塒の修繕 戦争について あ、それからね

 そんなこんなで塒にやってきた職人さんだったけど、その中にパップスの人達も職人の下働きという形でやってきた。初めて見るパップスにキャーキャー騒ぐ子供達。


 私なんかが見るとなにやら奇妙で、ある意味キモ怖く見えるんだけど。この世界の子供達からすると愛嬌のある、可愛いい顔に見えるのか、3~4歳位のまだ仮登録も出来てない子供達が、彼らの近くに寄って群がっている。その日は下水仕事がお休みだったケリー達が仕切ってくれて、彼らのお仕事を邪魔しないで済んだけど。



 何故、普段エステーザでは見かけないパップスが下働きでやってきたのか。と思ったけど、外街に陣を敷いたパップスを主体とするその他種族の連合軍は、そのまま無計画に魔の森に突っ込むつもりは無いらしい。


 元から時期をあわせ、他の種族とこの地で合流し連携を取る為に、暫く滞在する事になっているみたい。


 他種族との合流を待っている間、ただ遊ばせておくのでは戦力が勿体ない、というのと暇なら自分の食い扶持くらい自分で稼いで来いとパップスの指揮官から通達があったそうだ。


 多くのパップスやその他の陣に参加している種族が、外街の外壁工事に参加したり、職人たちの下働きや農家の下働きをしたりしている。


 エステーザの外街は今、私の記憶に無いほど賑やかになっている。


 一度、皆が興味がわいたらしく、何人かで連れ立って南側最外郭に様子を見に行ったけど、街道ですれ違ったときには3万前後だった軍勢は既に5万に届くくらい集結していて、めったに見ることの出来ない光景を見ることが出来た。


 ケリーや他の男の子たちがすごく興奮していたし、女の子たちも軍勢の迫力に興味津々で男の子たちと色々話をしていた。


 その日はみんな塒に戻っても、興奮して直ぐには眠れなかったみたい。お子様だしね、固体わたしも。もう脳汁漏れ漏れだったよ。丁度訓練しているところを見ることが出来たんだ。


 パップスの主兵装はスティレットと聞いていたけど、あれは予備武器の話だったのか、それほど長くはないけど皆槍を構えていっせいに動いていた姿は壮観だった。



 ギルドも、今回の魔の森への侵攻に参加する冒険者たちを大々的に募集を始めた。前もって募集をかけなかったのは、混沌側に協力する種族の裏切り者が少からず一定以上いるからのようで、いつも軍勢が着陣してから募集をかけているみたい。


 ここで時間を掛けてしまってはあんまり意味が無いような気がするけど、お互い常に警戒しているし、元から奇襲は不可能だ。エステーザは伊達で最前線都市を名乗っているわけじゃない。


 冒険者やギルド参加者、個人戦闘者等、各地の貴族、有志、有力者。皆、大体時期を心得ていてあっという間に戦力は集まるのだ。軍も常に準備万端で部隊が出払った後の守備軍も一定数確保されている為、その気になればギルドでかき集めなくても動員できる戦力はエステーザだけでかなりのものらしい。


 ただ、冒険者は集団行動を訓練されているわけじゃないから、小規模な戦闘集団を組織して遊撃がメインって事になるみたい。小規模な戦闘団なら頻繁に形成しているしね。主力はあくまでパップスって事になるのかな。



 今回は動因の規模が大きいみたいで、パップス達が着陣した後も西から東から、あちこちの氏が寄り合って編成されたパップスの大部隊が着陣し、先日は南西の森からエルフの戦闘団がパップスの陣に加わった。規模は数千人との事。もともと他の種族と比べると数の少ないエルフが組織する戦闘団としては、かなりの規模になる。


 その上、どうやら私達が知らなかっただけで、ドワーフたちの一軍も去年の冬までにはエステーザに既に入っていて、一冬の間鍛冶仕事をこなしていたみたい。その影響で相場が下がっていたのかも。どうりで以前市場で中古武器を探したときにそれなりに安く手に入ったわけよね。お陰で私は助かったけどさ。



 物資も彼方此方から集まってきていて、外街の南側最外郭周辺に臨時の倉庫が次々と建てられて、集積されていく。物資が集積されているおかげか、穀物やパンの値上がりとかはまだ起きていないけど、肉やら贅沢品や嗜好品は既に値が上がってきている。特にお酒の値が上がって、院長先生や他の職員が愚痴をこぼしていた。


 市場も職人街もその辺の屋台も、商売繁盛らしくて大忙しね。他グループの下水屋の掃除組みの子達が誘われて、屋台や市場の手伝いに駆り出されているという話も聞く。


 どういう因果か、それで結婚が決まった女の子の話が、私たちのグループの女子の中でうわさになっていた。自分たちにもそういう話がくればいいのにってね。



 屋台が繁盛すれば、串焼きも売れるし、串焼きが売れれば当然ラットの肉も品薄になる。


 ギルドからはラットの買取を強化したいという要請が掲示板に上がって、パップスの戦士達が何人か下水に乗り込んだが、武運つたなくそのまま帰らぬ人になるといったハプニングが何件も起きている。


 まぁ、戦士として訓練を受けたとしても多分生まれてまだ数年しかたっていないパップスなんだろうし、そう言う事もあるでしょうね。


 下水路の奥となると、かなりの数が纏まって襲って来るし。


 ルツィーさんの話だとパップスが来るたび、毎回同じような事が起きているって。

 

 私としては、ソロ狩りの際に皮の自力回収を断念して、ラットの納品に全力を注いだお陰で、以前から目指していた、1日で200オーバーのラット納品を達成する事が出来て真に喜ばしい。もう少しでダブルスコアも狙えたのだけど、それは次々回の際に達成したからヨシとしましょう。



