世界樹にて 新年のあいさつ

 この界隈じゃ珍しいドアベルの音が店内に鳴り響く。カランコロンと中々良い音色で、このお店の店主であるニューラはそれなりに気に入っている。


 先ず、他のお店に無いという一点だけでも新し物好きな道具好きアイテムマニアな自分の矜持を満たす事が出来る。所詮、趣味で魔道具屋をやっている奴など、自分と似たり寄ったりでそれほど変わらない。前線都市の冒険者上がりの店主など、どの業種でも引退後の暇つぶしの延長の奴が殆どだし、それは壁内でも同じ事。


 それほど時間が立たないうちに、壁内の魔道具屋が真似し始めるだろうし、そうなれば彼方此方でこのドアベルの音を聞く事になるだろう。


 ただ、それらは自分の店の真似をしているだけ、とあんまり意味のない優越感に浸る事が出来るし、表には出さないが、彼女はその手の行為が好きだった。


 この位の小物感が自分に相応しいと普通に思っている。だから、半年前の大仕事は冷や汗が出っぱなしだった。そして、それなのに今ここにいる。


 理解はしている。急に魔道具店「世界樹」の店主である自分が、特に被害を受けた訳でも無いのにあの騒動の直後いなくなってしまうのは、色々と良くない、と。痛くもない、いや、探られたら激痛が走りかねないお腹を探られたくはない訳で。


 と、心の内にもそう言う事を浮かべるのは良くない、と思い直す。



 「いらっしゃいませ。」



 そんな内心は表に一切出さずに、入店してきた女性に挨拶する。明るい青髪の、身長は150センチくらいだろうか、小柄で比較すると少し胸が大きな、そして目を奪われるほどの美人に一瞬言葉を無くすニューラ。


 一瞬、心臓の鼓動が強く打ち、身体が心に何かを訴えるものの、理性の力でそれを押さえつけ、始めてみるお客さんを失礼にならない程度に観察しながらお客さんの反応を待つ。


 自分だったら、お店に入ってから店主があれこれ話しかけてくるのは嫌だ。こういうお店に来たのだから、ゆっくりとどんな道具があるか見たいじゃないか、と自分なら思うから。


 ただ、チラッと観察したところ、どう見ても初めて会ったはずのその物腰にどこか既視感があって、始めてあったとはとても思えず、少々居心地が悪くなってきた。



 まさか、来店したお客さんに自分から、何処かであったことがありませんかとは聞けずにやきもきしていると、店内を見回して自分以外に誰も客がいない事を確認した青髪の彼女は、一度お店のドアを開け、表の札を閉店クローズドに裏返して、直ぐに店内に戻ってきた。



 無意識に覚悟を決めるニューラ。単なる強盗かそれとも自分の身元が割れたのか。ただ何かの間違いの可能性もある。無意識に左手がネックレスの魔法石を触れ、右手は緊急避難用に下腹部に刻んでいる魔法陣に衣服の上から触れる。


 最近、特定のお客がやってきた時につい取ってしまうポーズで、この所何度もやっている仕草は慣れもあり、実に自然に緊急事態に備える事が出来た。


 いや、実はその特定のお客が来るときは左右の手が逆になり、下腹部に手をやるのも下腹部では無く胃の辺り、緊急避難の魔法陣に触れる為というよりも、プレッシャーに負けそうになり痛む胃を擦りたくなるだけなのだが。


