戦後の後始末4 なんだか子犬がじゃれついてくる

 お気に入りとは言え、流石に何時までも血まみれのローブを着ているわけにもいかない。救助活動が始まった翌日に一度脱いだ血まみれのローブは、ストレージに格納して今は治療院から引っ張り出してきた予備の治療院職員用のローブにを纏っている。顔を隠す薄衣もついているので、顔を晒す事もなく仕事に集中できている。


 洗濯するなんて余裕はなかったから着た切りだけどね。こんな感じの世界で暮らすのは今回が初めてじゃないから、不潔な状態で生きていくのにも慣れたものよ。正直、女の身で清潔を保持できないのは色々と辛いんだけどね。最低限、水桶を用意してもらって体を水で清拭する事だけはさせてもらっている。


 血まみれのローブの染み抜きや修復、身体の生活の保持など魔法で何とかできるのだけれども、一人だけ不自然に身綺麗なのも後ろめたいし、ローブも態々直すよりは買った方が楽だし早いから。




 急ごしらえの治療院兼私の控室の役目を果たしていたこのテントに運ばれる患者さんも、救命や魔法治療がどうしても必要な人達が減ってきて、予後があんまり良くない人達のテントに通う事が多くなってきた。


 大抵は術後の感染症関連で、外傷はある程度治っているから動かすリスクがある訳では無いんだけど、患者さんをベルトコンベアの様に流れ作業で連れてくるような状況じゃなくなったし、この人数なら私が動いた方が効率いいしね。


 私だけが治療したわけではないから、ギリギリの魔力、奇跡の運用の影響で処置が不十分な人がいるのが予後が悪い原因の一つでもある。後は落ち着いてきたから、ボチボチ自腹での早期完治を希望する人達の通院が増え始めた。


 もちろん、都市の防衛に参加した者たちの治療だからね。完全な自腹じゃなくて、補助金は出るし、術者の報酬も可能な限り低く設定されている。そして術者たちもそれを納得している。おかげで普段なら魔法や奇跡を受ける事が出来ない懐事情の人達も、問題なく治療を受ける事が出来ている。


 助け合いの精神、って言うよりもこの世界、この時代の人達の当たり前の感覚、と言った方が良いかもしれない。彼らが体を張ったからこそ、治療者である自分達も生き残っているのだから。ただ、身体を張った彼らにも最低限、報酬は出る。だから治療者にも最低限、報酬が出る。そう言う事だね。



 「エリーさん、頼まれていた水、樽に汲んでおいたです。えっと、他にも何かあったら何でも言ってください!俺、何でもやります!」



 「あぁ、ありがとうね。今は他に用事無いから外でケリー達手伝ってきてくれる?何かあったら声かけるから。」



 「わかった、いやわかりました!」



 元気に返事をして子犬の様にテントの外に駆け出す、未成年の冒険者正式登録者。例の「龍尾の魔法」で治療した彼だ。どうも治療した時に意識が完全に無かった訳じゃないみたいで、ぼんやりと私が治療したことを覚えていたようね。あの時、囮の赤い人は側にいなかったから、誰が術者かモロバレだったわけね。



 普通なら一生動けなくなるほどの怪我だという事を、他の負傷者から聞いて、私が彼の命だけじゃなく、人生を救った事を理解したんでしょうね。根が愚直な彼は、その一件で一発で私に懐いてしまった、と。


 平然と私に装備を集る子だったけど、それも同じ下水掃除の仲間なんだから当然だろって感覚だったのかも。図々しいのは変わらないけど。



 名前は聞いたけど覚えていない。じゃれついてくる子犬のようだって言えば可愛いのかもしれないけどさ、未成年のわりに図体はでかいし、距離感が近すぎるのが正直、何か怖くて。うっかり身を清めている最中のテントの中に入ってきそうになった事もあるし。


 私のそんな様子に気が付いたみたいで、最近だと兄達が居る時はまとわりついてくる彼を近づけないでいてくれるし、シリルは私を背に庇ってくれる。今もテントの外に兄が門番宜しく見張りに来てくれているようで、二人の話し声が聞こえるし、シリルは今は私の背中を拭いてくれている。そんな兄妹に思わずほっこり。後でシリルの背中も奇麗にしてあげるからね。



 何度か兄に追い払われて、それでも懲りずに彼は私にまとわりついてきた。悪気があったり直接的に何かをするわけじゃないから、私も戸惑いつつも積極的に追い払おうとはしていない。


 元赤い人は何やら苦笑して、見て見ぬふりをしている。彼はまだ事態が一件落着とはいっていないからか、私の護衛を続けてるんだよね。有り難いけど、身分ある人だろうし、なんか落ち着かないんだよね。




 沐浴を終えテントの外に出た時、ふと我が職場である治療院に目を向けた。


 あのギガントの爆発の余波を受けて、私の勤めていた治療院は崩れてはいないものの、いつ倒壊してもおかしくない状態で立て直す必要があるらしい。その為、現在は中に入れない状態になっている。


