男共と角突き合わせて話し合い1 心の棘
重い空気を払拭できないまま、少しの間続く沈黙。それでも勇気だか義務感だかで漸く顔を笑顔に無理矢理に作り話し始める切欠を探る支部長さん。院長先生と元赤の顔はまだちょっと硬いままだ。これは立場の違いか年の功なのか。
いや、院長先生の方が支部長さんより年食ってたわ。
「さて、エリーさん。色々と疲れがたまっている所、呼び出してしまって悪かったね。」
「全くだ。せめて自宅に帰って、落ち着いてからにするくらいの気の使い方は出来んもんかな。」
院長先生が横から口をはさんでくる。彼は元赤い人程じゃなくても、働き詰めだった私の様子を近くでずっと見てきたからか、私に同情的なようだ。ま、私はシリルや塒の女衆、特にロナとニカが時折私のテントに泊まりに来てくれていたから、特に不満は無いんだけどね。
「ここ2、3日は、暇になってきたところですし、このまま塒に帰っても落ち着きませんから、構いませんよ。」
生き埋め状態から助け出されて数日は、消耗した体力を取り戻す為に安静にしていた支部長さんも、今では非常時なりに身だしなみをピシッと整えて、いつものダンディーさを取り戻している。以前ならここらへんで優雅にお茶を口に含んで一呼吸置くところだろうか。
ただ、現状ではただお茶を淹れるだけの余裕もあんまりない。ギルド、冒険者の総出で南支部及び東支部の復旧作業に手を取られているのだ。
すっかりクレーターと瓦礫の山になってしまった東地区はある意味、気を使う必要もなく、瓦礫の撤去から始めればいいが東門の内側や南は中途半端に大爆発の余波に耐えてしまった建物があったり、住民の財産があったりするので、余計な手間が増えてしまっている。
取り壊す必要がある建物を前に、所有者の意思の確認どころか生存の確認すら取れずに処理が後回しにされる所もあれば、それらの建物がいつ倒壊するか分からないせいで、周囲で作業が出来ずに交通自体に不都合が生じている場所もある。
因みに、前述した通り塒は爆心地からある程度距離があったのと、周囲の建物が盾になってくれたためか、以前おこなった修繕部分が一部破損したくらいで、私達が住むには問題がないレベルで残っている。
まともな生活を送ってきた市民の感覚からしたら、廃墟一歩手前と論じてもおかしくないところだけどそれは前からそうだったし、下水組としては雨風が防げればそれで十分なのだ。
「そうか、そうだな。ここしばらく色々な事があり過ぎた。だけど、ここはエリーさんの言葉を素直に受け取っておこう。
それと、話の前にもう一度ちゃんとお礼を言っておきたい。
私の命と、沢山の勇者たちの命を救ってくれて、ありがとう。」
普段から凛々しい髭面をキリッとさせて私を正面から見つめて深く頭を下げるリーメイトさん。その声色と仕草から心の底からの感謝の意である事は容易に判別できる。
でもだからこそ、これから彼らが話す内容は私にとって不都合、あるいは失礼な部分を含む可能性がある訳で。だからこそ話が拗れる前に最初に謝意を示した、と考えていいと思う。
「いえ、依頼された職務を遂行しただけですので、お気になさらないでください。」
軽く定型通りに返事をして一呼吸置く。一体今から何を話すのか、ちょっと緊張してきたのだけれども、緊張を和らげるためのお茶も飲み物も今はテーブルの上には置いてない。
「ふむ、確かに。長い話になるかもしれないのに、お茶の一つも無いのは少々寂しいが、今は非常事態だからね。
お集まりいただいた面子から考えても、それなりの供応をすべきなのだろうが、今回は辛抱願いたい。」
相変わらずの鋭さは、こういう時には嫌になる。私の目線を読まないで欲しい。これではまるで私がお茶を催促したように見えるじゃないですか。
「何となく緊張しちゃいまして。皆さんも何か緊張なさっているのか、少し空気が重く感じますから。」
とりあえず、私の方からぶっちゃけてしまう。何を話すのかは兎も角、お互いに敵意がある訳では無いのは確認できている。レーダーで。