 件のお客の前で何らかの意図をもって魔法陣に触れるような真似をしたら、察知されかねない怖さもある。



 「えっと、なにかご用でしょうか?」



 あくまで自分は間抜けで危機意識の薄い、世間離れしたエルフの魔道具店主。それを装いつつ、言葉に緊張感を出さないようにおっとりとお客様の意図を確認する。



 そんなニューラの仕草をみて、内心にやけが止まらない青髪の彼女が、ようやく口を開く。



 「4か月ぶりかな、ニューラ。僕だよ、リンだ。」



 途端に霧散霧消する緊張感。取って代わって楽しげな雰囲気が店内を包む。



 「なによ、吃驚させないでよ。何、また外見を変えたの?」



 「あぁ、前の姿でこの辺をうろつく訳にはいかないからな。っといけない、口調も女らしく変えておかねぇとな。つい癖で地が出ちまうな。


 いや、つい地が出ちゃうわね、ええ。」



 姿を変えると言っても色々と方法があるだろう。それほど困難な事ではない。本来なら、だが。だが、目の前にいるリンは以前の姿からは似ても似つかない。


 第一身長や体つきからして違うのだ。



 ニューラのリンと知り合う前の常識の中には、そんな事を可能にする方法など聞いたことも無かった。リンを知り合い、エステーザで魔道具屋を開いてからも、職業柄伝え聞くマジックアイテムや魔法の中には顔やそれ以外の外見を見た目だけであれば誤魔化す事の出来るものがあるというのは聞いたことがあるが、実際に手にした事も目にした事も無かった。



 ましてやリンは見た目だけではなく、実際に触れてみても違和感が無いレベルで姿かたちを変えてしまうのだ。最初にみて驚き、どうなっているのかからくりを知りたくなって聞いた時には実際に体の形を変えているのだと説明されてとても信じられずに、実際に彼女を触り倒して確認した記憶がある。



 その時は丁度時期が良かったのもあり、そのまま盛り上がって、彼女にベッドまで拉致された事は今ではいい思い出だ。


 何せ、彼女を短い時間ではあったが独り占めする事が出来たのだから。



 だから、彼女がリンである事をニューラは疑わない。第一、胸元にある魔法石が彼女の言葉に嘘が無い事を教えてくれている。



 宝石を魔石化した物とは違って、込められる術式や魔力量は限られてくるけど、術式や発動の隠蔽に優れている点で、魔宝石とは一線を画している。


 このネックレスに込められている魔法は2つ。「嘘感知」と「思考防衛」。




 起動すると相手の言葉が、少なくとも発言者にとって嘘か真実かが判別がつくのと、テレパス等の外的要因で思考を読まれないように心を守ってくれる逸品で、「嘘感知」は兎も角、「思考防衛」の様な魔法が込められた品物、今までの魔道具屋経営の経験上、胸元にあるこの品以外、聞いたことが無い。



 第一思考を防衛する以前に、世に出回っている魔法や魔道具で思考を読み取る様なもの自体、出回ったことが無いのだから。


 このネックレスの「思考防衛」は、秘密にしておきたい事を本人の無意識や注意力の欠落の結果であっても口を滑らせることも無く秘密にしておける、という機能も着いている為、この街の友人とついうっかり呑みすぎても心配することは無い。


 お陰で、この都市で変にストレスを感じずに過ごす事が出来ているのはありがたい。



 「それで?件の女神さまはその後どうなんだい?あ、いや、どうなのかしら?」



 「人の目がある訳じゃないんだし、お店の中で無理をしなくてもいいんじゃない?見た目からして違うんだし、うっかり男言葉がもれても、問題ないと思うけど。


 いつものように話してよ?」



 「いやな、少しは見た目相応に行動を合わせられるようにしないと、折角化けた意味が無いってシーラに注意されてな。あと男共が笑うんだよ、俺の女言葉を聞いたり仕草を見てよ。


 んで、一泡吹かせたくなって頑張ってみたけどよ。いや、難しいわ。体に染みついたもんは中々なぁ。」



 彼等にリンが何を言われたのか、目に浮かぶように理解できる。作戦行動中は兎も角、普段はそれなりに遠慮しない間柄ではあるし、男共にとっては意中の女共を奪っていった女だ。もちろん、性的な意味でも恋愛的な意味でも。


 やっかみもあり、特にオーガの男衆のやっかみは強く、ときにリンを性的に押し倒そうとして返り討ちに会い、股間を腫らしながら泣き濡らすオーガの男もチラホラ見える。


 司令官コマンダーである時以外のリンは、そんな跳ねっ返りが何かをやらかしても、笑って制裁してそれで終わりにしてしまう上、その制裁も命を失ったり大怪我をするようなものじゃない。そして何度やらかしてもカラッとしていて、その場限りの制裁で許してしまう為、ある意味舐められている。