 暫くはこのテントが臨時の魔法治療の処置室になりそうだと、何日か前に院長先生から説明は受けている。機密保持に関して問題が出てくるかもしれないけど、今の私なら悪い意味で絡んでくる愚か者は、多分いないと思うし、問題は無いでしょうと了解しておいた。


 幾つか相談事が出来たけどね。




 一時期の慌ただしさが鳴りを潜めて、漸く皆が考える事が出来るようになってきたのか、あのギガントについての話とか、私についての噂話とか、ちょくちょく耳にするようになった。私の噂話については、聞かない事にしているけど、あのギガントのエステーザへの一撃、その後の魔の森への二撃は流石にエステーザの人達にとってもショッキングな事だったみたい。


 まさに神の一族と称えられる者に恥じない、強烈等という言葉が陳腐に感じる一撃。



 いかに幾多の冒険を経て、強靭な生命力と耐久力を得て引退した人外の冒険者であったとしても、あの一撃の直撃は論外として、余波に巻き込まれるだけでもただでは済まない。いや、済まなかった。


 東地区の救助活動が着手を待たずに早々に打ち切られた原因は、生命探知の奇跡を持つ御手が瓦礫をかき分けて、何とか爆心地点付近までたどり着いて奇跡を使った結果を受けてのものだ。つまり生存者がいなかったという事。



 生命探知の奇跡自体かなりレアなもので、保有している御手が殆どいなかったのも原因だけど、東地区周辺の探知が終了するまでに時間がかかったせいで、助かる筈だった人たちも間に合わなかったみたい。


 限られた救助活動のリソースを有効活用すべく、探知に反応がなかった東地区は後回しにされたという事なんだけど。お陰で南地区の救助に人手がまわってきたのは確かに助かったけどさ。




 というか手順が違うよね。どう考えても絶望的な爆心地点は捨てて、周辺からやっていけば東地区でも生命反応が見つかって助かった人たちもいたかもしれない。


 東地区で指揮を執れる人達がいなかったからなのか、動揺していてそこに気が付かなかったのか、それとも爆心地に諦めきれない誰かがいたのか。それはわからないけど。



 そう言えば東側の重要人物、根こそぎにされたんだっけ。支部長も二人いる副支部長も、その下も。東地区のギルドは冒険者の利便性を鑑みて、東の大門のすぐ内側にあったんだよね。外働きに関しての行政関係の建物や守備兵の詰め所、東地区の重要な建物は大体東門近くに集中していた。


 外郭の壁も出来始めていたし、大門は丁度東の中心部に位置しているから、その辺りが便利だって何年か前に移動してきたって話。


 大壁で指揮を執っていたらしい東の支部長は兎も角、外街で戦闘が始まっても壁の内側は安全だからって、一般職員も含めて誰も避難もしていなかったみたい。


 そりゃまぁ、東一帯の指揮が混乱する訳だよね。




 ぼちぼちギガントショックから街が落ち着いてきて、ようやくお役御免になる段になってから、塒に戻る前に支部長さんと院長さんに呼び出された。


 臨時の本部を兼ねている大きなテント……でっかい天幕に陣幕張った奴?に用意された応接セットにちょこんと座っている私。


 目の前には何やら深刻そうな顔をして、私の対面に座っている支部長さんと、私の左サイドには私達と同じように何処からか掘り出してきたソファーに座っている院長先生がいる。元赤い人は私と同じソファーの横に、それなりに距離を置いて寛いでいる。


 ……ように見えるけど、少しだけ顔が強張っているかな。それが解る程度には、私も元赤との付き合いが長くなってきたのかもね。


 男と付き合いがどうとか言われても嬉しくもなんともないけど。




 それよりもシリルや兄達が、治療院の手伝いやらで元赤とよく話すようになったのが少し不安かな。シリルや兄達がなにか無礼な事とかやらかさないか、さ。どう見ても、元赤は逸般人にしか見えないからね。


 元赤がシリルに近づくのも不安だ。この世界の男共はみんなロリコンだからね。どう考えても訳ありそうな元赤に可愛い妹を近づけたくない。気が付いたら元赤とシリルがロリ婚しましたなんて考えたくもない。いや、二人の年齢差って多分7~8歳位だけどさ。まだシリルは7歳だから。


 元赤、顔も性格も良いからなぁ、紳士だし。シリルがコロリといってしまわないか心配だから、できるだけ治療院に近づけたくないんだけど。


 でもさ、気のせいか、シリルの方が積極的に話しかけているんだよね。私が育てたんだから、この世界の女性一般にありがちな肉食系には育っていないはずなんだけど。ちょっとだけシリルの目つきが怖い時がある。


 ただ、もう私には魔法治療に伴う囮は必要ないって思っているから、この戦時雇用が終われば元赤ともお別れかも知れないね。会う機会が無くなれば、そんな心配も取り越し苦労で終わるでしょうし、そんなに考えなくてもいいかもね。


 顔を晒してウザい思いをするのは嫌だから、基本的にローブで顔を隠して生活するのは続けるけどさ。


 何か話し難い事でもあるのか、中々口を開かなかった支部長さんがようやく口を開いた。

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