男共と角突き合わせて話し合い2 大地の精霊

 心の棘とは一体なんぞや?とは思うけどとりあえず空気を読んで、大人しく黙って顔を赤らめる支部長さんの顔を見る。おぃおぃ、おっさんが顔を赤らめる所を見ても楽しくもなんともないじゃないか、と思うんだけれども、何故だか体がソワソワし始めている。


 心が落ち着かない?



 んっと、これは分霊わたし?そういや、この前もイケおじ推しがどうとか言っていたけど、なんかマジっぽい?勘弁してほしいんだけど?


 そう頭に浮かべたら、必死に否定してくる分霊わたし。その否定の仕方がさぁ、まぁ。本当に勘弁してね?どうしてもそうならざるを得ない状況でもせめて若いの選んでよ。


 違うって言うのは肯定しているようなもんじゃないの?ん?昔を思い出して少し懐かしかっただけ?え、息子がどうしたって?



 「精霊魔法いう事は、私達には見えないしわからないが、精霊は存在する、という事で良いのかな?


 いや、世に精霊魔法と呼ばれている魔法がある事は知っているし、エルフやダークエルフが得意としている事は一般常識で知っていはいるが、実際にこの目で精霊を見た事がある訳じゃないしな。


 魔法は、その道を歩んでいる者たちですら、自分の専門以外は無知な術者も多い。


 精霊なる者が本当に存在しているのか、それとも何かの比喩なのかは普段魔法と関わりのない私達では判断がつかないのだ。」



 私が思考のループに陥って、というか分霊わたしとの一風変わった自問自答に気を取られている間に、元赤がなにか話し始めた。



 「精霊?いない世界もあるけど、この世界には居るわよ?」



 分霊わたしとの会話に気を取られていた私は、何も考えずに反射で答えてしまった。今の私にとっては精霊がどうとかはどうでも良い。それよりもアクセス制限されて、よくわかっていない分霊じぶんの過去の一部に興味がある。息子が何だって?



 急に黙り込んでしまった分霊わたしを調子に乗って煽り倒していた私は、この空気の変化に気が付けなかったしついていけなかった。



 なにやら言いよどむ元赤や支部長さん。元赤がうっすらと笑みを浮かべて口の中でブツブツ言っているけど、よく聞こえない。院長先生は両手で耳を塞ぎ始めて、わしゃ関わらん、わしゃ知らんと呟いている。



 分霊わたしの態度で漸く私が何かをやらかしたことに気が付いたけど、気にしたら負けだ。というか、この人たち、ちょっとした失言に直ぐ注目して深読みしてくる。普通、あの程度の失言、何かの言い間違いかな?とか変な表現だな程度で流すでしょうに。



 「なるほどな。気も漫ろで何に心を取られているのかはわからんが、意外と簡単に失言が出るな。正直、このまま上げ足を取って本題に話を進めてもいいのだが、それでは余計な部分に関わる事になる。


 まぁそれに関しては支部長の仕事だな。


 ……今は友人として話を進めさせてもらおうか。」



 支部長さんが目礼を元赤に返している、って事は友人とは支部長さん指して言っている言葉なのかな。大分年齢が離れているし、多分支部長さんって貴種に近くても貴種そのものじゃないよね。元赤に気を使っているように見えるから、少なくとも元赤の方が高位者ではありそうなんだけど。



 元赤に事情在りって事は解っているけど、何時までも秘密にされていては、あんまり気分の良いモノじゃないわね。



 「訪ねたい事は幾つもあるが、まずは先程の件から行こう。精霊とはどんな姿をしているのか、いや、それよりも君は精霊魔法を使った時、大地の精霊とやらの声を聞いたのかな?」 



 「声?」



 予想外の質問に脳内がフリーズする。分霊わたしは何か思い当たる事があるのか、気まずい雰囲気を感じる。これは、何かやらかしたのかな。



 「精霊の格によって意思がない、雑霊の様なものもいれば、人と変わらない、いえ、それ以上の知能と人類種に似た姿を持つ者もいますけど、高位の精霊は滅多に人前に姿を現すことは無いし、声を聞く機会も無いと思う。


 瓦礫を退かした時の精霊魔法系統の魔法を使用した際は、下位精霊との交感はあったけど、直接声を聞いてはいないわね。」



 少しだけ、言葉に気を付けて答える。ま、手遅れだけどね。元赤は軽く溜息一つついて、支部長さんに視線をやる。



 「だ、そうだ、リーメイト。満更君の体験は妄想や幻などではなさそうじゃないか。


 ……今度は君がエリーに話す番だと思うが、大丈夫か?」



 常に無く。


 支部長さんから鋭さと言うか怖さが感じられずに、戸惑っているような雰囲気を感じる。元赤の言葉に即答はせず、かといって何か思案を巡らせているわけでもなく、ただ言葉が出てこないのか、どう話せばいいのかを自問自答しているようだ。



 因みに院長先生は、さっき耳を塞いでからは目もつぶり自分が関係する話になるまでは、見ざる聞かざる言わざるを貫くつもりのようだ。


 子供じゃあるまいし、って思わなくもないけど、この世界の神様関連は本当に理不尽な不幸を呼ぶみたいで、この前のギガント騒ぎの際に取得した知識の中には、それら理不尽な仕打ちのお話もいくつか確認している。


 あの、神話関係の知識だね。


 院長先生は沢山の奥さんと沢山の子供さんを背負って生きているのだから、君子危うきに近寄らずでいなければならないのは理解できる。この世界に生きるものにとって当たり前の防衛術なのだろうね。



