呉越同舟? なんでこうなったん?

 万が一にも気が付かれない様、レーダーを確認しながら気配を消し、可能な限り早く移動する。移動中に、「姿消しインビジビリティ」や「静寂サイレント」を使って移動すればもっと大胆に動けるじゃん!って思いついたけど、もう半分以上来てしまっているし、魔法の使用に蟻が反応しないとも限らないからやめておく。


 いいや、前回も今回も、蟻共に魔法への過剰反応等は見受けられないのだけれどもね。



 ゲームやこの世界での「姿消しインビジビリティ」は良くありがちな攻撃をしたり受けたりすると効果が消えてしまうものだけど、私の「姿消しインビジビリティ」は術の制御を失ったり、私が術を解除でもしない限り、魔力と術の続く限り消えたままでいられる。


 正しく、狡いチートな魔法だからあんまり使うという発想が無かったのも今回使用しなかった原因の一つだね。



 この「姿消しインビジビリティ」と「静寂サイレント」のコンボは更に「消臭ディオドライズ」と組み合わせると最悪な効果を発揮する組み合わせなんだよね。


 リアル捕食者ごっこが、本家よりも高い精度で出来てしまう。



 この組み合わせで狙撃をやると、発砲音もマズルフラッシュも硝煙の匂いにも気が付かれる事無く撃ち続ける事が出来る。消音圏内から出た銃弾が空気を裂く音しか聞こえないから、消音圏内の至近距離から銃を乱射されたら何処からうたれているのかも何となくしか分からない。、


 着弾して初めて何となく狙撃方向が分かる、程度しか情報を得られない為、襲撃された者たちは混乱に陥る。


 分霊達がさんざん、各次大戦で死山血河を作り出し実績を作り上げてきた手で、幾らでもいる分霊わたしたちの内最悪に性格の悪い分霊やつらがやらかすと、じわりじわりと恐怖の感情を吐き出させるように甚振るから、正直、あんまり好きな手じゃないんだよね。


 そういう嫌な部分も人は一つの心の中に確実に持っているんだよって言われても、それを受け入れられるようになるにはそれなりに時間が必要だった。



 特に、後方地点だと気を抜いていた兵隊たちを恐怖と混乱の地獄に突き落とすのが、かなり「美味しい」らしいけど、そんな事を感じて、実行するから私達は邪神扱いされるんだってもう少し自覚して欲しい。



 レーダーの動きを見ていると、中立マーカーの白の動きはまぁ、分かるけど赤いマーカーの動きが一部不自然な事に気が付く。移動しながらだと、熟考するのは今の個体わたしじゃちょっと無理だけど簡単に分析するくらいなら……。



 なんかこれさ、敵対している赤マーカーの一部が他の赤マーカーに中立と一緒に包囲されているような感じなんだけど。


 普通、なんの遮蔽物も無いだだっ広い空間で包囲されたら、自然と包囲される方もする方も円形を描くようになる。別にそうしようと動くわけじゃなく、自然とそうなるのだ。



 ただ、現状は白マーカーが半円を維持している状態で包囲され、もう半円の部分に赤が詰まっていて、包囲されている赤と包囲している赤は混じらない、というか混じろうとする包囲側の赤が入り込もうとするたびに内側の赤が抵抗しているように風に見える。




 これは一体どういう状況?いや、考えるのは後。たかが一キロ。気が付かれないようにと周囲に気を配っても1分もあれば直ぐに状況を確認できる場所に辿り着ける。


 なぜか頭の中で「人間はナナハンではありません。」という言葉が思い浮かんだけど、無視するね。




 全体が螺旋を描き、なだらかに下降するこのタナトスならではなのだが、出入り口に近い方面は奥に行くよりも高度が高い。全体的に波を打っているように緩やかな起伏もあり、岩や鍾乳石の様に地面から生えてきている突起物を利用すれば、身を隠すことも出来る。


 包囲状況を確認するのは、私でなくともそれほど難しくない。



 レーダーを横目に照らし合わせながら、物陰から顔も出さずに感覚的に状況を把握すると、なるほど。



 包囲されている赤マークの方の正体が判明した。



 まさに呉越同舟といった所か、それとも秩序陣営に協力している者たちなのか、蟻共に包囲され食われかけている人間種の軍団に決して混じることは無いものの、明らかに協力し合い現状を打破しようと藻掻くゴブリンやコボルド、そして大柄なオーガが数体、人間種たちと背中を合わせて奮闘していた。


 蟻に噛り付かれそうになったゴブリンをエルフが援護してのしかかってきた蟻を掃う。同じようにドワーフの腕にかみついた蟻をオーガが力ずくで蟻の大顎を外そうと唸り声を上げながら力を込めている。



 マーカーから判断するに、彼等ゴブリンは少なくとも平時は秩序勢に敵対している勢力だとは思うんだけどね。秩序勢に協力しているゴブリンにはギルドで会った事があるけど、ちゃんとマーカーは白だったし。というかさ、このレーダーの敵味方の識別って個体わたしには原理不明だから、どこまで信用していいものかはちょっと自信が無いんだけどね。



