いつかれて、連れていかれそうになるのを、ゴブリンの族長さんのガルモスさんがポール武器を一閃させて助ける。


 負傷して動けなくなった女性冒険者をコボルドの戦士達が比較的安全な内側に引き摺って行く。だれかが指示をしたわけじゃない。包囲されている誰もが当たり前の様に、現状を生き抜くために死力を尽くしていた。


 これが両陣営のリーダーの人徳なのか、それともこの世界の者たちが意外と根は良い奴なのか。いつの間にか包囲されている彼等の位置関係は混ざり合い、一つの部隊の様になっていた。

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