エステーザに戻ったよ

 風が暖かくなり、北の地の短い春が終わりをつげ、夏に差し掛かろうとしていた。それでもまだ夜は涼しく、皆で抱き合って寝ているけど、たまに暑い日には起きたら彼方此方バラバラになっている事も少しづつ増え始めた。


 そんな時は起きた後に、みんなでまた集まって少しだけ横になって抱き合い、暑いねと言ってから笑ってたりする。その後皆で昨日の残りのカチカチパンを水でふやかして少しだけお腹に入れる。私が来る前には、朝ごはんなんて習慣は無かったけど、私がいつも多めに買ってくるパンが朝には結構残っていたりして。


 それを水でふやかして冷たいパン粥擬きを作って食べていたら、段々と皆が真似するようになってきた。一つには皆にグリーブブーツがいきわたった結果、お休みを少なくしてお仕事を頑張れる子が多くなったから。温かくなってきたしね。


 懐に余裕が出始めて、余分にパンを買える子が増えたんだよね。後、精神的余裕が出てきたのも大きいかもしれない。


 当然、同じ塒の新人さんにもブーツを作ってあげている。


 たまに他のグループの子が何か勘違いして、俺達にもよこせみたいなことを言って来るけど、御免なさいしている。私は今の所、私が助けたいと思う人しか助けるつもりは無い。


 ずるい、不公平だと思うかもしれないけど、そこまで私のしったこっちゃないのだ。全てを救えないからね、勘弁して。


 しつこい人はケリー達が追い返してくれているので、今の所、私の魔法の餌食になった人はいない。「下水道殺人事件、汚水の彼方に秘められた真実」なんて事件はまだ起きていないから安心して欲しい。


 万が一、そうなったとしても下水路での出来事など闇に葬られてしまうでしょうけどね。ふふふ。


 この世界、まだ街の中での魔法の使用制限や、魔法や奇跡の使用に関わる法律なんて無いんだよね。魔法使いが少ないし、魔法使いに街中で喧嘩を売る奴も殆どいないから。


 流石に魔法で誰かを殺しちゃったら、普通の事件と同じようにつかまったりするだろうけど、その辺の司法も結構いい加減っぽいからなぁ。



 下手したら、私が何かやらかしても、被害者次第では黙認されてしまうかもしれない。怖いねぇ。


 その辺の平民より、能力のある魔法使いの方が種全体に与える利益が大きいから、という理由で。


 本当にろくでもない世界だ。だけどそれはもう置いておこう。



 最近では護衛組の為のグローブやアームガードを、試行錯誤して少しづつ皆に供給を始めている。そのおかげか、ここしばらく噛みつかれた人はいても、手や足を食いちぎられる者や、命を落とす者も、私たちのグループからは一人も出ていない。


 無論、噛まれたら無傷とはいかない。痛い思いはするけど、私がソロ狩りで一緒に出ているときは、護衛組がいつも持ち合わせている止血帯や包帯で応急処置をしてもらって、私が合流してから下水路の中で治療魔法をかけている。


 私が別の仕事をしているときは、少しの間辛抱してもらって、塒に帰ったらこっそりと治している。


 仲間内には治療魔法はバレているしね。あんまり派手にやる訳にも行かないけど。無料というのも色々と問題になるから、皆も弁えてくれていて黙っていてくれる。。


 実際に使うのは、この前の貴種の治療の際に纏めて取った軽傷治療の魔法だし、その程度なら奇跡の使い手で同程度の治療が出来る人もそれなりにいる。


 ケリー達はあんまり良い顔をしないけど、命にかかわるものだし、自分も助けられた経緯があるから何も言わない。


 まぁ、子供の事だから黙っていてくれているといっても限界はあるでしょうけど。いいとこ一夏秘密を保てれば上等といったところかも。そのときは……そのときよね。



 ありそうなのが、友達に「俺の友達に治療魔法が使える奴がいるんだ、そいつに頼めば治してくれるよ。」なんて喋ってしまって、そこから広がるパターン。お子様ガキあるあるだよね~。


 映画かなんかで、よく自分勝手に動いて事態を悪化させるお子様ガキ。本当にイライラさせられるけど、そいつがやらかすから展開が面白くなったり、偶には皆を救うヒントを見つけたりする。今回の私の場合はろくな事にならなそうだけど、自業自得だ。


 どの道ケリーを治したときに、いずれは広まるのは覚悟している。益々、急いで名を上げる必要が高まったって事だね。



 そう言えば、貴種の治療の報酬は既に口座に振り込まれていた。支払いが遅れたことに対しての迷惑料を込みで、銀貨千枚。貯金の総額がこの一件だけで億に届いたよ。あんまりの金額だからギルドに作ってもらった口座に入れたまま放置している。


 半分はエステーザの辺境伯様が出してくれたんだろうけど、あの時の貴種さんはこれから銀貨500枚をなんとか用立てなきゃいけない。


 大変だよね。ま、悪びれずにごっつあんしておくけどね。




 手持ちの銀貨も100枚超えているし、これもついでに口座に預けようかなと思ったけど、少額を一々預けたり引き出したりは出来ないみたいで、話を聞くと色々と面倒くさそうだから止めといた。