 分からないものを心から信じる事が出来るほど、自信家じゃないもので。



 ここは空気を読んであえて混沌勢と思わしき者たちも纏めて吹き飛ばすべきか、それとも真面目に空気を読んでとりあえずは蟻だけにターゲットを絞るべきか。



 また新しい叫び声が戦場に響き渡り、蟻の集団に引き摺られていく哀れな獲物が一人出てきた。やばい、余裕見せて頭の中で冗談かましている場合じゃないわね、これ。



 分からない事は保留して、後で判断するべきでしょう。とりあえず、急ぎ必要なのは蟻共を強襲して混乱させる事。それと何とかして包囲網を一部崩して突破の機会を作る事。


 既に自力で動けなくなっている人達をこの状況から救えるとはとても思えない、けどあからさまに見捨てる訳にもいかない。いや、その辺は各自のリーダーが判断すべき事で、私が判断すべき事じゃない。



 私がやる事はシンプル、考えるまでもない。被包囲側に被害が出ないように可能な限りの敵勢力の排除。そう方針を決めた時、先程よりも大規模な爆裂魔法が辺り一帯に鳴り響いた。元赤が言っていた腕のいい魔法使いの仕業かと、考えるよりも先に理解する。


 魔力の動きを確認すると、どうも今度は混沌勢のマジックキャスターと呼吸を合わせてぶっ放したらしく、包囲網の一部で僅かに混乱を起こしている。巻き込んだ蟻の数も相当なものだけれども、全体の数からすれば微々たるものだから大勢に影響は無いでしょう。


 これ、ちょっと最初の転生人生を思い出すわね。この数で圧倒される感触、個人的には懐かしくて嫌いじゃない。



 相方は、コボルド……メイジかな。その身に纏う魔力の力強さから、かなりの使い手だと判る。



 まったく、彼らにどういういきさつがあってこうなったのかは分からないけど、この僅かだけど一瞬行動が乱れたタイミングを何もしないで見送るのはもったいない。時間も無い事だし、と、咄嗟にこの前「世界樹」で購入した加工済みの魔法石を取り出す。


 込められている術式はこの世界の「火炎球ファイヤーボール」。それにちょっとだけ手を加えた物。込められている魔力量と起動速度を少々犠牲にして、外部から魔力を注ぎ込めるようにしたのと、術式にその場で簡易的に手を加える事が出来る様にしてある。


 魔石を加工したものだから、元々込められる魔力量も大したものではない。それゆえの使い捨ての一品な訳だけど、どうせ使い捨てならば、と手投げ弾的な使い方、つまり術の起動の起点としての機能にある程度特化させたと考えればわかりやすいかもしれない。



 魔石に、蟻共に気が付かれないように魔力と追加の術式を封入する。必要なのは包囲網をこじ開ける事。ただ、開いた突破口が私の攻撃魔法のせいで熱くなりすぎて通れないなんてことになったら大笑いでは済まされない。



 左手でフードを頭にかぶせて、一応顔を隠しておく。正直、我ながら怪しい事この上ないわね。どの道私の人相が口伝で知られている訳でもないのだけど、ここで私の外見情報を大安売りするつもりもない。


 普段通り、フードには薄絹も被せてあるから、これで完全に私の顔を見ることは出来ない。普通なら、この薄暗いダンジョンでこんな格好していたらとてもじゃないけど、戦えないだろうけど、私は肉体的な視覚に頼っている訳ではないから問題ない。



 狙いは、先程二人の魔法使いが放った攻撃魔法の影響で、一時的に敵が避難する為に密度が濃くなっているポイント。


 これだけ素早くうじゃうじゃと動かれてしまったら、どこか一つのポイントに攻撃を集中して突破口を開くなど土台無理な話よね。


 艦隊戦とか基本的に動きの遅い人間同士の地上戦とかなら兎も角、恐れも知らない蟻たちでは、折角突破口を空けてもあっという間にその隙間を埋めてしまうだろう。



 まずは効率よく数を減らす。



 岩陰に背を付けて姿を隠したまま。戦場を背中を見せた状態で、自分で設定した「ラン」というトリガーワードを唱えて、魔法石を後ろを見ずに救い上げる様に放り投げる。


 同時に幾つかの攻撃魔法を起動して準備を終える。魔法石を使う理由は、今回はこれ一つ。一度に叩き込む攻撃魔法の数を一つでも増やして、一気に敵勢力を撃滅する。




 狙い違わず、蟻の密度が一番濃い部分に放り込まれた魔法石は、地に落ちることなく地表から2メートル程度の高度で包囲網の外側に向けて強力な衝撃波と熱を開放した。それとほぼ同じタイミングで私の攻撃魔法が包囲の別ポイントに複数炸裂する。


 虫の特性か、恐怖も躊躇いも無いはずの蟻の群れの動きが一瞬止まる。



 間を置かずにもう一つ魔法石を別のポイントに放り込み、魔法を数発叩き込む。戦場はまた新たな爆音に包まれることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る