 機会が許せば毎回、そういうドタバタを繰り返していて、リンに本気で惚れてしまっているオーガの男共の中には、チャンスさえあれば毎回夜這いに赴き、ボコボコにされ、酒の相手に付き合わされ、酔った挙句にもう一度襲おうとしてさらにボコボコにされてしばらくまともに動けなくなる、というパターンを繰り返しているのもいる。


 種族として雌がいないオーク共に至っては、昼も夜も関係ない。隙さえあればおったてて押し倒そうとして、一撃で意識を刈られてというバカ騒ぎを繰り返している。


 ただ、そんな修羅な毎日を過ごしているせいか、一部のオーク共の戦闘力が極端に上がっていて、結果自勢力の戦力の向上に一役買っているので、他の女衆も文句が言えないで困っていたりする。



 が、そう言う空気をリンは好み、彼女の元に集った者達もそういうならず者気質が大なり小なり肌に合う者たちが多いのだろう。


 もちろんニューラの様にその手の空気を苦手にしている者もリンの元には大勢いるが、彼女のカリスマなのか、今の所彼らの間で余計な軋轢は発生していない。



 「その話し方の方がリンらしくて私は好きよ。気を付けるべき時に気を付ければいいだけじゃない。」



 「それが出来たら苦労しねぇよ。んで、女神さまはどうなんだい?」



 「あぁ、御免なさい、本題からずれちゃったわね。」



 慌てて、多少早口でニューラはこの地に未だに居る理由を、自分の役目を果たすべくこの4か月分の件の女神様、あのパップスの戦役の際に名を挙げ「生と死を司る女神」という二つ名を得たエリーの情報を伝える。


 リンも何処からか仕入れてきた情報なのか、エステーザで起きた技術革命とも言うべきゴーレムを工事に活用するアイディアを掴んでいたらしく、漸くかよと小さく呟いていたりする。


 無論、そう言うからには彼ら自身はとっくにそのゴーレム重機の活用の段階に至っており、両陣営に秘匿した拠点を整備する際には大いに活用していたりする。



 「ほぉ、この店にねぇ。んじゃこの瞬間にもあいつがこの店に来る可能性もあるって事か。ちと厄介だな。」



 「いつも側に居た私でさえ、教えてもらえなかったら気が付けなかったのよ?


 あの時とはリン、全然違うじゃない。偶然ばったり出会っても問題ないと思うけど。


 あ、それと今日は大丈夫なはずよ。彼女が来店するにしても午後だと思う。午前中はタナトスに潜るって話していたから。」



 そう言うとリンは少し考えこむ。



 「ふん、ファモスじゃないのか。」



 「えぇ、タナトスって言っていたわ。ダンジョン探索の準備をしなきゃって、浮つきながらかなりの額の買い物をしていたから、間違いないと思うけど。」



 お陰で物凄く懐が温かいのよね、と、そう言いながら無意識のうちに左手でお腹を擦るニューラ。



 その仕草に目ざとく気が付いたリンは、申し訳ないという表情で、自分の手でニューラのお腹を擦り始める。やさしく、愛おしく、壊れ物に触れる様に。



 「大丈夫よ。エステーザにお店を構えるって決めた時から、こういう事態を想定していなかった訳じゃないし、覚悟はしていたから。


 ただ、さ。こうやってリンが撫でてくれるのは好き……。」



 そうは言われても、彼女に掛けている精神的負担を考えると楽観できないでいるリン。いたわるように彼女のお腹から下腹部へと撫で続ける。



 「にしても、化け物揃いの最前線都市エステーザでもありゃ文句なしの厄物だからな。あれが、あんなのが「世界樹」に通い詰める、つーのまでは想像できねぇよな、普通。


 ここは外街で、扱っている魔道具は色モンが多いからな。


 普通は壁内の魔道具屋に顔を出すだろうに。」



 そう言うと少し怒った様子のニューラが抗議する。



 「色モンって言わないでよ。こういう戦いに直接役に立たないけど、色々な用途で使える魔道具って面白いじゃない?