 最低でも銀貨100枚単位の取引の際に、口座間の数字の移動だけで済むように口座を作るのが一般的みたい。大金を取り扱うリスクを減らすための制度って事だね。少額の取り扱いも出来ないことは無いんだけど、その場合は別途手数料を取られるんだってさ。


 銀貨10枚を下ろすのに羊皮紙に記録して出納帳に記載して責任者のサインをもらい、ただでさえ安くない羊皮紙を消費して人件コストをかける。だから手数料は最低でも銀粒2個取られるのだよ。


 これが銀貨数百枚となると、何らかの取引の為の出金になるから、大量の銀貨を出して取引してまた預けてと、一々銀貨を金庫から取ってくるだけでも面倒だし手間が掛かる。一々そんなことをしてはいられないから、手数料は免除して手間を省き、数字だけの取引になる。



 大金を預かるギルドにしても、利益はある。現代の銀行業務や貸金業、とまではいかないけど貴種やある程度信用のある商会に資金を貸し出し、利息収入を得ている、らしい。その辺がどうなっているかはよく分からないんだよね。


 ただ、積極的な融資事業は展開していないみたい。


 ちなみに冒険者がお金を借りる事はほぼ不可能である。正式登録後一年で半分死ぬ職業の人に、お金なんか貸せないよね、普通。




 それにしても銀貨千枚。流石に現状で1億3千万円を超えるお金の使い道なんか、簡単に思いつかないよ。何せ未だに1日の生活費は、カチカチパンを買う分くらいしか使っていないのだから。


 人は立って半畳、寝て一畳だったかしら。


 必要以上の金銭は持っていても意味がない、とまでは言わないけど、有効活用できなければもったいないわよね~。



 そこで隙間風や雨漏り激しい我らが塒を、多少なりとも修繕できないかと思い立った訳よ。


 振り込みを確認したその日の内に、ルツィーさんに相談して支部長さんに修繕の許可をもらった。まぁ、その時にもっといい宿に移ったほうが良いとお勧めされたけどね。南側の壁内に、少し高いけど清潔で面倒見が良く、警備もしっかりとした宿屋があるんだと言われたけど、今回は遠慮させてもらった。


 んで結局、ルツィーさんが職人ギルドに話を通してくれて、塒の修繕を依頼できたんよ。前金としてとりあえず銀貨10枚、約120万円支払ってくれってさ。今の所持金からしたら、まぁ誤差よね誤差。


 後は状況次第でお支払いという事になって、幾つかの大工屋さんに話を通してもらって、翌日には塒に職人さんたちが来ることになった。


 見積もりとか立ててくれないのがちょっと気になったけど問題ないでしょ。


 ケリー達には事後承諾になった。先に相談しておけばよかったかなとは思って言い出し辛かったけどさ。



 「こんなところに金掛けるなんざ、エリーは本当に物好きだな。」



 という表現で快く了解してくれた。


 ロナはこれで今度の冬は震えなくて済むかなって喜んでいたし、ニカも雨の日に雨漏りを避けなくて良くなるからって笑っていた。冬の前に暖かな寝具そろえないとね。今は薄い布と着替えを上にかけているだけだもんね。



 私たちの塒って、埃とか片付けとかちゃんと掃除すれば、私の実家よりも作りはしっかりしているし、広いし空き部屋沢山あるしで平屋建てだけど結構いい物件なんだよね。ぼろいから修繕必須だけど、それだって実家じゃ隙間風も雨漏りもまぁ、当たり前だったし農繁期には直す暇はなかったから、何時まで経っても風も水も漏れていた。



 その内4階建てくらいに立て替えてみようかな。その前に使いもしない広々とした元畑、兼庭にちゃんとした離れを建ててしまうのもいいね。今の建物は危ないからって、ギルドに許可をもらってさ。んで、元の建物を取り壊して4階建て建設。


 でもまぁ、修繕とかその程度だから簡単にギルドも許可を出したけど、そう簡単にここを私に売ってくれるとは思えない。条件とかつけないと難しいかな。



 少しずつギルドと交渉して、その内じわりじわりと乗っ取って、ここを私が管理する孤児院兼救貧院にしてしまおうか。


 寡婦さんや訳アリ女性の駆け込み寺も兼任させて、周囲の空いている土地や建物を買い取って。空いてなくても説得して立ち退いてもらって、周りを買い取ってもうちょっと大きくして。


 お金は何とかなりそうだし。



 うん、夢は広がるね。



 そうやって、何時になるかは分からないけど、少なくともこのエステーザから、本人が望まないロリ婚をなくしてやる。生きていくために体を売る年端もいかない女性、という存在をなくす。その第一歩だね。


 それにこういう部分にならネットワークや創造の権能を利用して、食料やその他を提供しても何となく分霊わたし自身を納得させる事が出来ると思うし。「それはチートに非ず。」ってね。


 うん、分霊わたしの感触は悪くない気がする。多分。



 まぁ、押し付けイクナイ!って考え方もあるから、逃げ場所を作ってあげるっていうスタンスになるけど。



 女の子の方から、獣のように獲物を捕らえるってケースもかなりあるみたいだから、こればかりは何とも言えないし。

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