 ギルドの解体の人たちも大変だなぁと思っていたら、そこにもパップスの魔の手が入り込んでいて笑った。今じゃエステーザのどこにでもいるね、彼ら。


 若いパップスには個体名がないから、彼らを呼ぶ際にはパップスさん一択になってしまうけど。何となく誰が呼ばれているのか、パップスたち自身は解るらしくて、あんまり混乱はしないようだ。


 昨日来たパップスと連絡を取りたいと言っても通じないだろうけどね。





 リロイたちが想像していた通り、私にもギルドから参陣要請がきた。治療院で働いていたら、ルツィーさんが態々伝えに来てくれたのだ。来なくてもこっちから行こうとは思っていたから、ありがたくはあるけど。ただ、前線に来て欲しいという話じゃなくて、魔法治療のスタッフとしてエステーザ壁内で後方支援の部隊に参加して欲しいとの事。


 搬送された治療者を魔法治療で治してくれって事よね。報酬は単価がかなり下がるけど、エステーザが負担するから取っぱぐれが無い事と、トータルではかなりの金額を稼げる上、総合ランクも相応にあがるという説明を受けた。後方勤務だから危険も少ないですよ、と笑いながらルツィーさんが話してくれる。




 違うんだよ。私は出来れば前線で、がんがん戦って武名を上げたいんだよ。でも、なかなかそう簡単にはいかない事情が幾つかあるから困ったもんだ。ギルド側としても貴重な高位治療魔法行使者をやすやすと前線には出せないだろうし。私にも事情が……ないわけでもないから今回は後方でおとなしくするべきかな。


 戦場は目と鼻の先、魔の森の周辺が主戦場になる予定で、エステーザはそのまま後方基地として機能する事になる。


 返事は暫く待っててもらってその日1日は考え事をしながら、入院患者さんのお世話をしていた。


 どうすべかなー……。



 考え事をしている私などお構い無しに、職人たちの威勢の良い掛け声と作業中の音が、塒を騒がしさで満たす。今日はお休みで、塒でやる事が無くて待機している組みが、職人さんのお手伝いをしながら、資材を運んだり、喉が渇いた職人さんにお水を持って行ったりして働いている。


 これを機に色々とコネクションを作るのはいいことだ、とこの工事が始まったときに皆をたきつけたんだ。そんなつもりは無かったんだけど、何故か既にカップルが2組誕生してしまっている。私としては職人さんに顔を売って、弟子にとってもらえたり、仕事を得る何かのきっかけにしてほしかったわけで、永久就職をそそのかした訳じゃないんだけど。


 職人さん、真面目に働いていたんだけどね。うちのグループにも獣がいたみたいで。こえぇよ、狩人系女子。


 お手伝いをしてくれている子達は無論、ただ働きではない。下水仕事程ではないけど1日のご飯をお腹いっぱい食べて、少し手元に残るくらいのお給料は、私が直接支払っている。


 飲み水を差し入れしたり、ご飯を持っていったりするのだったら、仮登録すらしていない年少組みでも出来るだろうから、ちょっと早いけど有給の職業体験だね。1日銅貨5枚。初めて自分の稼ぎで食べる、おゆはんに泣き出す子もいたよ。



 「おねーちゃん、棟梁さんが呼んでるよ。」



 「ん、なんだろう。一段落着いたらいくよって伝えてくれるかい?」



  私の可愛い妹、シリルが私を呼びに来てくれた。職人さんに教えてもらいながら、壁の隙間にモルタルのような素材をぬりつけていた私は、そう伝言を頼み残りの作業に集中する。



 実家から連れ出し、この塒に着いてすぐに早速古着屋に向かい、一式そろえておくことにした。本当はネルさん達が紹介してくれた古着屋に行きたかったんだけどね。一応、皆からそれ程浮かない程度に抑えた古着を着せている。可愛い妹だもん、もっといい服を着せてあげたいんだけどね。服を買ってあげようとした時に言われたんだよ。



 「街は、怖いんでしょう?さらわれたらおねえちゃんと一緒に暮らせなくなっちゃうからローブで顔を隠すんだよね?


 なら良いお洋服じゃなくてもいいよ。もったいないし。」



 と。正直古着に銀貨数十枚かけたところで、今の私にとってはたいした出費ではなく、そんなことよりも可愛いシリルをもっと可愛く飾り立てたいんだけど。チャンスがあればそれに託けて、ロナやニカも飾り付けたいんだけど。


 とりあえず今は辛抱しておく。


 もちろん現状で許される範囲でベストは尽くすさ?


 私がちょくちょく古着に手を加えたり、革や布の端切れで小物を作って縫い付けたりしているから、他の子達よりもちょっとだけ目立っているかもしれない。



 ロナやニカ、同室の子達からせがまれて、更には他の部屋の子達からもせがまれて結局、少しづつだけど小物やアップリケなんかを作って皆につけてあげてはいる。


 そんな事をしているとまだ掃除組みを卒業できてない我が2人の兄が文句を言ってくるんだよね。



 「そんなことよりもエリー、俺たちにも早く武器を買ってくれよ。」



 「何でもかんでも妹に頼りきりっていうのは良くないし、情け無いのはわかっているけどさ。手元に短い棍棒一つじゃやっぱり心とも無いからさ。


 安いナイフとかで良い。刃物を一本持っておきたいんだ。」



 だってさ。正直、刃物の使い方なんかわかっていないだろう未熟な兄二人にブレード持たせるつもりは無いんだけどね。過保護すぎるかな……。


 あ、そうそう、結局あの後兄2人を含む合計3人を実家から連れ出すことに成功したんだよ。

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