 ちゃんと戦いに向いた品物も置いてあるんだし、幅広いニーズに対応しているって考えれば、エリーちゃんが私のお店に興味を持つのは当然の事よ。


 ちょっと来店いただく度に、プレッシャーでお腹が痛くなるのが困りものだけどね。」



 「あぁ、そういうモンかね。この芋の皮をむいてくれるナイフって言うのは、役に立つんか?」



 「凄く珍しいものなのよ?それ。忙しい食堂の料理人が買えば料理の下拵えに使えるじゃない。」



 そう言うとリンは難しい顔をして手にしたナイフを商品棚に戻す。



 「食堂の料理人が銀貨60枚を出して、芋剥きのナイフを買うかって所から考えて欲しいものなんだがな。


 まぁ、いいさ。話によれば儲かっているようだし、僕も幾つか品物を持ってきた。こいつを店に並べて置いてくれ。


 この先、この姿でこの店に品物を卸しに行く事が多くなるからな。今迄よりは連絡を取りやすくなる。ちゃんと時間も作るから、頼むから自愛しろよな。


 無理だと思ったらさっさと抜け出してこい。何よりもまず、お前を守ってほしい。」



 無論、他の女達にもそう言っているのだろう事は簡単に想像がつく。しかし心から愛しているリンからそう言われれば悪い気はしないし、悲しませないように頑張ろうとも思えてくる。わかった、無理はしないで頑張るからリンも気を付けてね、そんな風に言葉を交わして、彼女が持ち込んできた品物をカウンターに広げて品定めを始めた。



 流石にリンが持ち込んだだけあって、どれも商売で手放すには惜しい逸品ぞろいではある、が、当たり前の様に彼女の好みからは少し外れていて、ちょっとだけ残念に思う。



 そんなニューラの思考を読んだのだろう、リンは苦笑を浮かべて品定めを続けているニューラを横目に店内の品揃えを眺めて回る事にした。



 先ほどの魔法の芋剥きのナイフは際物の中でもまだ実用的だったらしく、幾つかこんなもの何に使うのだ?と疑問な品物が見受けられたが、まぁ、世の中おかしな奴も多いから買う奴もいるんだろうと自分を納得させた。



 紅茶を淹れる際に濃くなり過ぎないように音で忠告してくれるポット、なんかに銀貨何十枚もかける奴の気が知れない。


 庶民なら自分で何とかするし、ポット一つにそこまでお金を掛けないだろう。貴族なら物好きな奴もいるだろうけど、紅茶を自分で淹れるという事はまずないだろうから、欲しいという発想になるかどうか。


 そもそもお茶を淹れ慣れている人なら、大体感覚でどのくらいが丁度いいか弁えているだろうに、その為に銀貨数十枚。


 あり得ないだろう。



 なにやら首を傾げているリンを横目に品定めを続けていたニューラはふと、年が変わってから初めてリンに会うのだと思い出し、件のエリーから教わった挨拶をしてみたくなった。



 「りん、あけましておめでとうございますって知ってる?」



 何の気なしに漏らした一言だが、リンは何やら間違って酢をのんでしまったかのような顔をして自分を見つめてくる。



 「なんだそら?」



 ちょっと大げさなリンの反応に違和感を覚えながらも、新しい年を迎えてから初めて会う人にする挨拶らしいという事と、エリーに教えてもらった旨つたえ、漸く要領を得たらしいリンがなるほどなと呟く。



 「親しい人にする挨拶らしいのよ。だからリンにしてみたかったんだけど、やっぱり変だよね、これ。」



 「いいや、まぁ件の女神さまの言い出した事だからな。その内この辺でも流行るかもしれねぇから、覚えておいて損はねぇな。」



 何かを口の中で呟いているリンは、そのままその呟きを飲み込んでしまったらしく、ニューラに向き直る。



 「うっし、ニューラ、あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いいたしますっとくらぁな。」



 「え、あぁ、今年もよろしくお願いします、ね。」



 その後品定めに忙しくなったニューラはその時感じた違和感に気が付くことは無かった。

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