で、あるなら、何やら話し辛い事でもあるのだろうけど、余程理不尽な事でもない限りは私の方も我を通すつもりは無いし、ある程度友好的な雰囲気を作り出して、少しでもこのいたたまれない時間を短くしたい。
敵を精神的に嬲るのは好きだし、味方であれ何であれ、言葉で攻めて精神的に追い詰めるのも好きなのだけど、それは私の食事的な意味での話であって。
どうあれ、強い感情を
生きて行く為に必要な行動が、私の性格的に合わないとなると、生きて行くのも中々につらいものがあるよね。
あぁ、平穏無事な生活を送りたいって自分も確かにいるのだから。
「あぁ、私は情けないな。まだ未成年の君に、気を使われるとはね。でも確かに少々、空気が重かったかもしれない。
何しろ、君に確認しなくてはいけない事や、お願いしなくてはいけない事が色々とあってね。君の事情に深く立ち入らないと約束した上に、命の恩人である君には……、中々話し辛い事もあってね。
正直、神の加護を受けし者の事情に過剰にかかわる事も遠慮したい所なのだが。
さて、何から話せばいいものやら。」
神の加護を受けた者に関わると碌なことが無い、という話は確かにある。この世界、確かにモノ本の神様や邪神が頻繁に降臨したり、場所によっては常駐していたりするから、その手の悲惨な目に合うって話は彼方此方に転がっているけど、その手の話が私の耳に直接入った事は少なくともこの11年の間は一度も無い。
ただ、同じように神の槍に魅入られし者と呼ばれた元赤に、おっちゃんが話しかけた時も何かを憚ったような物言いだったのは確かだし、田舎の農村では語られる事の無い何らかの嫌な話でもあるんだろう。
ん?神の槍に魅入られし者って……。
そう言えば昔、姉ちゃんに寝物語にお話ししてもらったような気がする。お話の内容なんか殆ど忘れていたけど、その厨二病センスあふるる名前に身悶えした記憶があるね、確か……。
ふと元赤の方に視線がいってしまった。
「そう言えば今更だが、エリーは治療魔法だけではなく、色々と使えるのだな。」
私の視線を受け、空気を変える為かあるいは単に空気を読まずに自分の疑問を解消する為なのか、元赤が口をはさむ。思わず支部長さんの方にさりげなく視線を戻してみたけど、彼は特に気にしていない様で、元赤の話を邪魔しないように話を聞く姿勢になっている。
それが、まるで上位者の言葉を邪魔しないようにしているように見えて……やっぱり絶対元赤、高位の貴族かそれに類する人だよね。
元赤は個人的には良い奴だと思うけど、今回で関りが途切れる事はある意味正解だね。貴族にかかわると面倒くさい、がファンタジーや中世時代の世界を生きて行くときの共通の認識だし、彼は確実に訳アリだろうからさ。
「ま、これでも将来有望な大魔法使いの卵だし?手の内をひけらかす心算は無いけど、それなりにやれる事は多いかもしれないわね。」
「ふっ、今更守勢に入っても手遅れだ。今までの付き合いで、君が考えている事は大体わかっているつもりだからな。
確か精霊魔法だったか?瓦礫の山に埋もれた人達を救い出すときに使っていた魔法、大地の精霊に干渉するとか言っていたような気がするが。」
まぁ、別に守勢に入っている訳じゃなくて、思わせぶりな態度を取って話を盛り上げようとしているだけなんだけど。
私の考え方はわりかし普通の人とちょっと違っているせいか、色々と勘違いされることが多いんだよね。だから、まぁ、気にしない事にしておこう。
「ええ、正確には精霊魔法とはちょっと違うけど、似た様なものだと考えてもらってもいいわよ。それが何か問題でもあるの?」
「いいや。ただ、この会談が本質的な部分に差し掛かる前に、彼の心の棘を取っておこうと思ってね。」
そう言うと元赤は意味ありげに支部長さんに視線をやる。つられて支部長さんに視線を戻すと、なにやら頬を僅かに赤らめたギルド南支部長、リーメイトさんの顔があった。
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