 「あぁ、そうだな。どうも私はこの類の話は苦手でね。自分を見失わない様、話すとなるとうまく説明できる自信がないのだが……。


 少なくとも私の知る限りエリーさんがこの件に関して一番、理解できる可能性があるというのは間違いなかろう。」



 「聞きたい事と言うのは何でしょう?私に応えられる事なら良いのですけど。」



 ちょっと分霊わたしうるさいよー、黙っててね。何かをやらかしたのかは理解できたから、今更手遅れだし、ちょっと落ち着こうか。



 「私は……おそらくは大地の精霊、だと思うが、彼女の声を聞いたのだ。」



 そう語る支部長、リーメイトさんの表情は何かに浮かされた様な顔をしていた。同時に分霊わたしがやらかしたことも恐らくだけど判明した。いきなりだんまりになっちゃったし、分霊わたし



 「彼女……。姿を見たのですか。」



 リーメイトさんは目をつぶりながらその時の事を思い出すように、自分の言葉を確かめながら語ってくれた。



 「あぁ、あれは夢現ゆめうつつの事だったのだろうか。瓦礫の中から助けられる際に、最後の方で後姿をな。彼女は僅かに見返りしてくれて、少しだけだが尊顔を拝する事も叶った。


 埋まっている間、私はしばらく気を失っていたようでな。自分が生き埋めになっている事に気がついた時には絶望もしたし、覚悟も決めた。腹に激痛が走っていたし、この痛みを感じなくなるころには終わりだなと。」



 「お腹の傷は、それほどの深手ではなかったように記憶していますけど。」



 「専門家の貴女の見解なら間違いは無いだろう。ただ、絶望感から深手に感じたのか、それとも……。」



 「精霊が助けてくれた、と?」



 無言で頷くリーメイトさん。


 思えばあの時、傷口を詳しく確認する暇もなく、身体の制御権を分霊わたしに奪われた記憶がある。前に魔法治療を受けたかどうか、診れば大体わかるモノ。それもあって制御権を奪った可能性も考えられなくはない。



 「意識が朦朧としていた間、ずっと私にささやきかける女性の声がしたのだよ。そして段々と腹の激痛が収まってきた。最初はいよいよ来るべき時が来たのかと考えていた。


 私が唯一誓いを立てた婚姻の神、ベルトゥーラが現世を去る私を迎えに来たのかとも考えた。」



 婚姻の神ベルトゥーラ。この産めや増やせや滅ばぬ為に、の世界ではあんまり信仰されていない一夫一妻を祝福する女神だ。


 場合にもよるけど、混沌勢との戦いで身を立てる貴族で、ベルトゥーラに誓いを立てるものがいたのなら、家から追い出されてもおかしくない。


 子がいくらでも戦死しかねないのだから、数を確保しなければ家が絶えかねないのだ。そしてそれだけどの国も貴族も、市民も追い込まれつつあるという証左でもある。


 特殊な才能や国を支える生産業を担うのでもなければ、のんびりと平穏に生きて行けるものは限られているし、貴族であっても戦い、生き残る事を求められる、と。



 この前治療した貴種のお嬢様を思い出すなぁ。



 「だが、声の主は私をこの世から連れ去るのではなく、ずっと私を励まし続けてくれた。


 もう少し頑張れ、必ず助かる。助けはすぐそばまで来ているからってな。」



 「えっと、何故その声の主が大地の精霊だと?」



 「声の主が自分で言っていた。さっきも言ったが、私は声の主がベルトゥーラだと思ったからな。朦朧とした意識の中で聞いてしまったのだよ。


 ベルトゥーラ様がお迎えに来てくれたのか、と。そうすると彼女は少し怒った様な声で、私は大地の精霊だと教えてくれた。


 ただ、自称、だからな。私には確認のしようがない。そして君が救助活動の為に大地の精霊に干渉する魔法を使ったと聞いた。


 だからかな。君と何か関りがあるのかもしれないと考えたし、精霊の魔法が使えるのなら、彼女について何か知っているかもしれないとも考えた。」



 元赤が私の情報を支部長さんにゲロった、と?ま、いいけどさ。隠すつもりは元々なかったから、救助の際に精霊魔法は堂々と使っていた。気かれりゃ答えていたから側に居た人は皆知っている。


 どういう話の流れになったのかはわからないけど、支部長さんから話を聞いた元赤が、私の情報を報告したせいで面倒ごとに巻き込まれていると考えることも出来るだろうし。原因作ったのは分霊わたしだろうから、文句も言える筋合いじゃないけどさ。


 ただ、何となく思わずジト目で元赤を見そうになって、何とか抑える。そんな私の空気を察したのか、支部長さんが慌ててフォローを入れる。



 「いや、君の精霊魔法についての報告を受けなかったとしても、結局私は君にこの話をしたと思う。」



 「まぁ、精霊に関しての知識を魔法の専門家に話を聞く、という意味では遅かれ早かれそうなるでしょうけど。」



 そんな私の言葉に直ぐに反応するでもなく、少し間を置いてから支部長さんが答える。やっと言いたい事を伝えられる、そんな空気を醸しながら。



 「……、貴方に命を救われた際、私は僅かだが意識があった。貴女の治療魔法を受けている間、魔法の灯りに照らされた君を見た時、私は衝撃を受けたよ。


 黒曜石を溶かしたようなその黒髪と涼やかな瞳。そして形が整い、奇麗に筋の通った鼻と固く結ばれた口元。まるで名工が彫り上げた彫刻の様な美しさ……。


 あなたのその姿が、何故かそのまま大地の精霊と重なって見えたのだよ。」



 あぁ、まぁ。分霊わたしを見たのであれば、それはまぁ。多分、私が成人した際の姿を見たんでしょうから、この反応は納得できるけど。


 ……そう言う事ですかい。

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